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Impact penetrate 始まりの閃光2

 地球軌道ステーションニューセイルは他の軌道ステーションと違い桁違いに大きい。それは桁違いに大きい大型戦艦が停泊出来る港が有るのだから当然なのかも知れないが、それでも有に1つの島程の大きさが有る。だから港の大きさも桁違いに広く、車や電車が無ければ街に行く事にも難儀を覚える始末だ。

 だからと言ってニューセイルに駐屯しているでも、住んでいるでも無いこの僕がこのニューセイルに車を用意しているわけも無く。少尉になりたての僕が先輩方を差し置いて、軍宿舎の車を私用で使うわけにも行かず…。それで、仕方なく電車で来たと言うわけだ。

 でも、其のお陰でこんな出会いが有った。僕はお世辞でもカッコいい顔をしているわけではない。身長も162cmしか無いし、体つきも普通の兵士のそれだし、目の色も大和人に最も多い茶色だし、髪も黒くて少し癖が有る。

 そして極めつけは、男の勲章であるあれも大して大きくない。そしておしゃれに全く興味がない。僕はいつだって軍服を愛用しているし、今日も非番であるにも関わらず軍服を着ている始末だ。だから士官学校時代に付き合った女性は入学して直ぐに出来た彼女だけ。

 其れも3ヶ月で振られた。

 理由は面白くない。

 何だよそれって感じ。

 振られる内容もありきたり…。

 其れからの3年間は訓練と放課後に通うゲームセンターで、ワールドオブウェポンズ-ドールと言うゲームをやりまくる日々だった。

 訓練で人形兵器を扱い、ゲームで人形兵器を扱う、そんな毎日の繰り返し。確かに面白みが無いと言われても仕様が無いのかもしれない。

 そんな僕が今は女子と一緒に歩いている。港から軍宿舎までの僅かな時間だけかもしれないがそれでも僕に取ってはとても斬新な時間だった。

 港から15分程歩きコロニー鉄道の駅に着く。此の駅からモースノース行きの電車に乗ると総合軍宿舎前駅まで30分程で着く。そして其の駅から5分程歩けば軍宿舎に帰る事が出来る。

 電車待ちの時間を入れれば45分程度の時間を冴木伍長と過ごす事が出来ると言うわけだ。たった45分程度の時間かもしれないが僕に取っては貴重な時間であり、戦争と言う現実を忘れさせてくれる時間でもあった。

 ガヤガヤと人が行き交う忙しない港を冴木伍長と一緒に歩き駅に向う。何か気の利いた話が出来るわけでもないが、僕は必至に話をしていた。

 だから電車を待つ10分の時間も一瞬の出来事の様に過ぎ去った。開戦前で忙しない港は電車で行き交う人々の殆どが軍関係の人間だと分かる。普段は一般の船もこの港に停泊するのだが、今は一般の船は第二停泊所に着港する様に変更された。

 そんな慌ただしい時間の中で僕と冴木伍長の空間だけが別世界の様に僕は感じていた。電車に揺られ乍らの時間も其れは当然特別で、それは恰も自分が映画の主人公にでもなったかの様な気分を味わっていた。

 電車に揺られ15分程進むと港から街の入り口に差し掛かる。それは巨大な鉄の箱から解放される瞬間でもある。パッと太陽の光が差し込み僕達は思わず目を塞ぐ。そしてゆっくりと瞼を開けると先程とは全く違う景色が其処に広がっているのだ。僕達は思わず声を上げ其の景色を見やった。


 広大な広さを持つ、地球軌道ステーションニューセイル。

 

 其れは世界最大の軍事基地でもある。

 地球と火星にはそれぞれ計4本の軌道エレベーターが設置されており、そして其の頂上には宇宙ステーションが設けられている。地球に設置されている其れ等を地球軌道ステーションと呼び、火星に設置されている其れ等は火星軌道ステーションと呼称されている。中でもニューセイルは世界初の軌道ステーションであるため建造から約300年は経過している事になる。

 遥か昔の人々はこの軌道エレベーターを使い宇宙と地球を行き来し、頂上の宇宙ステーションを拠点に宇宙に進出して行ったのだ。

 しかし残念な事に今はこのニューセイルの地上部分に街は無い。あるのは荒れ果てた土地と華やいでいた頃の残骸が空しく残っているだけだ。だから其の土地の真上にこの巨大な宇宙ステーションを掲げた所で何の支障もないと言う事なのだ。

 だから当然エレベーター内部も古い様式の物がそのまま残っているが、当然使用されていないので新しかろうと古かろうとどうでも良いと言った感じである。

 そして環境の変化により街は失ったが、逆に長い年月をかけ改築と増設を繰り返して行った結果小さな島一個分の大きさにまで肥大するに至った。其の経過の中で唯一ステーション内部に街を作り人々が住むに至ると言うわけだ。

 だから他のライフカプセル同様朝昼晩があり、天候もちゃんと管理されている。唯一違う点と言えば、ライフカプセルの様に周りが対衝撃ガラスで覆っていない為、街から宇宙を見やる事が出来ないと言う事ぐらい。だから此処の街は巨大な鉄の壁で覆われている。理由は街の周りを増築した鉄の箱で覆っているからだ。

