プーちゃんとモンちゃん
プーちゃんとモンちゃんは仲良しでした。
モンちゃんはプーちゃんが公園で拾ってきた四本足の犬のような生き物です。
でも本当はなんという生き物なのか、誰にもわかりません。
なんとモンちゃんは人の言葉が話せるのです。
「プーちゃんプーちゃん!」
モンちゃんはいつもプーちゃんにべったりです。
「モンちゃん。しゃべったらだめだよ」
モンちゃんが人の言葉を話せると他の人が知ったら大変です。
幼いプーちゃんでもそれくらいのことは分かります。
「外ではワンワン、って言うんだよ」
「分かった!ワン!ワンワン!」
モンちゃんはプーちゃんの言うことを素直に聞きます。
モンちゃんとプーちゃんはいつも一緒です。
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「プーちゃん!パン!パン!……ワン!ワン!」
モンちゃんはパンが大好きです。
毎朝ベットで寝ているプーちゃんに飛びつき、パンを要求します。
「モンちゃん、おはよう。僕と一緒に居る時は普通にしゃべってもいいんだよ?」
「パン!パン!……ワン!ワン!」
モンちゃんはパンが本当に好きなのです。
プーちゃんは、夜の間に台所から持ってきていたパンをモンちゃんにあげます。
お母さんがモンちゃんにあげるパンだけでは、モンちゃんは満足してくれないからです。
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プーちゃんとモンちゃんはいつも一緒でした。
プーちゃんが小学生になって、ランドセルを一番に見せたのもモンちゃんです。
「モンちゃん!ランドセルだよ!」
「ランドセルかっこいいね!……ワン!ワン!」
プーちゃんが中学生になって、喧嘩で負けて泣いていたのを慰めてくれたのもモンちゃんです。
「うっ……うぅ……」
「プーちゃん、泣かないで……ワン!」
プーちゃんが高校生になって、初めての恋をした時もモンちゃんが一番の相談相手でした。
「モンちゃん!今日はね……」
「うん!うん!……ワン!ワン!」
プーちゃんは大学生になりました。
大学でいろんなヒト、モノ、楽しいコトと出会いました。
「ワン!」
「モンちゃん……これから出掛けるから……」
大学生活に夢中なプーちゃんは、モンちゃんに構っている余裕はありません。
「ワンワン!」
それでもモンちゃんはプーちゃんと一緒でした。
プーちゃんが就職活動に明け暮れている時もモンちゃんはプーちゃんと一緒でした。
「ワン!ワンワン!」
モンちゃんはプーちゃんに一生懸命呼びかけました。
ですが就職活動で余裕の無くなったプーちゃんには、その声がとてもうるさく聞こえました。
「プーちゃん、いい加減にしてよ!忙しいんだ、疲れてるし、もうモンちゃんと遊んでられる年じゃないんだよ!」
「……ワン……」
モンちゃんは静かになりました。
その日からプーちゃんの隣に居る時は、モンちゃんは話さなくなりました。
それでもずっと、モンちゃんはプーちゃんの隣に居ました。
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しばらくして、プーちゃんは希望していた会社への就職が決まりました。
「モンちゃん!内定を貰ったよ!」
プーちゃんは大喜びで、モンちゃんに伝えました。
「ワンワンワンワン!」
「モンちゃん?」
「ワンワン!」
プーちゃんがいくら話しかけてもモンちゃんは「ワン」としか言いません。
「モンちゃん、一緒のときは、話してもいいんだよ?」
「ワン!ワンワン!」
「モンちゃん……?」
ワンとしか言わなくなったモンちゃん。
それでもモンちゃんは笑顔でプーちゃんに擦り寄ってきます。
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プーちゃんは社会人として、遠くの都会へやってきました。
毎日毎日、怒られてばかり。家に帰っても一人ぼっち。
