Episode 1 Tragedy again.Impact penetrate 始まりの閃光1
僕は皆んなに聞いてみたい…。
君達は祖国の為に死ねますか ?
愛する国の為に自分の命を捧げられますか ?
愛する人の為に死ねますか ?
僕は、
僕は嫌です。
愛する人の為なら…。愛する人の為なら考えるかもしれないけど、祖国の為に死ぬのは断じて嫌だ。だって、だってそうだろ。国が僕達に何をしてくれた ?
だろ、国は何もしてくれないんだ。それなのに国の為に死んでこいって、そりゃないよ…。
全く政府は何を考えているのか ? 人の人生を何だと思っているのか一度聞いてみたいと思っている。否、一度最上官に当たる日比野大尉に言った事がある。
返答は”政府を責める前に兵士になった自分を責めろ”だった。
確かにそうだ…。
そして、何を言えどメルシェーダ議長はCUEに宣戦布告を申しつけた。
其れが事実だ…。
僕は緊張のあまりその日は一睡もできなかった。
そして、メルシェーダ議長の宣戦布告から一夜が明けた。世界は活気に溢れているのかと言うと些かそうでもない。不安に打ち拉がれているのかと言うと此れも当てはまる様にも思えない。其れは開戦までまだ6日も有ると言う余裕なのだろうか?其れとも多くの人は自分には関係がないと考えているのだろうか?
確かに戦うのは兵士や奴隷であって民間人ではない。
あ…、奴隷と言う表現は違うかー。
元奴隷と言うべきだ。と、炭酸飲料をグイグイと飲み干し空き缶をゴミ箱に捨てる。
びりびりとした衝撃が喉を通り体中を炭酸が駆け巡る。如月悠那3等級少尉はこの何とも言えない感覚が好きだった。
民間人は呑気で良い。成功者はのんびりビジネスをしていれば良いのだから羨ましい限りだ。悠那はブツブツと地球軌道ステーションニューセイルの港に停泊している戦艦鬼神丸を見やり乍らこの先の事をあれこれと考えていた。
士官学校を卒業してからまだ2ヶ月ー。普通なら士官候補生として階級は准尉である。しかしメルシェーダ議長の宣戦布告により階級が少尉になった。先輩連中は人事の様に、良かったじゃないか、少尉としての給料を貰えるんだから。と言うが、実戦での経験が殆どない自分に取っては、只死にに行けと言われているようで辛い。
皆は不安ではないのだろうか?戦艦鬼神丸の周りで蠢く人を見やり乍らそんな事を考えてみる。否、皆がどうであれ自分の気持ちが変わるわけではないし、少尉に昇格した理由も知っているつもりだ。
其れは決して自分が有能だからではない。戦死した時に准尉であるか少尉であるかで家族に支払われる金額が違うからだ。
此れは軍からのせめてもの手向けと言うやつなのだろう。
ふぅ、と軽く息を吐き港に設置されているキャットウォークの柵に前のめりに凭れ、悠那はどうする事も出来ない不安を押さえつけた。
ブルッと体が震える。
内心は恐怖で気が狂いそうだ。
自分の中で自分が叫んでいる。
死にたくないー。
死にたくない、と。
僕は死ぬ為に兵士になったんじゃないと。
真逆戦争になる何て考えてもいなかった。毎日娼兵と楽しい日々を送れると考えていた。適当に毎日の訓練をこなし夜は娼兵を抱いてー。
そして給料を貰える。そんな都合のいい事ばかりを考えていた。
だから僕が兵士になったのは他の先輩連中と同じ。企業の適性検査にヒットしなかっただけの事。戦争がしたいわけでも、溢れんばかりの愛国心からでもない。
其れが真逆の戦争。