 それでも鉄の壁を壁と思わせない技術には脱帽する。恐らく光学迷彩技術を応用しているのだろうが、周りは全て山やキャニオンが聳え立っている様に見える。

 だから初めて其の街を見やった人は必ず。

「わぁ〜、すげ〜。」

 って声をだす。冴木伍長も其の例に漏れず、わぁ、凄い。と言って僕を見やり、え?と言った。

「え、何が?」

 僕は自分のリアクションが何か変だったのだろうかと少し戸惑った。

「え、否、如月少尉も初めて見たんですか?」

 不思議な表情を浮かべ冴木伍長が言った。

「何を?」

「いえ、此の街をです。」

「いや、僕は3日前から来てるけど。」

「え〜。でも、わぁ〜、すげ〜ってそれ初めて街を見る人のリアクションですよ。」

 冴木伍長に言われて、あぁ確かに……と、思ったがそれでも此の光景は、わぁ〜、すげ〜ってなると僕は思う。

 だって此処のこの光景は、地球で始めてみた広大な世界をそのまま再現しているのだから。誰だって感動するだろうし、其れに僕は電車で此の光景を見るのはまだ2度目だーー。

「そ、そうなのかなぁ…。でも電車から此の光景を見るのはまだ2度目だし。」

「確かに何度みても感動しますよね。」

「だろ。感動するだろ。」

「はい。まるで地球にいるみたいです。」

 タワイもない会話…。

 楽しい時間、幸せの瞬間…。

 笑いあい、見つめ合う…。

 僕はコツンと冴木伍長の手に触れる。すると冴木伍長がコツンと手を触れ返す。コツン、コツンと何度も何度も手が触れ合う。

 その度に心臓が高鳴って行く。

 鼓動がーー。

 ドキドキと脈打つのが分かる。

 体温が上昇し体が火照る。

 やがて僕達は自然の流れの様に、さも当たり前の様に手を握り合った。優しく柔らかい感触が僕の皮膚を通し脳神経にビリビリと刺激を与える。

「街を見に行く?」

 僕は柄にもなく、ドキドキと心臓を高鳴らせ乍ら言った。

「うん。」

 冴木伍長の返答に僕の心臓は張り裂けそうになる。季節のない宇宙に春が来た感じだった。当然僕は心の中ではガッツポーズを決めている。

 そして僕は、冴木伍長の可愛らしい表情を見やり乍ら視線を太ももに移す。

 ふっくらとむっちりとした太ももを見やり鼻血が出そうになる。

「じゃぁ、次の駅で降りよう。」

 僕がそう言うと冴木伍長は又うんと頷きニコリと笑みを返してくれた。その表情をみやり僕の周りがパッと輝き出す。もしも此れが映画なら、いや、僕が映画の主人公で冴木伍長がヒロインならきっと桜吹雪が舞い踊り、僕と彼女を包み込んで行くのだろう。

 そして僕たちはピンク色に彩られた世界で見つめ合う。きっと、いや、絶対にそんなシーンになるはずだ。だって実際に僕の景色はピンク色に染まっている。そしてそこには電車の風景も、電車から見えるニューセイルの街並みもない。

あるのはピンクに彩られた冴木ー。

 いや、沙耶の…。

「如月少尉!如月少尉!」

 可愛い表情と…。

「如月少尉!駅に着きましたよ。」

 可愛いらしく僕を呼びながら僕の腕をブルブルと揺らすーー。

 揺らす?

 え、あ…。

「はい、はい、はい、はい、着いた。着いたの ? よし、じゃぁ、降りよう。」

 そう言うと僕はそそくさと冴木伍長の手を引っ張りながら電車を降りた。

 全く大失態である。

 いくら浮かれているとはいえ見惚れすぎではないのか ? いや、それよりも何よりも自分だけラブリーな世界でうっとりしていた事が問題だ。僕はチラリと冴木伍長を見やり歪な笑顔を浮かべて見せた。

 冴木伍長は歪な笑みを浮かべ僕を見やる。

 恥かしさの余り僕の顔は真っ赤に火照り、それを誤魔化す様に冴木伍長の手を引き乍ら電車を降りた。

 ここリルスモール駅は街の中心部に位置するニューセイル第二の玄関口である。立派ながいらんはその昔のパリにあった何たら寺院を模しているらしく、見るものを圧倒する程の存在感がある。 

 勿論駅構内も其れなりの広さを有し、行き交う電車の数もダントツである。あっち行き、こっち行きの電車が絶えず行き交うこの駅は常に賑やかであるといえた。

 そんな雑多した構内を僕は冴木伍長と歩いている。

 冴木伍長は終始駅の様子を見やり乍らずっと驚いていた。まぁ、確かに驚くだろう。ライフカプセルでもないただの宇宙ステーションに、こんな街がある事だけでも驚きなのに本来の使用用途が軍事基地であるのだからもう一つ驚かさせられる。

 だけど、それよりも驚かされるのは冴木伍長の表情だ。出会った時はあんなにも凛としていたのに、今は普通の女子の顔をしている。

 そのギャップが…。

 その表情が…。

 僕の鼻の下をグインと伸ばす。

 でれっとした顔で、手を取り合い僕たちは改札を出る。

 広々としたエントランス。そして突き抜けるほどの高さを有した天井が僕達を又映画の世界に引き込んで行く…。だけどこの駅にも矢張り軍服を来た人が忙しなく行き交っているのが目に付く。

 その光景が僕を現実の世界に引き戻す。

 チラリ、ジロリと彼らの視線が痛い。

 デレットした表情が気に入らないのだろうか ? その視線が痛く体にグサグサと突き刺さる。

「美味しいコーヒーの店があるんだ。」

 コーヒーを飲めない僕が言った。冴木伍長が僕を見やる。僕はそれを見やりながら、行く ? と聞いてみる。冴木伍長は僕を見やったまま、行く。と答えた。

「よし、行こう。」

 僕はそう言い乍周りを一蹴した。それは、そう、お前達とは違うんだ。と、言ったどちらかというとどうでもいい自慢だった。それでも僕の心は優越感で満たされ、勝ち誇った気分を味わっている。

 そして突き刺さる視線がやがて快感に変わり僕はいつしか主人公になっていた。怪訝な表情を浮かべる兵士、雑多した構内、圧倒する程の存在感を持つリルスモールの駅でさえもが僕達を引き立てる為の付け合わせの様に感じた。

 それでも駅を出てリルスモール駅を見やれば、その凄さは折り紙付きでまさに圧巻と言えた。僕達はそんな駅を見やり軍事基地ニューセイルにようこそ、何てふざけたことを言ってみる。

 そして、

「何がニューセイルにようこそだ、この大馬鹿タレが。」

 ふざけ合う僕達の背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

 お陰で程よく僕は現実に帰ってくる事ができた。

「しかも、その横にいるのは沙也ちゃんかな?」

 女性の声に聞き覚えはないが冴木伍長の知り合いのようである。チラリと冴木伍長を見やると訝しい表情を浮かべている。

 お互い嫌な相手と遭遇したと言う事かな。

 僕と冴木伍長はユックリと振り返る。

「ひ、日比野大尉…。」

「ね、姉さん…。」

「なぁぁにが、日比野大尉だ。開戦を6日後に控えて女子とデートとは大した余裕だな如月少尉。俺はてっきり鬼神丸を見に行ったものだとばかり思っていたぞ。」

「いや、あの、見に行きましたよ。」

 何て返答を返しながら、日比野大尉の横にいる女性を見やり僕は驚いた。身長は冴木伍長と同じくらいの158cmか少し低い位だが、体重は明らかに3倍はあると思われる程の巨大さがあった。しかも冴木伍長はその女性を姉さんと言ったが、お世辞にも似ているとは言えない。丸々と太った体、おまけ程度に付いている短い足。胸か腹か分からないボディ。でかい顔を主張するかのように塗られた真っ赤な口紅。狸顔のくせに目だけは狐目で気が強い印象を受ける。

