「また、ダメだったのね」──アプリで出会ったあの子。しかも
【現在、近くに幽霊はいません】
スマホの画面には、そう表示されていた。
「『いません』……って。こういうアプリって、それっぽいものを見せるんじゃないのか?」
ジュンは笑った。ノリでダウンロードした、『幽霊が見える話せるアプリ』だ。
「そりゃ僕も、ホントに幽霊が見えるとは思ってないけどさ。ま、いいや」
────
冬の日が落ちるのは早い。もう夜といえる暗さだ。ジュンはコンビニで夕食を買った帰り道だった。
「この道、暗いんだよな。でも通らないと遠回りだし」
スマホのライトで道路を照らしていると、バイブの振動が手に伝わった。
「なんだろ?」
例のアプリのショートカットに、通知が入っている。立ち上げてみた。
【現在、近くに幽霊がいます】
液晶には、そう表示されていた。
「え、いるの? びっくりした。でも、そのためのアプリだもんな。どれどれ」
【現在、幽霊は南南東微南の方角にいます】
「何それ? どっちだよ。ああ、こっちか。これも演出? で、距離は……」
スマホの画面を見ながら、後ろを振り向いた。
「なになに……距離は、……50㎝?」
スマホごと顔を上げると、画面に人の顔が映り込んだ。
「うわあ! びっくりした! 映ってるよ、幽霊?」
思わず声が出た。
顔を動かしてフレーム外を見ると、何も映っていない。
「ああ、マジでびっくりした。このアプリ、心臓に悪いよ。でも、よく見ると……」
映し出された幽霊? の姿は、若い女の子だった。ジュンはスマホの画面越しにまじまじとその子を見た。
『あの……』
スマホから声が出た。女の子がしゃべったのだ。
「わ、しゃべった! ……って、そういやそういうアプリだったよな」
『私が、見えるんですか?』
「おお、定番のセリフを言ったよ。よくできてるなあ、これ」
『テンプレって、何ですか……?』
「ああ、いや。うん、見えるよ見えるよ」
落ち着いてみると、けっこう可愛い子だ。ショートカットで小顔、目はぱっちりしている。冬にTシャツ、ショートパンツと、季節外れではあったが。
AIで作った画像だろうか。
『ここ、よく通りますよね?』
「え? あ、うん。そうだよ。寮まで一番近いからね」
『ですよね。よく見かけるから』
「すごいな。これも、AIと連携してるのかな? 会話が成立してるよ」
『あの、……何のことです?』
「いやいや、何でもないよ。君、幽霊なの?」
『そうなの。あたしは美咲。「サキ」って呼んで』
「サキちゃんか。僕は純次ってんだ。『ジュン』でいいよ」
『ジュンくん。それにしても驚いた。あたしが見えるなんて』
「アプリだよ、アプリ。それにしても、こんな可愛い幽霊なら、いくらでも会いたいよ」
『可愛いなんて……ありがと。ジュンくん』
「おっと、行かなきゃ。メシが冷めちゃうよ」
『行っちゃうの?』
「コンビニにメシ買いに行ってたんだ。帰って食べるよ。じゃ、また」
ジュンは振り向くと、足早に立ち去った。寮に着くと、門の前でスマホが一瞬バイブした。
【現在、近くに幽霊がいます】
「あれ? まただ……って、わっ」
スマホをかざすと、さっきの幽霊が映った。
「サキちゃんか。ついてきたの?」
『うん……ごめん』
「いいよいいよ。でも、寮の中に入っちゃダメだよ?」
そう言うと、ジュンは寮の門を通り、自分の部屋に入ってから、もういちどスマホを見た。
【現在、近くに幽霊はいません】
「だよな……」
────
次の日の夜。ジュンが寮に帰ると、門の前でまたスマホがバイブした。
【現在、近くに幽霊がいます】
「お、まただ。今度はなんだろ?」
スマホの画面の向こうに、『彼女』がいた。ジュンの顔を見て、ほほ笑んだ。
「あ、サキちゃん。そこにいたの?」
『うん……ジュンくん、帰ってくるかなーって』
「フレンドリーな幽霊だね。よかったら、部屋、来る?」
『え、いいの?』
「いいよ。普通なら、『女の子を部屋に誘うなんて』って言うとこだけど、幽霊だしね」
──