冗談じゃないー。タイミングが悪かったのか?其れとも運が悪いのか?逃げ出したい。本気でそんな事を考えている自分がいる。
だけどー。逃げれば銃殺だ。
逃げても逃げなくても死ぬ事に変わりない。だったら逃げれる所まで逃げてみるか?ー。何て言ってみるが、逃げる度胸などあるはずも無く。
勿論戦う度胸等は欠片程も有りはしなかった。
「具合でも悪いのですか?」
不意に後ろから声が聞こえた。突然言葉をかけられた所為か、悠那はビクッと体を震わし乍ら振り向いた。
「え、あ…。いや、別に。」
モドモドとした聞こえの悪い声で答える。
「そうですか。少尉もあの戦艦に?」
そう言った女性は僕よりも遥かに兵士然とした姿で立っていた。其のとたん自分の情けない心情に恥ずかしさを覚えた。
「あ、否、僕はー。否、其れより君は?」
「申し遅れました。冴木沙也、階級は伍長。本日付けで戦艦鬼神丸に配属になりました。」
そう言うと冴木沙也は一礼した。
其の姿も又嫌みな程板についている。
スラット伸びた指にキラキラと輝くアート。プルんと震えそうな唇に引いたピンクの口紅。髪は染めているのだろうかキラキラと金色に輝いている。見た目は細すぎず太すぎずー。男が好む体つきをしている。
否、其れよりも伍長と言う階級が引っかかった。
「え、伍長?」
そう言い乍ら襟元の階級章を見やる。
「はい。本日付けで。」
そう言った彼女は矢張り凛としている。しかし平均年齢が32才の伍長クラスに彼女の様に若い子もいるのだと驚いた。襟元の階級章もまぎれも無く伍長のそれであるから間違いはないだろう。只残念な事は僕の配属艦が其の3つ向こうの巡洋戦艦金剛だと言う事。
「凄いな。」
そう答え乍らチラリと金剛を見やる。見た所で巨大な戦艦の2つ向こうにある巡洋戦艦等水平線の線程も見えやしない。
「凄い…。ですか。」
「だって其の若さで伍長になったんだろ。しかも配属が大型戦艦の鬼神丸だ。」
「いえ、これも戦争のお陰です。」
「そっか。だったら僕と同じだな。僕も戦争のお陰で少尉に昇格したんだ。」
こんな会話を交わし乍らも彼女の言葉が謙遜だと言う事位は僕にでも分かる。大型戦艦の鬼神丸は旗艦大和の弐番艦にあたる戦艦だ。何の戦歴も無いヒヨッコは門前払い。中に入る事すら許されない。もといどの船も意味なく乗船は出来ないがーー。それでも旗艦クラスの大型戦艦に乗船出来るのは1つのステータスの様な物だ。其れが例え伍長であってもそこそこの戦績程度では乗船の許可が出ない。
言うなれば皆が皆エースだと言う事。
だから彼女も又エースだと言う事だ。
凛とした其の姿がやけに嫌みに見える。士官学校出の名ばかりの少尉と実績を積み上げて来た伍長との差は歴然としていし。指令を出すにせよ、命令するにせよ。彼女の方が経験も実績も格段に上と言う事か…。
「それは、おめでとう御座います。」
「別にーー。めでたくなんか無いよ。実戦経験も戦歴も何も無いんだから。」
「戦歴は此れから幾らでも作れます。」
そう言って、ニコリと笑みを浮かべる冴木伍長からは幾分の余裕が感じ取れる。此れから自分の命をかけて戦わなければいけないと言うのにだ。当然僕にはそんな余裕は無かった。
僕の中に有るのは怖いと言う恐怖だけ。
「冴木伍長はー。」
そう言いかけて僕は言葉を飲み込んだ。
「はい。」
「否、別に。何でも無い。」
ポケットから無造作に煙草を取り出し一服点ける。情けない。僕はそう感じた。パッと見た感じ、年は同い年か向こうが少し上ぐらいだろう。そんな彼女が堂々としているのに、僕は彼女に怖くないの?と聞きかけたのだ。