 唯一似ている所と言えば金髪に染めた髪だけだ。

「ほう、で、其の序でにナンパとはな。やるじゃないか。」

 そう言うと日比野大尉が意地悪そうな目で僕を見やる。

「え、いや、ナンパとか…。」

 返答し乍ら視線を日比野大尉に戻す。

「へー、沙也ちゃんは到着してすぐにナンパされたんだ。」

「え、いや、ナンパって。ね、ねぇ如月少尉。」

「そ、そうですよ。鬼神丸を見に行ってそこで知り会っただけですよ。」

「知り合っただけねぇ。」

 そう言いながら狸女がジッとつないだ手を見やる。

「まぁ、何でもいいがよ。そのカッコでおてて繋いでのデートは見過ごせんな。」

 え…。と、僕達はハッと繋いだ手を見やりパッと手を離した。

「て、言うかよ。何で非番の時まで軍服を着てるんだ。」

「え、如月少尉は非番なんですか ?」

 驚いた表情で冴木伍長が言う。

「そりゃ、そうでしょ。でなきゃ、軍法会議ものよ。」

「あ、あははははははーー。」

 成る程、怪訝な表情で僕を見ていたのは羨ましかったからでもなんでもなく、軍服を来た男女が手を繋いで歩いていたからか。

「全く、馬鹿にも限度ってもんがあるだろが。それに沙也も沙也だ。軍人教育は一本気大佐にみっちりと教えられているだろうによ。こんな事が大佐の耳にでも入ってみろ百叩き所じゃ済まないぜ。」

 え ? と、僕は自分の耳を疑った。今、確かに日比野大尉は沙也と言った。うん。間違いなく言った。あれ ? 知り合いなのか ? 僕は二人をキョロキョロと見やる。

「あららら、可愛いボクぅ。ボクはなぁぁんにも知らないんだ。」

 そんな僕を見やり狸女が言った。

「んー。あぁぁぁ、そうか。如月少尉はまだ知らんよな。否、すまんすまん。俺の彼女だ。」

 そう言って日比野大尉はポンと狸女の肩を叩いた。

「あ、初めまして。如月悠那少尉です。」

 気に入らない。そんな表情で自己紹介をする。当然だ。彼女なのはみれば分かる。知りたいのは日比野大尉と冴木伍長との関係だ。 

「こちらこそ初めまして。私は勇の彼女の、いっ、ぽ、ん、ぎ、なぁ、な、です。ななは那奈って書くの。階級は3等級中尉ね。宜しくねぇ、可愛いボクゥゥ。」

 で、ビックリの名前が出て来た。

 一本気ー。

 真逆…。

 と、僕はジッと那奈を見やる。

 一本気陽光1等級大佐ーー。別名鬼武者の称号を持つ凄腕の人形遣いでもある。

 泣く子も黙る鬼大佐で、気性は激しく、忠義に暑い。曲がった事が嫌いで、訓練は非常に厳しいと有名である。

 兎に角、怖い恐ろしいの代名詞だ。

 僕も入隊の時に一度だけ有った事がある。どす黒いオーラを纏った大佐の鋭い眼光に僕は終始ビビリまくっていた。

 その一本気大佐と同じ苗字、まさかな。と、僕は那奈を見やる。

「はぁぁい。一本気陽光大佐の娘でぇぇす。」

 そう言うと那奈はボブの髪を手で靡かせる。が、痛んでいる所為か全く靡かなかった。バサっと髪が元に戻る。

「え、一本気大佐の娘 ? …さん。」

「だよ、何か文句あるか。」

 日比野大尉が言った。

「いえ。」

「て、言うかぁ、姉さんはこんな所で何してるんですかぁ?」

 割いるように冴木伍長が言った。

「何って、あんたが今日此処に来るって言うからぁ、迎えに来てあげたんじゃなぁい。」

「あらーー。」

「全く。そしたらこんな可愛いボクを連れてるしぃ。まぁ、良いけどぉ。じゃ、私達はお邪魔だから帰るねぇ。」

 そう言うと那奈は日比野大尉の腕に寄り添いニコリと笑みを浮かべた。

「ま、そう言う事だ。だけどな如月少尉、女子とウツツを抜かすのは良いが、其の格好でいちゃつくのは禁止だ。事が事だけに皆ピリピリしているんだからな。いいか、いちゃつきたいなら俺みたいに格好良く私服で決めている時だけにしろ。」

 そう言うと日比野大尉はクルリと向きを変え歩き始めた。

「あ、大尉ーー。」

 そんな日比野大尉を呼び止め、僕は大尉の所に駆け寄った。

「何だよ?」

「あの、すみません。モントリーズカフェって何処に有るんですか?」

 僕は小声でボソリと言った。

「は…。何だよお前、知らないのか。」

「え、はい。」

「たく。ナンパする時はちゃんと下調べを済ませてからするもんだろうによ。まぁ、いいや。すぐ近くだから連れてってやるよ。」

 そう言うと日比野大尉は目前の車を指差し乗りなと言った。そして、其の方向を見やると明らかに軍の車と分かるジープが駅のロータリーに止めてあった。

「あれですか ?」

「あれだよ。」

「借りたんですか ?」

「当然だよ。」

「まぁ、正確に言うとぉ、私が借りたんだけどねぇ。うふ。沙也!行くわよ」

 と、那奈が少し離れた所にいる冴木伍長を呼んだ。

「え、行く ? どこに行くんですかぁ ?」

「ボクがねぇ。モントー。」

「わ、わわわわわー。」

 那奈の言葉を遮る様に言葉を発する。

「あら、ごめんねぇ、知らないのは内緒だったのね。OK。じゃぁ、知らないのは内緒にしようね。あは、沙也ちゃ〜ん行くわよ。」

 然程離れていない沙也を那奈は大きな声でもう一度呼んだ。

 そして僕達は日比野大尉の計らいで車に乗りモントリーズカフェに向う事になった。お陰で時間は短縮出来たが、とても気を使うはめになった。それでも後部席に座った僕の横には冴木伍長が座っている。僕はソッと冴木伍長の手に触れてみる。冴木伍長の柔らかく温かい手が僕の手の上に優しく被さる。

