03.闇の中
「へっきし!.....ぃでっ」
くしゃみをすると、頬の腫れが痛んだ。
真夏とはいえ、夜になると流石に冷え込む。体を縮めて、建物の影に座り込んだ。
「あぁ、肌ざみぃ.....あんの魔王め.....」
悪態をつくと、脳内の魔王がにやりと笑い、更に寒気が増した。
昼間、魔王に命運を握られた俺とほっきょくは、魔王様の昇進のために、無給労働をする羽目になった。
その内容は、『上官連続殺害事件の犯人特定』だ。
魔王様は、この件を以前から調査していたらしい。しかし、上官殺しが立て続けに続いたため、警備として補佐官が付いてしまったそうだ。
『事件を調べられないどころか、プライベートまで侵されてしまっているというわけだ』と忌々しそうに呟いていた。
そこで使える手足を探していたところ、タイミングよく、いや悪く、俺とほっきょくの会話を耳にしたらしい。
そして、ほっきょくには資料等の調査を。
俺には、現地調査を命令した。
これで、濡れ衣に更に「無断外出」と「不法侵入」という罪まで追加だ。
全くついていない。
「はああぁぁぁ~~~~.....」
思わず、でかいため息が出た。
それもこれも、あの林檎泥棒のせいだ。
いつか絶対、見つけたらぶん殴る.....!
怒りを燃やす俺の前に、ふと白い月明かりが射した。
影から身を出し、月を見上げれば、その下に目的の建物が見えた。
ララ隊長殿によれば、五日前、就寝していた女性軍曹が、心臓を刺されて死亡していたらしい。
扉の前で警備していた補佐官によれば、物音ひとつしなかったため、日が昇ってから異変に気がづいたそうだ。
ナイフや鈍器などの凶器による殺傷の場合もあれば、絞殺や毒によることもある。
殺害が起きる時間帯も場所もバラバラ。人知れず殺されるため、訓練兵に死体が見つかったこともあるらしいが、厳しく口止めしてるらしい。
よほど、軍の面子が大事なのだろう。
だが最早、それも剥がれかかっている。
既に被害者は3人。警備を付けたにも関わらず、このザマだ。
犯人は、軍内部の者なのか。外部の者なのか。被害者が上官ということ以外に共通点が
見つかっていないため、それすらも分かりかねているそうだ。
上部の中で、公開捜査をすべきだという意見も多くなってきているらしい。
その前に全ての手柄を手に入れ出世に使いたい、というのが、ララ隊長の意志らしい。
なんで15歳で軍曹になれたのか、あの野心で納得した。
ともあれ、その女性軍曹が殺された私室を隅々まで調べ、詳しく報告してこいというのが、俺にくだった任務だ。
.....先程、全くついていないと言ったが、少しばかり撤回しよう。
俺が今夜侵入する先は、女子訓練舎である。
男子は決して立ち入れない、秘密の花園。
いつになく真剣な気持ちで、ぐっと両手を握りしめた。
勘違いしないで頂きたいが、これは上官殺しの犯人特定のためだ。
そのためなら、女子訓練舎内でも、火でも水でも溶岩でも、喜んで飛び込もう。
くらげ15歳。いざゆかん、秘密の花園。
静かに鍵を開け、暗い舎内に入った。
花園への鍵をくれたララ隊長に、心から感謝します。
固く決意しながら、中に入る。
やはり俺たちの舎内と同じく、老朽化している。
壁紙はところどころ剥がれ、ヒビもある。廊下の色はくすみ、よくわからない染みがいくつか見られる。
だが、決定的な違いがある。
良い匂いがする。汗くさいあの舎内では考えられない、花や石鹸のような香りが僅かにする。
ここ数年で染み付いた野郎共の臭いが、静かに浄化されていく.....。
別世界に飛びかけたところで、ふと、足音が聞こえた。
コツコツと、靴の音。
慌てて周囲を見渡し、近くにあった扉に手をかけた。
閉まっていたため、とっさに先程の合鍵を差し込むと、運良く扉が開き、中に滑り込んだ。
どうやら物置らしく、ほこりっぽいが仕方ない。中に入って、じっと息を潜める。
「ふぁ~.....ねむい.....あーもう、見回りなんているの?今日、水中訓練だったから疲れたぁ.....」
「まあ、はいかは特にねぇ。調子乗って全力で泳ぎまくってたしねぇ」
「だって、滅多にないから楽しくて.....りゃなはなんでそんなら平気なの」
「記録係だったからね」
「えぇ日陰待機じゃん、勝ち組.....」
そっとドアの隙間から見れば、軍の黒いTシャツに、迷彩ズボンを着た二人組が、眠そうに歩いていた。
どうやら、見回りらしい。ふむ、俺より年下だな。14か15ぐらいに見える。茶色のくるくる髪と、橙色の髪に赤メガネか。任務の情報は大事だから、しっかり覚えとこう。女子舎最高。
いや、そんな浸ってる場合じゃない。とりあえず早く過ぎ去ってくれ。
そう願うと同時に、ぴたりと足音が止まった。
「あ、まってはいか。一応、この物置も確認しなきゃだよ」
懐中電灯がこちらに向く寸前、扉から身を離せた。が、変わらず緊急事態だ。
心臓がなり始めるが、静かに呼吸をして、聞き耳を立てる。
「えぇ~!?いいよ、どうせいないし.....」
「だめだよ。班長、ちゃんと見たかとか、ネチネチ煩いんだから、一応全部見とこう」
おい、なんて真面目なんだ赤メガネ。そこは適度にサボれよ!