ジュンは自分の部屋に入ると、ドアをバタンと閉めた。
「あ、閉めちゃった。サキちゃんは……」
スマホをかざすと、サキがドアをスーッと通り抜けるのが見えた。
「通り抜けられるんだ」
『幽霊だからね』
「だったら、忍び込み放題じゃん」
『ううん。その部屋のひとの許可がないと入れないの』
「へ~、凝った設定だね」
たしかに、聞いたことがある。人の住んでいる建物は、住人の精神が結界を作っていると。
『ここが、ジュンくんの部屋か~』
サキが部屋を歩きまわると、わずかに床がきしむ音がした。
「すごいリアルなアプリだなあ。ホントにサキちゃんがそこにいるみたいだ」
『え、あたし、ここにいるよ? もしかして、ホントは居ないと思ってたの?』
「え……ていうか、アプリだし」
『手を出してみて?』
言われた通りに手を差し出した。
『ジュンくんの手に、触ってもいい?』
「……いいよ」
一瞬ためらってから、言った。
スマホの画面越しに、サキが手を伸ばすのが見えた。
ジュンの手に何かが触れた。奇妙な感触だ。人間の手のように柔らかくもあり、人形のような無機質な硬さでもあった。体温があるようでもあり、無いようでもある。
「わっ!」
思わず手を引っこめた。
「ほ、ホントにそこにいるの? サキちゃん」
『えー、いないと思ってたの? ひどくない?』
「だって、まさか、ホントに幽霊がいるなんて……」
『でも、それって幽霊が見れるアプリじゃないの?』
「そ、そうだけどさ……」
『それより、もしかして、ジュンくんって、「澤口 純次」くんじゃない?』
「そうだよ……」
『やっぱりー! ほら、中学の時、3組だったでしょ?』
「え、サキちゃんも、『岡道』中学だったの?』
『そう。あたし、1組の「山田 美咲」よ』
ジュンは棚に飛びついた。たしか、卒業アルバムがあるはず。
開いたところは、ちょうど彼の3組だった。クラスメイトの顔写真と名前が並んでいるページだ。震える手で、1組のページをめくった。
名前の欄に、『山田 美咲』とある。視線を動かし、顔写真を確認する。
……いた。
そこにいたのはまさに『彼女』だ。写真のサキが、こちらを見てほほ笑んでいる。
「ほ、ホントに君が、『山田 美咲』ちゃんなの?」
『ホントだって。高校の時に死んじゃったけどね』
「どうして?」
そう言いかけて、ジュンは口をつぐんだ。聞いてはいけないような気がしたからだ。
『でも、ジュンくんと会えてよかった。そのアプリのおかげね』
「うん……」
『ね、数学の先生、覚えてる?』
「……あ、うん。たしか、『七面鳥』ってあだ名だったね?」
『そう、そう! 懐かしいよね』
「思いだした。僕のいた3組で、めっちゃ面白いやつ、いたよね?」
『知ってる! 1年の時いっしょだった。いっつも先生の真似して、みんな笑って。で、先生に怒られるのよね』
「うわー、なついな。で、そいつがさ……」
──その夜、ジュンとサキは、スマホ越しに話し続けた。思い出話が尽きることがなかった。
ジュンは、いつの間にか眠っていた。
──朝。サキはいなくなっていた。ジュンは部屋を見まわしてから、スマホを見た。
【現在、近くに幽霊はいません】
────
次の日の夜、ジュンはバイト先から寮に小走りで帰った。日中、一度もスマホに反応はなかった。
門の所まで来て、スマホを見た。
【現在、近くに幽霊がいます】
「サキちゃん……」
スマホの画面の向こうに、彼女はいた。
「僕を待ってたの?」
『うん……。入っても、いい?』
────
「今日の昼間、スマホ見てたけど、一度もアプリは反応しなかったよ」
『うん。昼間はね、出ないの』
「え、やっぱり、幽霊って、夜に出るもんなんだ?」
『わかんないけど、昼に活動するのって、すごくエネルギーが要るのよ』
「明るいからな?」
『いいえ。きっと、地球の磁場が関係してるらしいの』
「どうしてわかるの?」
『すっと前に幽霊になった人が言ってたわ』
「他にも、幽霊がいるの?」
『いいえ、もういないわ。幽霊はめったにいないの。そのアプリも、あたしだけに反応するんでしょ?』