 ドキッと心臓が高鳴った。

 こう言うシュチュエーションも中々興奮する物だと初めて知った。だから、道中で那奈が色々話して来たが、殆ど頭には入って来なかった。

 気が付けば車はモントリーズカフェの前で車は停車し日比野大尉が着いたぜ、と振り返って僕を見やっていた。

「あ、ありがとう御座います。」

 そう言うと僕は後部ドアを開けた。

「あんまりはめを外すんじゃないぞ。何てったって沙也は一本気大佐の此れだからな。」

 日比野大尉はそう言うと小指を突き立てる。

「え…。」

 と、僕は突き立てられた小指をマジマジと見やり此れ?と小指を突き立てる。

「だよ。」

「マジですか ?」

「だよ。だからあんまり羽目を外すと殺されるぞ。」

 ドキドキと高鳴る心臓の鼓動が別の意味で高鳴った。

「まさか、冗談でしょ。」

「俺は冗談は言わねぇよ。」

「ちょっと、日比野大尉ぃ。変な亊言わないで下さいよ。違いますから。」

 横で冴木伍長が言った。

 でも、冴木伍長は一本気大佐の此れ ? 僕は突き立てた小指を見やる。

 嘘…。嘘だ。まさか、冴木行が鬼武者の彼女だなんて ?

 まさか…。

 そんな…。

 だって僕と冴木伍長はさっきまでーー。

「そうよ。変な亊言わないのぉ。本当に勇は意地悪なんだからぁ。」

 そう言い乍ら那奈が僕を見やり生唾を飲んだ。

「ちょっと、この子青ざめてるじゃない。」

 那奈の大きな声が耳に響く…。

「え〜。如月少尉…。冗談ですよ。日比野大尉の言う事を信じないで下さい。」

 そう言い乍ら、冴木伍長がギュッと僕の両腕を掴む。

 冴木伍長と那奈の声が、

 ザワザワと周囲の響めきが耳に響く…。

 嘘 ? 

 本当 ?

 何なんだよ。

 一本気大佐の此れ ? 

 冗談だろ…。

 て、言うか此の三人はどう言う関係なんだ ? 

 わけが分からない。

 グルグルと頭が回る。

 グルグル、グルグルと

 グルグル、グルグルと頭が回る。

 全く何なん何だよ。

 此れはパロディ映画だったのか?

 グルグルと回る頭の中で、僕は自分の境遇を怨んでいた。

 