慌てて棚の後ろに身を隠し、身を低くした時、扉が開いた。
「うぅ、ほこりくさ.....」
「ここ暗くて嫌いなんだよね.....早く出よう~」
「はいはい、わかったわかった.....」
めんどくさそうに返事をしながら、赤メガネの懐中電灯が、あちこちを照らす。その光に当たらないことを祈り、思わずぐっと息を止める。
「ほら、なんにもないよ。早く行こ!」
「なんにも無いね。いこっか」
すっと扉から身を引くのが見え、ほっと息が出た。
「待って。ここの鍵、昼は空いてなかった」
一瞬で冷えきった声に、サッと血の気が引いた。赤メガネの声も、すっと低くなる。
「.....本当に?」
「今日の見回り前に、わざわざ班長が閉めてた」
がちゃんと、扉が閉められた。
同時に、懐中電灯の明かりが消えた。
音が消えた闇の中で、咄嗟に退路を探したが、あの扉以外に出口がない。
狭い部屋の中で、気付かれずに抜け出すことは出来ないだろう。
見つかったら、どんな懲罰があるか。なによりも、あの魔王の冷たい笑顔を想像しただけで恐ろしい。
こうなったら、どうにか黙らせるしかない!
覚悟を決めてナイフを取り出した瞬間、乾いた音が響いた。
同時に、絶叫が聞こえた。
「何!?」「りゃな、行こう!」
扉が開いた瞬間、傍にあった大きな黒布を、少女らの頭上に広げた。
「「ぎゃあっ!?」」
混乱した隙に、扉から素早く出て、外から鍵を閉めた。
「わーっ!!なにこれ見えない!!」
「いつまで布に絡まってんの!ってか、鍵閉まってるじゃん!だれかーっ!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ声を後に、階段を駆け上がった。
「やべえ、すげえ騒ぎにしちまった.....いや見られてないからセーフなはず.....!」
内心彼女らに謝っておきながら、足を動かした。途中で扉の開く音や駆け足も聞こえたため、皆叫び声で起きているのだろう。このままでは見つかるかもしれない。
だがそれでも、どうしようもなく体が惹き付けられる。
まだ一度も本物の戦場に出たことはないというのに。本能が理解していた。
あれは、断末魔だ。
駆け上がった先に、異常な赤色が見え、咄嗟に身体が止まった。
無機質でヒビの入った見慣れた廊下に、濡れた鮮血が飛び散っていた。
「.................あっ.....」
引きつった声が喉から漏れ、思考が止まった。広がっていく血液が、俺の靴をじっとりと濡らす。
目が離せなかった。まるで生まれて初めて血を見たように、体がすくんで硬直した。
いや、俺は今までこれほどに大量の血を見たことがない。
血は引き摺られたように、曲がり角の先に伸びている。
この先に死体がある。
じっとりとした嫌な汗が背中を濡らす。心臓の音と、うるさい自分の呼吸以外、何も聞こえない。
俺はいま冷静じゃない。恐らくこの先に死体がある。しかし、まだ犯人もいるかもしれない。こっそり覗き見して犯人がわかれば、全てが解決する。
理解している。だが、こんなにも体が前に進みたがらない。
息を止め、ナイフを取り出し、強く握りしめた。
見るしかないだろ、犯人がわかるかもしれねぇんだぞ!