少尉が3階級も下の伍長に聞く事じゃない。
寧ろ逆だよ。
そんな小心者の僕は知らない間に俯いていた。煙草の紫煙がユラユラと揺れているのが目に映る。紫煙は地球と同じ様にユラユラと揺れて高く上空に昇り消えて行く。
地球軌道ステーションニューセイルの中で紫煙は歪な分散はしない。其れは地球軌道ステーションニューセイルも又パイプや分岐点と違い、ライフカプセル同様地球の1.1倍の重力が掛かっているからだ。
煙を肺に送り込み吐き捨てる。恐怖と情けなさと遣り切れない気持ちが入り交じった感情を押さえ込む様に僕は煙草を噴かした。
「少尉殿は街に行かれないのですか?」
そう言って冴木伍長がヒョイット顔を覗かせた。僕は其れをチラリと見やり、鬼神丸を見に来たんだー。と答える。
「鬼神丸ですか。一人で?」
「そう。皆興味ないみたいでさ、でも大型戦艦なんて中々見れないから。」
「そうですよね。私も初めて見ました。でも、間近で見ると大きすぎて何を見ているか分からないですね。」
そう言うと冴木伍長は柵越しに鬼神丸を見下ろした。僕もチラリと鬼神丸を見やるが冴木伍長の言う通り、何を見ているのかサッパリと分からないのは確かだ。
其れは鬼神丸から5m上のキャットウォークにいても全てが見渡せず、戦艦の全容が把握出来ないからだ。だからこの大型戦艦鬼神丸は上から見れば只の屋根。横から見れば鉄の壁にしか見えない。
それも最高収容人数3600人、人形兵器の最高搭載数は100機、ファイターの最高搭載数250機と他の戦艦に比べても桁違いなのだから仕様が無いのかもしれない。
「だから誰も見に来なかったんだ。失敗したよ。」
「ほんとに。これは10mは離れないと駄目ですね。」
そう言い乍ら冴木伍長は2、3歩後ろに下がる。
「10m程度じゃ駄目だよ。」
「ではもう少しー。」
冴木伍長はちょちょいっとステップを踏む様に後ろに下がり、そのままスッコロンだ。先程まで凛としていた彼女の行動に僕は思わず笑ってしまった。
ケラケラと僕は笑った…。
そう、
僕は多分、昨日から笑っていない。否、正確に言うと昨日のブリーフィングルームで聞かされた艦長からの開戦と言う言葉からだ。其の言葉の衝撃は凄まじく、激しく僕の心を打ち砕いた。だから其の後の話の内容は何も覚えていない。准尉から少尉に昇格したのも其の後、日比野大尉に言われて初めて知ったのだ。
だから僕の心は昨日から不安と恐怖に侵略されたままだった。そんな僕が今は笑っている。彼女のお陰で不安と恐怖に支配されていた気持ちが少し和らいだのかもしれない。
僕は彼女に手を差し出した。
「艦には?」
だからなのだろうか、其の後の会話は弾む様に進んだ。
「乗艦は明日です。」
僕の手を取り彼女が答える。
「そうなんだ。じゃぁ、宿舎に行くんだ。」
彼女の柔らかい手の感触が伝わってくる。フワリと僕の脳みそが揺れる。ユラユラとユラユラと夢の中に僕を誘い込んで行く。
「はい。」
彼女の笑顔がー。
「僕もそろそろ帰ろうかなー。」
悲惨な現実を忘れさせてくれる。
「あ、じゃぁ、一緒に行きませんか?」
「え、本当に?」
「はい。」
最早僕の頭の中には開戦と言う言葉は消えていた。不安も恐怖も何も無い。有るのはドキドキとしたトキメキだけ。
此の時ー。
僕は只、
只、彼女に見とれていた。
このままずっと此の時間だけが続けば良い。僕はそう思っていた。
それは目の前にある現実を払拭する様に僕は早足でその場を後にした。