 其れから暫くしてフラリと僕は貧血気味の体を動かし車を降りた。冴木伍長が大尉なんか大嫌い ! イーだっと言っているのが聞こえる。

 那奈が笑っている。

 日比野大尉がバツの悪そうな表情を浮かべている。

 笑いたいけどそんな気力が僕には無い。

「もう、如月少尉さっさと行きましょう。」

 そう言うと沙也は車を降りると僕の手を引っ張り、足早にモントリーズカフェに入って行った。 

 フラリと体が揺れる。

 此れが現実なんだと言い聞かせれば、自分が惨めになる。浮かれていた自分が滑稽すぎて泣きそうになる。


 まるで、僕は道化師だー。


 そんな事を考えながら僕達はカウンターの列に並んでいた。

 シックな音楽が淡々と流れている店内は少し薄暗く人がごったしている割には意外と静かな印象だ。

 静かな店内の中で冴木伍長が僕を見やる。僕もチラリと冴木伍長を見やり、僕はシュンと頭を垂れた。 

「もう、大尉の言ったことは忘れて下さいよ。」

 そっと顔を近づけ冴木伍長が言った。忘れろと言われても一本気大佐のあの目が僕を睨みつけている。

「でも…。」

「意気地なしですね。」

 プイット顔を背け冴木伍長が言う。

 誰でもそうなるだろ…。僕は素直にそう思った。だけど心の奥底で少し腹が立っていた。

「そなんじゃ…。。」

「だったら、いつ迄もそんな顔をしないで下さい。」

 ね…。そう言いながらギュッと少し強く手を握る。彼女から伝わる勇気が少し僕の気持ちを和らげる。

 そうだよ。

 僕だって男なんだ…。

「じゃ、じゃぁ、聞いていい?」

「何をですか?」

「何を頼むのか…。」

 そう言って僕は笑みを浮かべた。意気地なしの僕の精一杯の勇気だ。

「リンゴジュース。」

 二っと笑みを浮かべながら冴木伍長が答える。

「リンゴ ? コーヒーじゃないの ?」

「うん。コーヒーは余りーー。」

「あ、だったらーー。」

「いいんです。何処でも。其れより如月少尉は何を頼むのですか ?」

「え、あぁぁ、僕はコーラーを…。」

「コーラー、如月少尉も他のを頼むんじゃないですか。」

 そう言うと冴木伍長は楽しげにケラケラと笑いながら僕の腕をギュッと抱きしめた。

 又心臓が高鳴って行く。日比野大尉の忠告もどこえやら。僕達は先程よりも激しく熱く想いを通わせようとした。

 柔らかい胸の感触が腕を伝い温もりと一緒に伝わってくる。冴木伍長の可愛らしい顔が僕の腕にくっついている。

 心臓の鼓動が…。

 止まらない。

 ドキドキ、ドキドキと激しさを増して行く。

 僕は自然の成り行きに任せるように、そっと自分の顔を冴木伍長の顔の前に持って行く。

 冴木伍長のプルンとした唇が僕の理性を奪う。

 そして冴木伍長が僕を見やる。

 僕も冴木伍長を見やる。

 綺麗でとろける様な瞳で暫し僕を見やり冴木伍長はすっと瞼を閉じた。

 お互いの鼓動が体を伝わり脳に刺激を送る。

 ドキドキ、ドキドキ

 ドキドキ、ドキドキと心臓が張り裂けそうになる。

 脳内の分泌液が大量に溢れ出し僕の理性は完全に吹っ飛んだ。


 そして、


 程よく僕たちの順番が回ってきた。

「お次の方、ご注文どうぞ。」

 店員の女性が笑顔で言う。其の問いかけに僕の唇は冴木伍長の唇まで後数ミリと言った所でピタリと止まった。


 僕は又現実に引き戻された。


「あ、えっとぉ。コーラーとリンゴジュース。」

 少しカッコを付けるように腕をカウンターに肘を付いた。

「コーラーとリンゴジュースですね。ありがとうございます。お会計はご一緒ですか ?」

 満遍の笑顔を作り女性店員が問う。

「ええ、一緒で。」

「では、ご注文をどうぞ。」

「はい…。」

「え ? ご一緒なんですよね。」

 手で僕と冴木伍長をチョイチョイしながら店員が言った。

「そうだよ。だからそれで良いんだよ。」

「あぁぁ、では、8$50¢になります。」

 相変わらず店員は笑顔である。

 勿論僕は少し不機嫌である。

 この状況でどうして僕が2杯も飲み物を頼むのだろうか ? いや、頼む人もいるのかもしれないがーー。

 と、冴木伍長はケラケラと笑いながら胸元から生体認証カードを取り出している。それを見やり僕はスッとそれを手で止めた。

「いいよ。僕が払うからーー。」

 そう言って胸元から生体認証カードを取り出し店員に差し出した。

「でも…。」

「いいから、気にしないで。」

 なんてやり取りをしている間に店員の女性はピッと小さな機械で僕のコードを読み取らせ、ありがとうございます。商品はあちらのカウンターでお渡しします。と手でそのカウンターを示した。