気付けばいつも、モンちゃんのことを考えていました。
「モンちゃん……元気にしてるかな……」
暗い部屋の中でプーちゃんは呟きます。
いつも一緒に居てくれたモンちゃん。
モンちゃんはいつでも笑っていました。
『プーちゃん!大好きだよ!』
モンちゃんはプーちゃんのどんな悩みでも聞いてくれました。
『プーちゃん!大丈夫!プーちゃんなら大丈夫だよ!』
モンちゃんはプーちゃんの大切な友達でした。
しかし大学生になってから、プーちゃんはモンちゃんに冷たく当たってばっかりでした。
『ワン!』
『モンちゃん、今忙しいんだよ』
擦り寄ってくるモンちゃんに、プーちゃんは冷たい言葉を投げかけました。
たくさん、たくさん冷たい言葉を投げかけてしまいました。
そういえば就職活動が終わった頃から、モンちゃんは「ワン」としか言わなくなってしまいました。
忙しさにかまけてモンちゃんの相手をしなくなったプーちゃん。モンちゃんは、それでもいつも、プーちゃんに寄りそってくれていました。
変わったのは話せなくなったモンちゃんではなく、モンちゃんの声が聞こえなくなったプーちゃんだったのです。
「ごめんねモンちゃん……」
プーちゃんは暗い部屋の中で涙を流しました。
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次の日のことです。
その日はとても暑く、プーちゃんは汗を流しながら町を歩いていました。
今日の訪問先の所へ行くためには坂を登らなくてはなりません。
プーちゃんはゆっくりと坂を登ります。
アスファルトの地面から上がる熱気。プーちゃんは段々朦朧としてきました。
「モンちゃん……?」
ふと坂の頂上をプーちゃんが仰ぎ見ると、そこにモンちゃんに良く似た影が見えました。
四本足の影。
その影は、ひょいっと二本の後ろ足で立ち上がりました。
「え……」
そして浮かせた前足を、ひらひらと左右に振りました。
「モンちゃん!モンちゃんなの!?」
プーちゃんは影に向かって大きな声を上げます。
しかしプーちゃんの声に応えることなく、影は坂の向こう側へと二足歩行のまま消えていきました。
その時です。
プルルルルルル
まるでプーちゃんを現実に引き戻すかのように、ポケットの中の携帯電話が鳴り出しました。
『着信:母』
我に返ったプーちゃんは、慌てて電話に出ます。
「もしもし?お母さんどうしたの?」
プーちゃんが聞きます。
『プーちゃん!モンちゃんが居ないの!昨日の夜から家に居ないみたいなの』
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この日を境に、モンちゃんは姿を消しました。
人の言葉を話す、変わった生き物のモンちゃん。
パンが大好きな、食いしん坊なモンちゃん。
いつもいつも、プーちゃんの隣に居てくれたモンちゃん。
そんなモンちゃんは、もう居ないのです。
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それから、プーちゃんは恋をし、結婚をし、お父さんになりました。
プーちゃんはずっと、心のなかでモンちゃんに全てを報告していました。
プーちゃんの子どもが5歳になったある日、何かを抱えて帰ってきました。
「おとうさーん、このこ、飼ってもいい?」
その子が抱いていたのは、プーちゃんが幼い頃に出会った、モンちゃんそのままでした。
「モンちゃん……」
「君の名前はモンちゃんだってさ!」
子どもが言うと、モンちゃんにそっくりなその生き物は「ワン!」と元気良く鳴きました。
子どもは慌てて、
「しぃー!外ではしゃべっちゃ駄目なんだよ!」
と言いました。
「お父さん。モンちゃんに何かあげてもいい?」
「そうだね、じゃあパンをあげるといいよ」
「分かった!モンちゃん、行こう!」
そう言うと、子どもはモンちゃんを連れて家の中へと入っていきました。
パンなら、喜ぶに決まってる。
プーちゃんはそう思いました。
そして一人で、わんわん泣きました。