表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
復讐の唄  作者: 神崎ゆう
2/4

中編


あれから何度彼に嘯いたことだろう。

フェルマの主人となってもう四年の月日が流れた。

私は彼に何度も言った「好きよ」と、心にもない事を上っ面の笑顔と共に。

今日も私は彼に嘘をつく。

ーー愛した人に裏切られ、捨てられる気持ちを思い知ればいい。

私は貴方を傷つけて嗤うのよ。

「もういらないわ。大体好きじゃなかったのよーー身の程を知りなさい」って、そう嗤ってやるんだ。


彼の絶望した顔を見るためなら私は大嫌いな彼に愛を囁くことだってできるもの。




「ねぇ、フェルマ?」

「はい」

「今日は暖かいね」

一つ年上の彼は十八となり、背はぐんと伸びた。

あどけなさの消えたその顔は、前世の彼のようで吐き気がする。

決定的に前世と違う所は、その髪が魔族の証である黒髪であることと私のことを好いていることだ。

好いているーーそれも違うかもしれない。

彼にとって初めて「優しく」してくれたのが私だったから、彼は刷り込みのように私を慕っているだけだ。

ああ全く苛立たしい。

恋しいという虚像の想いを隠そうともしないその笑顔にひどく胸の具合が悪くなる。

だから私はーー

「ねぇ、今日はお出かけしましょう、二人で。髪飾りが欲しいの」

こういう時、必ず彼を外に連れ出す。

彼が白眼視されるのを知っていて。

彼は少しだけ顔を引き締めて、でもすぐに微笑みを浮かべて頷く。

あの頃私に見せてくれなかった、笑顔を容易く作り出す今の彼。

「はい、参りましょう」

「外に出たら敬語はダメよ。洋服もそんな堅苦しいのじゃなくてもっとラフなのね」

「……はい」

弱ったように微笑む彼が、憎い。




「こっちとこっち、どっちが似合う?」

赤色の髪飾りと青色の髪飾りを両手に持って掲げる。

「赤色」

明るい栗色の髪に赤色の髪飾りを当てて、彼は満足そうに微笑んだ。

「じゃあこれにする。これくださいな」

店主は黒髪の彼を嫌そうに見ながらも、私に微笑んでお釣りを手渡した。

私の手のひらに渡されたお釣りと髪飾りを彼は静かに自分の手の内に収め、鞄に入れる。

「持つよ、お嬢様」

「お嬢様って呼ぶのはなしだと言ったわ、フェルマ」

「……マリア」

照れ臭そうに笑って、私の髪に触れる彼。

「それでいいのよ、私の大切な恋人さん」

「マリア、」

「好きよ」

フェルマは?と首を傾げる。

「好きだよ」

黒髪の下の青色が優しく揺れるのを見て、胸が不思議な程疼く。

憎しみと嫌悪と、それからーー

それから?

その続きを考える事すらおぞましい。


「ねぇ、私あそこのお店の甘味が食べたかったの。行こうよ」

「ん、行こう」

彼が手を差し出す。

優しく差し出される大きな手に、妙な戸惑いを隠して自分の手のひらを重ねた。

あの時縋り付く事さえ拒んだ貴方が今、こんなにも簡単に手を差し出す。

なんて残酷なのか。

そして今私は、いつかその手を振り払うことを生きがいにして彼に微笑むのだ。



「魔族だ……」

「黒い髪ねぇ、嫌だわ」

「見目がよくても魔族じゃあね」

「あれは奴隷よ」

ヒソヒソと陰湿に話し出す店内。

元魔族として気分が悪くなる。

隣のフェルマも少し眉根を寄せた。

その表情に仄暗い笑みが浮かぶ。

ねぇ、わかるでしょう?