 そう言った店員の女性は矢張り満遍の笑みである。

 僕は何だろうか、とても気分が悪いと思った。

「面白いお姉さんですよね。」

 そう言って冴木伍長が僕の腕を引っ張りながら奥のカウンターに向かって歩き始める。

 まぁ、いいか。

 そう思いながら僕も連れられるよにカウンターに向かった。

 飲み物は然程待たされる事なく提供され、僕達はそれを手にテーブル席を探す。冴木伍長が窓際の席を見つけ、あそこ、空きましたよ。と、足早に進みその席を確保した。

「如月少尉、早く。」

 そう言って冴木伍長が手招きをする。

 僕は周りをチラチラと見やりニタッと笑みを浮かべ、は〜いと元気一杯の声を張り上げた。

 正直阿呆である。然れどそんな事は僕には関係ない。

 阿呆でもいいのだ。

 阿呆でも自慢したいのだ。

 冴木伍長と楽しんでいる自分を。

 自慢したいのだ。

 僕はー。


 自慢したいんだ。


 例え一本気大佐とーー。


 一本気。


 そうだーー。


 僕は歩みを止め冴木伍長を見やる。

 臆病者の僕は真実を知る勇気がない。

 だから足が竦む。

 僕は日比野大尉のようにカッコ良くないし、一本気大佐のようにヒーローにもなれない。


 そう、僕は逆立ちしても勝てないんだ。


 僕の目の前には冴木伍長が笑顔で待っている。僕にとってハッピーな時間であり、同時にそこには現実が待っている場所でもある。


 僕は…。


 僕は…。


 ギュッと拳を握りしめ始めの一歩を踏み出した。



「もう、勇は意地悪ねぇ。」

 ジープに揺られながら那奈が言った。

「だってよー。なんかムカつくだろ。あの野郎デレデレしちゃってよ。」

 そう言いながら日比野は煙草を取り出し一服つける。フワッと紫煙が車内に広がり、煙草の臭いが充満し始めた。日比野は軽く2、3回煙草を噴かすと少し窓を開けた。

「いいじゃない。若いんだからぁ。」

「何だよ、俺だってまだ若いぜ。」

「若いわよ。若いけどぉ、19歳の如月少尉と39歳のお兄さんが張り合わないの。」

 そう言いながら那奈がギュッと勇を抱きしめ分厚い唇でキスをした。那奈の巨大な体が前方の視界を遮る。

「こら、那奈。運転中だ。」

 日比野は思わず那奈の肉をグイッと移動させた。

「お…。那奈…。」

「勇ーー。」

 切ない声でボソリと那奈が耳元で呟いた。

「な、な…。」

「愛してる…。」

「な、なんだよ急に。俺だって愛してるさ。」

「うん。」

 那奈は軽く頷くと日比野から離れ日比野の煙草をヒョイっと取った。そしてそれを咥えると一気にそれを吸い込んだ。火種がぐぐぐぐと根元まで進んでいく。

 そして少し煙を肺にとどめ一気に吐き出した。煙草の形を残したままの灰がポトリとシートに落ちる。

「ねぇ、もしも私が先に死ぬような事があったら、迷わず他の子を探してね。」

 そう言うと那奈は吸い殻を灰皿に捨てた。

「な、何言ってんだよ。そんな事あるわけないだろうがよ。」

「だ、だって…。私達兵士だよ。戦争が始まったらいつ迄ーー。」

「バカ言ってんじゃねぇ ! 」

 那奈の言葉を遮るように日比野が言った。

「たくよ、たくよーー。簡単に言うんじゃねえよ。お前みたいにでかい女の代わりなんてそうそういるわけないだろ。」

 やりきれない気持ちーー。

 ずっと我慢していた気持ちーー。

 これが最後かもしれない。この会話が…。次はいつ会える ? 今日の温もりが明日あるとは限らない。

 そう、戦場に出ればそのまま最後になるかもしれない。

 誰もが思っていることだーー。

 だから杭を残さないように。

 やり切れなェなぁ…。こみ上げてくる涙を日比野はグッとこらえる。

 那奈の肩に腕を回しーー。いや、肩まで腕が届かないので、途中の肉を掴み自分の所に引き寄せる。

「俺は死なねぇよ。だからお前も生きて戻って来いよ。」

 ギュッと肉を掴む手に力が入る。

「勇…。」

「那奈…。」

「痛いよ…。」

 そう言って那奈は少し涙を流した。


 開戦まで後6日ーー。


 各々の兵士はそれまでの間に出来るだけ人生を楽しむことを考えていた。戦争が始まれば、自分がこの世界にいつ迄いられるか分からないから。


 だけど常に現実は非情だ。


 その日、突然ザワザワと世界が慌ただしく動き出した。それは中華連合帝国皇帝李筝雲の緊急声明発表が残り6カ国当てに放送されたからだ。

 軍宿舎に戻った日比野大尉と那奈を出迎えたのは、小隊隊長の向井宏2等級中尉、伊藤咲希3等級中尉、そして僕の直属の上官に当たる滝野蓮二3等級中尉だった。

 3人は何か鬼気迫る物を感じ取っていたのだろうか、やけに深刻な顔付きでそれを告げた。

 車を運転していた日比野はその緊急声明発表の事を知らなかったから慌ててマルチファンクショングラスを装着した。

「声明発表ーー。そりゃ、こちらが宣戦布告を申し付けたんだ、向こうもそれなりの返答は返して来るだろうよ。」

「ええ、でも何か感じが…。」

 向井が言う。

「感じ ? 」

「ええ、何かこう余裕と言うかーー。」

 滝野が答える。

「そうなんです。何が言いたいのかよく分からない声明なんです。」

 伊藤が答える。日比野は受け答え乍チャンネルをあわせた。

「声明が始まったのは ? 」

「15分ほど前です。」

「15分前 ? 」

 日比野は怪訝な表情で答え乍マルチファンクショングラスに映る李筝雲を見やった。


”世界は常に我々に非情であった。先にも述べた様に長い歴史の中で我々は下等生物として扱われてきたのだ。それを払拭しようとーー。”


「な、なんだこれ ? 」

「分かりません。500年も600年も昔の戦争の話をしたと思ったら、自分達が虐げられて来た時代の話を始めました。」

「何だよ今更。すっかり国の成り立ちも名称も変わってるって言うのによ。それに今では泣く子も黙る連合帝国様だろが。たく無駄に話を長引かせやがって。受けて立つ ! それだけでいいんじゃないのか。」

「ええ、本当に。これだと悪戯に時間だけを無駄にしている感じです。」

「無駄ーー。あぁぁ、だな。それだよ伊藤中尉。」

 そう言って日比野はマルチファンクショングラスを外す。

「え?」

「此れは恐らく時間稼ぎだ。あいつら何か企んでやがるぞ。」

 そう言うと日比野は3人の小隊長を見やり、隊員は近くにいるのか ? と問うた。2人の小隊長は皆この近くにいると伝えたが、滝野は如月少尉は鬼神丸を見に行くと言っていたのでまだ港付近にいるかと。と、伝えた。

「なら、お前達は直ぐに隊員を緊急召集後金剛にて緊急発進の準備を整えろ。」

「あ、はい。」

「で、大尉は ? 」

「如月少尉を迎えに行く。」

「如月少尉を ? 」

 訝しい表情で滝野が言った。

「だよ、彼奴は港なんかにいねぇからよ。」

「え、そうなんですか ? 」

「だよ、街で女子とデレデレデート中だ。」

「え〜。悠那君デートなんですかぁ。ショックぅ。」

 其れを聞いた伊藤中尉が口をとんがらせた。

「あらぁ、咲希ちゃんもボクのファンなのぉ。」

 那奈がニタリ顔で聞く。

「ん〜。ファンじゃないけどぉ、ちょっと良いかなぁって。」

「確かにぃ。可愛いもんねぇ。でも、咲希ちゃんて彼氏いなかったっけ ?」

「あぁぁ、那奈ちゃんそんな事聞いちゃうぅ。」

「聞いちゃう。聞いちゃう。えぇぇぇ、なになになに、何か有ったの ? 教えてよぉ。」

「実は3日前にぃ、ふ、ら、れ、た、の。」

「えぇ、うそまじでぇ。あんなにラブラブしてたじゃない。」

「そうなのぉぉ、でも、ふられたのぉ。」

「えぇぇ、どうして、どうして。なんでぇ ? 」

「強い女は嫌いって。酷くない。そりゃ、兵士だもん強いよ。筋肉だってあるしぃ。」

 そう言って伊藤中尉が力こぶを作って見せる。其の腕を見やり、何だ其の男みたいな腕は。と、日比野がボソリと言った。

「は、何を言っているんですか。私の体をこんなんにしたのは大尉でしょ。」

「何で俺 ?」

「大尉の訓練が厳しすぎるからです。だって他の女性兵士はこんな筋肉筋肉してませんよ。」

「確かに勇は筋肉馬鹿だからね。ちょっとやり過ぎね。」

 そう言って那奈は伊藤中尉の体をジッと見やる。

「え、否、そんな事無いだろ。」

 日比野は自分の体をキョロキョロと見やり乍ら言う。

「そんな事あります。責任とって下さいぃ。」

「責任 ? 責任て何だよ。」

「バツとして悠那君を下さい。」

「え、否、そりゃ無理だろ。だって彼奴はデレデレデート中だしよ。」

「なんですか、デートって。私だってしたいです。」

「否、でもよ…。」

「でも何ですか。」

「あ、咲希ちゃん実はね。沙也なのよ。」

 言い難そうに那奈が伝える。

「沙也ちゃん ? 沙也ちゃんが如何したの ?」

「だから、沙也なの。ボクのデートの相手。」

「え、うそぉ。そうなの。沙也ちゃんなのぉ。えぇぇぇ、沙也ちゃん可愛いからなぁ。」

「け、何が良いんだあんな小枝女子。」

 吐き捨てる様に日比野が言いやる。

「え、小枝 ? 沙也ちゃん結構ムチムチしてますよ。」

「何がムチムチだ。あんなの那奈に比べたら小枝じゃないか。」

「え、いや、那奈ちゃんと比べたら皆小枝ですよ。」

 驚いた表情で伊藤が答える。

「は、何か言った。」

 那奈が目を細め睨む。然れど目が肉に埋れ殆ど瞼を閉じた状態になる。伊藤中尉はす〜っと目線を逸らし、滝野中尉、そんな失礼な事を言うもんじゃありません。と人の所為にした。