自分を奮い立たせ、無理やり手足を動かし、そっと先を覗いた。
伸びた廊下の先に窓があり、月に照らされた人影が見えた。足元に転がる動かない影も見え、息を飲んだ。
明かりに照らされた人物は動かない。こちらに背を向けて佇んでいる。
背は男にしてはやや低めで、体つきは中性的だ。顔が見えないために男か女か判断がしづらい。うるさい心臓から意識をそらして、
じっと目を凝らす。
徐々に目が慣れて、服装が細かく見えてくる。黒いタンクトップに、軍のズボン。
そして、藍色の髪。
心臓が大きく鳴った。汗が頬を伝って床に落ちる音すら、相手に聞こえる気がした。
目が離せない。俺はあいつを知っている。
だけど、どうしてここにいる。まさか、こいつが、犯人。
不意にそいつが振り返り、隠れる間もなく、互いの視線が交差した。
藍色の目。同い年くらいの軍の人間。
昨晩出会ったそいつの頬には、血がベッタリと付いていた。
長い一瞬、互いに驚いたのも束の間、とっさにナイフを構えて口を開いた。
「てめ.....っ」
「伏せろ!!」
相手が叫ぶと同時に、背後から発砲音がした。
同時に、肩が熱い塊に貫かれた。
「い゛っ!!」
とっさに叫び声を噛み殺すと、目の前に迫っていたそいつに押し倒された。
体を地面に打ち付けた痛みより、肩の衝撃が勝って息が止まった。熱い血が溢れ出すのを肌で感じながら、必死に声を抑える。
「いっっっ.....!!」
「静かに!」
漏れた悲鳴を手で塞がれ、目の前でそいつがそう言った。
何が何やら、痛みも相まって混乱していたが、そいつはじっと身を屈めて静止していた。
目の前の藍色の瞳を見つめ、目で『なんなんだよこの状況は!?』と訴えかけるが、何も答えない。
ふと口内にじわりと鉄の味がした。こいつの手についていた血液が、口の中に入ってきているらしい。鳥肌がたったが、吐き出そうにも叫ぼうにも、そんな状況ではない。
侵入してくる血の味と、肩の激痛から必死に意識を背けるため、回らない頭を回転させる。
こいつは犯人じゃねえのか?だとしたら銃を撃ってる奴が犯人か?誰だ?そもそもなんでこいつは、こんなところにいやがるんだ?!
ズキズキと脈打つ傷口の痛みも混じって、上手くまとまらず、苛立ちが募る。
そもそもこいつは、一体誰なんだよ!
「こっちだ!総員確保に迎え!」
階下から複数の足音が聞こえ、ハッとして口の上にある手をはらって、できる限りの小声で怒鳴った。
「おい、おまえ上官殺しの犯人か!?」
「うるせぇな、だったらてめえを殺してる!いいから飛び降りるぞ!」
「はっ!?外には狙撃手が.....」
「あいつならさっさと逃げやがったよ!私らも逃げるぞ!」
「なっ.....」
問う前に、そいつは窓から身を出して、こちらに手を差し出した。
真っ赤な鮮血で濡れた手に、思わず体がこわばった。
「こんなところで捕まれば、懲罰どころじゃすまねーよ!とっとと来い!」
足音はすぐそこに迫っている。迷う間も、考える間もない。
「ぁぁあくっそがあ!!」
差し出された血塗れの手を、ぐっと握りしめ、窓から身を乗り出した。
ぬるりとした不快で濡れた感覚は、すぐに気にならなくなった。
広い夜空と月明かりの中で、体が夜風に吹かれ、遠い地面にひゅっと息が漏れた。
「歯ぁ食いしばって、あの木に飛べ!」
「~~〜~~~〜~~っ!」
ぎっと歯を噛み締めて、大きく窓を蹴って、空中に舞った。
僅かな浮遊感の直後、重力に真下の木へ引きずり降ろされる。咄嗟に腕を構えたが、容赦なく葉や木に身を切られる。
もはや何処を負傷したのかわからないまま、夢中で木に手をかけ、しがみついた。
「あっ.....ぶね.....っ」
「しっ!」
上から見下ろしながら静止され、じっと息を潜めた。しばらくして、上のほうから怒号が聞こえた。
「どこだ!?探せ!」
「外には.....誰もいません!恐らくまだ建物内かと思われます!」
「よし、この階のすべての部屋をくまなく探せ!念の為に、外に逃げた人物がいないか捜索せよ!」
走り回る音が増えて、館内の明かりが増えていくのが見えた。
この騒ぎでは、もはや一連の事件も隠しようがないだろう。明日には大きな話題になるはずだ。
「.....やべーな、すっげえ騒ぎにしちまった」
引きつった声を聞きながら、黙ってそいつの腕を強く掴んだ。
「ん?何だよ」
「.....ぜんっぶ吐いてもらうぞ、りんご泥棒」
嫌な笑顔を浮かべた瞬間、そいつは「あ」となにかに気づいた顔をして、止まった。
そしてしばらくして、凛々しい笑顔で答えた。
「話し合おうじゃないか!」
「殺す」
笑顔は、真顔に変わった。
つづいちゃうぞ~