後ろ指さされる苦しみが。

それは貴方が昔私に与えたものなのよ。

昔はもっともっと酷かったのに、貴方はいいわね。

皮肉な言葉が浮かんでくる。

声に出さないように堪えて、代わりに笑みを深めた。

「マリア?」

「ううん、なんでもないの」

「注文してくるよ、どれがいい」

「じゃあストロベリーのケーキ」

この地方では貴重なストロベリーが使われているこのケーキはとても絶品だと聞いたことがあった。

彼が注文へと立つと、ふと視線を感じた。

振り返って視線を辿れば、そこには無表情な女性が一人。

私と目が合うと、彼女は少しだけ微笑んだ。

思わず微笑みを返す。

彼女はゆっくり立ち上がって、私の前で足を止めた。

「彼は変わったようで変わってないわね」

女性にしては低い声が愉快そうに放たれた。

「なんのことでしょう?」

にこやかに対応しながら、頭の中では女性への警戒を研ぎ澄ました。

変わった、と言った。

これはどういう意味だろう。

彼がうちに来る前に奴隷として働いていた時と比較しているのか。

それとも、前世のことと比較しているのか。

彼女の妖艶で人間味に欠ける微笑みを見ると、明らかに後者な気がして恐ろしくなる。

私の記憶には彼女の存在はない。

という事は彼の知人だろうか。

「惚けるのね」

「……存じ上げませんから、致し方ありません」

彼女は私の対応に苛立った様子もなく、喉を揺らしてくつくつと笑った。

淡い金髪の髪が揺れる。

「マリア?こちらはーー」

「おや、久しいね」

彼女はにこりと笑った。

作り物染みた、嫌な笑顔だった。

フェルマも戸惑ったように曖昧な笑顔を浮かべて誤魔化す。

「もし何かあったら私の所に来なさい」

待っているわ、と一言残して、彼女は踵を返し店内から出て行った。

なんだか狐につままれたような気分になる。

「知り合い?」

と、試しに彼に訊いてみるも、彼も困惑顔で首を横に振るだけだ。

ーー前世からやって来たとでも言うのだろうか。

でも、黒髪ではないということは魔族ではない。ただの人間がなぜ?

まあ彼女が髪を染めて魔族であることを隠しているのなら話は別だけれど。

しかし例え魔族だとしたら、前世あれ程魔族を嫌っていた彼が魔族と関わりを持っていた事になる。

そんな事はありえない。

彼はーーマルスは、寄り添った人間でさえも魔族だからと殺せるような人間なのだから。

眉間に皺を寄せた時、目の前の彼が私を覗き込んだ。

「マリア、」

「ん?」

「美味しい?」

彼がふわりと笑う。

私しか見ていないように、笑う。

「うん、美味しいよ」

私の答えを聞いて更に嬉しそうに微笑む彼。

私は、その笑顔を壊してしまいたくなる。

愚かなフェルマ。

可哀想なフェルマ。

裏切られる恋をしているとも知らないで。

「好きよ」

そう嘯けば、何も知らない彼は口元を緩めるのだ。

「俺は、愛してるよ」

ーーなんて愚かな人なのだろう。









私が彼が選んだ髪飾りを身につけたのは、彼と二人きりで町に出てから三日後の事。

着飾る私を彼は珍しそうに見ていた。

赤い髪飾りをつけて彼を振り向く。

「ねぇ、似合う?」

「はい、とても」

彼が微笑む。

私は笑った。


「未来の旦那様もそう言ってくれるかしらね」


私の言葉が終わるのを待たずして、彼は目を見開いた。

私は笑う、嗤う、わらう。

「言っていなかった?私、結婚するのよ」


ずっと好きだった人と、結婚するのーー


私は嘯いて、笑う。

「今日、ようやくその人と婚約するかどうか決まるのーーまぁお見合いみたいなものね。でもそんなの形式的なものよ、どうせ結婚は決まるわ」

「……マリア…」

震える彼の声を聞いて、胸がいっぱいになる。

胸が震える。

ーーこの震えが悲しみや恋しさなんてものではありませんように。

私は、わらう。

「信じたの?私が貴方を好きだって。バカね、嘘に決まってるじゃない」

「マリアっ」

絶望した顔で叫ぶ彼を見て私はまた微笑んだ。

あの時彼が私に向けたのと同じ冷たい笑顔を浮かべた。

「最初から貴方を好きなんかじゃなかった。ずっと好きだった人に似てるから暇つぶしに恋人ごっこをしたのよ」

ねぇ、もっと絶望して。

そして泣き叫んで。

私はその叫び声に振り返ることなく歩き出すのよ。

「身の程を知ってよ」

魔族の奴隷なんて、好きになるはずないでしょうーー?

「嘘だ…。だって…四年もずっと…言った、好きだって、俺のこと‼︎」

私も同じように縋ったのよ、前世の貴方に。

でも貴方が私を振り返ることはなかったわ。

死ぬ瞬間でさえ、彼は来なかった。

私、本当はずっと待ってたのに。

冷たい地下牢から彼が連れ出してくれる事を。

それこそ首を掻き切る刃が振り下ろされるその瞬間まで。

私は待ってた。

でも結局貴方は来なかった。

そんな貴方を、どうして私が愛せるのだろうか。


「私、貴方が大嫌いなの」

私は、嗤った。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