「え、俺 ?」

 滝野は目を丸く見開き自分を指差す。

「は、何他人事みたいに言ってんの。那奈ちゃんに謝りなさい。」

 伊藤はジロリと滝野を見やる。

「え、いや、ごめんなさい。」

「ふん。殴るわよ。」

 とんだとばっちりである。

「しかし、何だ。伊藤中尉もあいつのファンとわよ。たく、彼奴モテるよな。」

 ブスッと拗ねた表情で日々野が言った。

「焼かない、焼かない。さぁ、ボクと沙也を迎えに行くわよ。」

「え、いや、那奈は。」

「いいの…。私はまだ招集は掛かってないし。ね…。」

 そう言うと那奈はギュッと日比野を抱き締め濃厚な口づけを交わした。


「そっか。じゃぁ、奴隷に売られそうになったのを一本気大佐が…。」

 慌ただしく緊迫した空気が流れる世間の事などつゆ知らず、僕と冴木伍長はラブな時間を過ごしていた。

 僕はちょっとした勇気を持って大尉達との関係を聞いていた。僕が考えていたよりも遥かに軽く冴木伍長は色々なことを話してくれた。

「はい。本当にあの時は大変でした。私は未だ中学生だったし、父は自殺するし。弟は寺に逃げ込むし、母は愛人と逃げるしで…。でも、生前父に世話になったと一本気大佐が私を買ってくれて。そして姉さんと同じように私を育てて下さったんです。」

 そう言って冴木伍長はリンゴジュースをズズズっと飲む。

「だけど、それじゃぁ…。」

「あ、間違わないでください。大佐が買ってくれたのは奴隷になる前ですから、買って下さったと言うより助けて頂いたと言う方が適切ですね。でも、当時の私にはそう言ったことが理解できていなくて、必死に抱いて下さいってお願いしていました。」

「え、其れで大佐は ?」

 僕は少し驚いた表情で言った。

「その度に怒られました。俺はそんなつもりで助けたわけじゃないって。其れに子供には興味が無いらしいです。」

「そっかーー。」

「はい。だから兵士になると言った時も士官学校の入学を勧められました。でも、余り自分の為にお金を使って頂くのも申し訳なくて。」

 冴木伍長はズズズズズズっと底に残ったリンゴジュースを必要以上に吸い上げる。

「そっか。」

「物凄く怒られましたけど、半ば無理矢理。で、結局大佐付きの部隊に入隊することで落ち着いたんです。」

 と、今度はグラスに残った氷をストローでグルグルと回す。

「そっか。」

 カラカラ

 カラカラと氷がなる。

「はい。」

 カラカラ

 カラカラ

「でも、大佐付きの部隊って事は帝の直轄部隊ってことでしょ。」

 カラカラ、カラカラ

「はい。」

 カラカラ、カラカラ

「凄いなぁ。」

 カラカラーー。

「何も凄く無いですよ。もぅ、毎日が死にそうでした。」

 ストローでグルグルと回す氷の音がカラカラと耳障りな気がした。僕はグラスをチラリと見やり冴木伍長を見やる。

「でも、いいじゃん。そのかいあって伍長にまで昇進したんだから。」

 だけど氷の音がうるさいとは言えなかった。

「そうですけど…。」

「給料も全然違うしさ。」

「あ、それよく言われるんですけど、実は下がったんですよね。」

 そう答えると氷を回すスピードが少し速くなった。そして程よく氷が溶けて行き耳障りな音が止んだ。

「え ? 下がったの ? どうして ?」

「実は私、アメイジングなんです。」

「あ、アメイジングって、あのアメイジング。まじで。」

 彼女の言った言葉に僕は正直驚いた。

 アメイジング。文字通り物凄い事である。兵士の中には3つの戦闘隊形がある。戦艦や船を扱う兵士、人形兵器を扱う兵士、そしてファイターを扱う兵士だ。戦艦や船にはアメイジングは用意されていないが、人形兵器とファイターには通常の兵器とは別にアメイジング機が用意されている。 

 此のアメイジングは一般配布されている兵器をより高性能に改良し、破壊力のある武装を搭載した言わばエースパイロットに配布されている憧れの兵器だ。だから、普通では中々其の兵器を見やる事が出来ない。

 勿論待遇も格別で給料は普通の兵士の2倍が支給され、単独戦闘行為が許されている。

「はい。ファイターのアメイジング機に乗っていました。pm9X-jiシーアネモニーです。」

「うそ、マジで。」

 そう言った僕の鼓動はドクンと高鳴った。アメイジングと言われただけでも驚いたが、pm9X-jiシーアネモニーに搭乗していたと聞いて僕は更に運命を感じた。

 其れもそのはずで、pm9X-jiシーアネモニーは僕がワールドオブウェポンズドールで世界ランキング4位のマスカットキングを倒した時に受領したファイターだからだ。

 でも、其の後、其のファイターをゲームで使用したのは1回きりで、其の後は自分の愛機であるギャラク3式を使用している。

 確かに運動制も攻撃力も装備から武装まで全てが特別誂えのアメイジングを使用すれば戦闘は自分有利に進む…。と、思いがちだがその分アメイジング機は、一般の人形兵器やファイターと違い操作がとても扱いづらくなっている。だから例高性能な兵器であっても扱う者が高性能でなければ、逆に一般機よりも性能が落ちてしまうと言う落とし穴がある。

 勿論此れは実在の兵器にも当てはまる事でもある。何故ならワールドオブウェポンズドールに出てくる兵器は実在の兵器の性能は勿論、挙動から何から何までもが其れ等兵器を扱っているのと同じ様に動くよう設定されているからだ。

