2.青年と過去
鬱陶しげにカーテンを開きながら、今日の服のコーディネートを考える。
季節は冬、底冷えする寒さが部屋を満たすが結局のところ気になるのはコーディネートでも底冷えでもなく装備である。銃は勿論だが所詮銃であり、致命傷には至らない。実証されているように首より上を切り落とす事でしか殺すことはできないのである。
ここで一つ疑惑が出るだろう。頭を吹き飛ばせばいいのではないかと。だが残念ながら人外の皮膚は多少の爆発では破壊することは叶わない。それこそ大型の爆弾が必要になる。だがそれにはコストが高すぎる為常備はできず、周囲への被害が甚大なため許可されないのである。
また、バリスタや大砲などの兵器による殲滅も不可である。大砲は発射から着弾のラグで回避され命中率は0%限りなく近い。
バリスタの場合は威力的には十分だが装填速度が遅く、頭部を的確に狙える人材が必要なため両国の城壁にしか配備できない。
また、ショットガンや投擲物による殲滅も人間を超越した身体能力を持つ人外にとっては全くもって驚異ではない。
そのため銃は撤退時の時間稼ぎに使用するのだ。
眠い意識を引きずるように持たせながら乱れた服をやや整え、ベッドの向かいに置いてあるデスクへとフラフラしつつ足を運ぶ。
冬の寒さが肌を刺すため鳥肌がたってしまう。
椅子にかけてあったコートを荒っぽく剥ぎ取りシャツの上から羽織る。血の匂いが微かに漂うそれは相変わらず風を通さないため、防寒にはもってこいである。
そのコートに身を包みながら、机の上にあったハンドガンを手に取りコッキングする。
カチリという音がして弾が一発装填されたそれは引き金を引けば荒々しく鉛を吐き出す。
まだこの地がアメリカと呼ばれていた頃に作られたというM9ベレッタというのが私の愛銃である。というよりこれしか扱ったことがない為であるが。現在、残っている銃は大変貴重なものであり国に渡せば一生半分は遊んで暮らせる程の金額が手に入る。私がこの銃を手放さないのは自己防衛のためではない。この銃だけは手放すわけにはいかなかった。
刹那、時が止まったかのような感覚に囚われ過去に浸っていた私を、ノックの音が引き戻した。
「ちょっと待って」
手早くコートを絞めて取り敢えず寒くないようにしたあと、急ぎ足で客を迎える。冬の寒風の中防寒着姿で立つ青年の姿があった。
「おじさんから連絡だよ。太刀ができたから今から取りに来いってさ。まだおじさんも切れ味試してないから早くしたいんだってさ」
「ありがとマルク、ちょっと待ってくれる?」
「まぁその格好で行こうものなら凍え死んじゃうしね」
「え?」
「あのねぇ、姉ちゃんのことだからどうせ起きてコート羽織っただけなんでしょ?髪がとんでるし。」
「悪かったわね髪がとんでて……」
マルクは私を姉と呼ぶが私と血が繋がっている訳ではない。私の両親は誰か分からないし自我がはっきりしだした頃には一人だった。簡単には言ってしまえば捨て子である。だが私はその時代をなんとか生き抜き、今に至る。
マルクが私を姉と呼ぶのは、私が以前彼を救ったからである。人外、奴に襲われていた旅団の中にマルクはいた。積み荷は食料であり、それを売ることでマルクたちは生活をたてていた。
その帰りだ。奴らは突然マルクたちを襲った。不意を突かれた彼の仲間は抵抗する術なく惨殺され、マルクが最後の一人になった。数匹の人外に囲まれていたところに私が運良く通りかかり、九死に一生を得たのである。
はっきり言うと人外が食料を貪った後で油断していたからこそ勝てたと言っても過言ではない。人外は三匹いた。初撃で一体の首をはね、二撃目で二体目の首をはねたところで持っていた刀が堅牢な皮膚によって折れたのである。だが三体目はその快挙に恐れおののいたのか襲おうとはせず食料の入った袋を下げて逃げ帰っていった。
だが仲間を惨殺されたマルクは精神的に衰弱していたためやむなく引き取ったのである。
それ以来マルクは私を姉と呼ぶのだ。
ともかく、刀ができたということは取りに行く他ない。軽く羽織ったコートを脱ぎ捨て、シャツを脱ぐ。凹凸のあまりない華奢な体が露になる。他人からは胸の話題で何か言われたりするが、大きいと何が良いのか。邪魔なだけである。
女性の本能なのかなんなのか良く分からないが私にとっては大きい胸は邪魔以外のなんでもない。ロッカーを開け、手前にあったグレーのシャツと迷彩柄のジーンズを取りだし、下着の上から一気に着る。そもそも寒いためじっとしておきたくないというのも本心であるが、意味もなくうろうろしながら袖の長めの黒いカーディガンを着て、また茶色のコートを羽織る。
ベレッタを下げたホルスターを腰に巻き、バックパックを装備して、部屋の電気を消す。
ドアノブを一気に引き抜くと、雪の混じった風が顔を叩く。外は吹雪である。息を吐く度に空気が白くなり、いつもの風景そのものである。
「……よく寒くないよね」
「私は寒冷地には慣れちゃったからね」
「よく言うよ……家では『さーむーいー』とかブツブツいってるくせに」
「ぐぬぬ……」
痛いところをマルクに突かれたが結局のところ実話なのだからしょうがない。黙ってマルクの後をついていく。ブーツが雪にが沈む度にサクサクという心地のよい音がして、なにやら楽しげな気分にしてくれる。それ以前に刀ができたということ自体が楽しみなのだが。