 だから、高性能ではない僕は其のファイターを思う様に操る事が出来なかったので使用するのを止めた。

 だけど其の兵器を駆り、本物の戦場を駆け抜けて来た兵士が僕の目の前にいる。此れを運命と言わずして何と言うのかーー。

「凄いなぁ。あのシーアネモニーを操縦していたんだ。」

 だからこそ僕は素直な気持ちで言えた。

「え、シーアネモニーを知っているんですか。」

「え、あ、うん。ゲームで1回だけ乗った事があるんだ。」

「ゲームってワールドオブウェポンズドールですか ?」

「え、うん。そうだけど。」

「え、えぇぇぇぇ。あれってアメイジング機もあるんですか ?」

「う、うん。そうみたいだよ。」

 どうやら、冴木伍長もやっているみたいだ。

「え、うそぉ。ほんとですか。どうやったら手に入るんですか ?」

 中々興味津々である。冴木伍長はテーブルから身を乗り出し聞いて来た。

「どうやったらって…。僕はマスカットキングを倒した時にプレゼントされた。」

「え、マスカットキングって世界ランキング4位だったあのマスカットキングですか ? え、って言う事はひょっとして如月少尉はヘッポコ軍曹 ?」

「え、う、うん。そう、だけど。」

「え、うそぉ。凄い。私なんか99984437589位なのにぃ。」

「え、っていうかそれ最下位なんじゃ…。」

「そうなんです。ノーマルファイターじゃ全く勝てなくて。」

「あ、あぁぁぁ、確かにファイターじゃ勝てないよね。あ、じゃぁ、今度僕のシーアネモニーを上げるよ。」

「え、本当ですか ?」

「う、うん。プレゼントするよ。名前は何かな ?」

「え…。名前ですか。」

「う、うん。名前。」

「あぁぁぁ、やっぱりプレゼントはいいです。」

 そう言うとストンと腰を下ろす。

「え、どうしたの ?」

「え、いや…。」

「あ、教えたくないんだ。ごめん。」

 そう言うと僕は俯いた。

「え、いや、そんなんじゃないんです。」

「え、でもーー。」

「あ、いや…。あぁぁぁ、もう。」

 と冴木伍長は困った表情を浮かべ俯いた。

「ち、痴女で淫な沙也は虐められるのが大好きです沙也のウフフにソーセージを入れてください。」

「え… ?」

 突然の淫な告白に僕の顔は真っ赤に染め上がる。

「だから、痴女で淫な沙也は虐められるのが大好きです沙也のウフフにソーセージを入れてください。が名前です。」

「うそぉ。」

「本当です。負ける度に変な言葉を追加され続けてこんな名前になりました。」

 うん。確かにワールドオブウェポンずドールは勝負に負けると、相手の名前に文字を追加したり、その名前を奪ったりできる。

 かくいう僕もヘッポコ軍曹のヘッポコは相手に付けられた名前だ。が、これは淫ら過ぎる。

「やり過ぎだよね。」

「そうですよ。初めはピンクドルフィンだったのに。」

「え、ピンクドルフィン ?」

「そうです。」

「じゃ、じゃぁ、沙也って付けたのは誰 ?」

「え、あぁぁぁぁ ! ! 。ほんとだ。何で私の名前を知ってるんだろう。」

「だよね。」

「はい。でも大体私の名前に変な言葉を追加したのは、ゴールデンボンバーさんです。」

「ゴールデンボンバーって。世界ランキング2位のゴールデンボンバー ?」

「多分。」

 はぁ、と僕は首を傾げる。そりゃそうだ何でわざわざ世界ランキング2位のゴールデンボンバーがランキング入りもしていない。

 いや、そもそも最下位の選手をいたぶっているのか ?

 あ、そうか。きっとゴールデンボンバーは冴木伍長の知り合いなのだ。と、僕はその事には触れず。取り敢えず後で送っておくよ。と答えた。

「あ、有難うございます。」

 そう言うと冴木伍長はガックリと頭を垂れた。

 少し気まずい空気が流れる。僕はしまったと思いながら違う話題を模索した。

「あ、あ、大丈夫だよ。シーアネモニーはもともと冴木伍長のファイターだからきっとやりかえせるよ。」

 何の事はない気の利いた話が思い浮かばなかった。

「そうですよね。は、はははは。はぁ。」

「でも、ちょっと嫌だね。」

「ちょっとどころじゃ…。」

 そう言って冴木伍長はギュッと拳を握りしめ、絶対やりかえしてやる。と、ボソリと言った。僕は冴木伍長の気性の強さをその時初めて知った。と、言ってもアメイジングを与えられるだけの兵士だおっとりしているわけなどないし、普通の女性のようにかよわくもないだろう。

「だ、大丈夫だよ。シーアネモニーで戦えば勝てるよ。」

「そ、そうですよね。」

 そう言うと冴木伍長はニコリと笑みを浮かべグラスに溜まった水をストローでズズズズと吸い上げた。僕はその姿を見やり自分のグラスを見やる。コーラーの上に溶けた氷が水となって浮いている。

 これでは一気に飲み干しても突き抜ける刺激は味わえないなと、思いながら一気に飲み干した。

 そしてチラリと視線を外に向ける。話続けた所為か少し一息入れたいと思ったからだ。

 ガラス張りの店内から外を見やると忙しなさを改めて感じ取ることができる。緊迫しているようで、何処と無く戦争とは無縁のような雰囲気も漂っている。

 楽しく子供と笑い合うお母さんが通り過ぎて行く。私服だが兵士とわかる男女。買い物の途中の老人。

 そう、僕の目前にはごく普通の風景が映っていた。

 だけど、目に映る風景だけが全てじゃない。恐怖に震えている人がいる。今生の別れを済ませている人もいる。

 そして世界は李筝雲の声明発表に耳を傾け固唾を飲んで聞きやっている。

 だけど、その張り避けんばかりの緊張は僕と冴木伍長には届いてはいない。だから此れから起こりうる惨劇に僕の心は付いて行けなかった。


"さて、長々と話をさせていただいたが、結局私は何が言いたいのかと言う事になる。"

 そう言うと皇帝李筝雲は両手を大きく広げた。

“残り6カ国が我々連合帝国に宣戦布告を申しつけ愚かなる戦争を始めたいというのなら別に構わない。過去の過ちを繰り返したいというのであれば、我々は幾らでも受けて立つ準備ができている。

 だから、我々の戦闘準備を待って態々1週間もの長き時間を待つ必要はない。"

 そ言うと右手を高く、天に届かんばかりに高らかに上げた。

"だったらいつ始めるのか?"


 皇帝李筝雲がそう言った瞬間ーー。

 世界が凍りついたーー。


「やられたなー。」

 ボソリと日比野が言う。

「うん。来るわよ。」

 那奈が答える。


「ちょっと待ってよ。嘘でしょ。」

 伊藤中尉が言う。

「来るぞーー。衝撃に備えろ。」

 向井が隊員に告げる。


 各々の思惑をよそに天高くあげた手を今度はユックリと清流が流れる小川の如く滑らかに。そして優しく垂直に降ろすと皇帝李筝雲は言った。


「今すぐに始めよう。」


 皇帝李筝雲がそう言った瞬間、軍事基地ニューセイルの空に幾つもの閃光が輝いた。

 それは、紛れもなく悪夢の扉を開く始まりの閃光だった。


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