「言われてみれば……。死んだ人が全員幽霊になってたら、そこらじゅう幽霊だらけだ」
『そんなことより、何か楽しいこと、話しましょ』
「……そうだね」
その夜も、ふたりは時間を忘れて話した。そして、朝日が射すころには、彼女は消えていた。
そういうやりとりが幾晩も続くうちに、ジュンは彼女に惹かれていくのを感じた。
夜、彼女と会えるのが待ちどおしい。昼間は、そのことばかり考える。
しかし、しょせんは生者と死者。こんな充実した時が、いつまでも続くとは思えない。
だが、ジュンはそのことを口にしなかった。いや、出来なかった。言えば、つかのまの幸せが壊れて消えてしまうような気がしたからだ。
ジュンは自問自答を繰り返し、ある日、決心した。
「サキちゃん」
『うん?』
「ぼ……僕、サキちゃんが好きだ」
『うん……あたしもジュンくんが好き』
「ず……ずっと一緒に居たいんだ」
──サキは沈黙した。
ジュンも黙って返事を待っていた。
『……ダメよ』
長い沈黙の後、遂にサキが言った。
「どうして?」
そう言いながら、ジュンには理由がわかっていた。
『わかってるでしょ。あたし、幽霊だもん……』
そうだ。彼女は留まる存在で、彼は進まねばならない存在だ。しょせん相容れない2人なのだ。
『でも……』
「え?」
『ひとつだけ、方法があるわ』
「そ、それって……?」
そう言いながら、ジュンには答えが予想できていた。だが、彼女は言うのをためらっている。
「それで……」
ジュンは彼女をうながした。サキは、ためらいがちに、言った。
────
次の日、ジュンは何も手につかなかった。彼女の言葉が頭から離れない。
どこをどう歩いて帰ったのか、全く覚えていなかったが、気づけば寮の近くだった。
──日が暮れてきた。『彼女の時間』がやってきてしまう。
ジュンはスマホを見た。幽霊アプリを立ち上げる。画面に、家族や友人からの通話やメール通知の来ているのが、意識のすみで見えた。
【現在、幽霊は近くにいます】
あの子はどこだ? ……いた。道路の向こうにいる。彼女もジュンを見ているのがスマホ越しに見える。
ジュンは、サキに引き寄せられるように、ふらりと歩き出した。
──どこか遠くで、誰かの叫び声が聞こえた。
何だろうと思って、ジュンがふり向こうとすると、目の前にトラックがいた。
急ブレーキでタイヤを鳴かせながら、スローモーションで迫って来る。
身体が思うように動かない。次の瞬間、彼はものすごい衝撃を感じた。
一瞬、目の前が暗くなり、気づいたときには、ジュンはアスファルトの上に倒れていた。手には、スマホを握りしめたままだ。
【現在、近くに幽霊がいます】
ジュンは倒れたまま、スマホに表示されるその文字を見ていた。
体を起こして立ち上がると、倒れた自分を見下ろしている。
直感的に理解した。僕は、僕の魂だけになったんだ、と。
【現在、近くに幽霊が2体います】
スマホの画面には、そう表示されていた。ジュンがサキを探すと、さっきと同じ場所に、彼女は立っている。
「ジュンくん!」
初めて、スマホ越しでない、サキの生の声が聞こえた。ジュンは、彼女に歩み寄った。
「サキちゃん!」
ふたりは、手を握り合った。今度ははっきりと感じる、彼女の手の感触を。
「僕……死んじゃったのかな?」
「そうよ。……残念だけど」
「でも、これでサキちゃんと一緒にいられるよね」
「そうね……」
「サキちゃん……な、なんだ?」
抗いがたい力を感じた。ゆっくりと、ジュンの『魂』がどこかに引っ張られる。
サキは、とっさにジュンの手をつかんだが、その力に逆らえない。
「ジュンくん……!」
「サキちゃん!」
ジュンの魂が、天に昇っていく。ゆっくりと、彼女から遠ざかっていく。
「……やっぱり」
遠ざかるジュンをみながら、サキがつぶやいた。
「また、ダメだったのね。幽霊には、めったになれないもんね」
ちょっと悲しそうな表情をして、サキはジュンから目をそらした。
「でも、ジュンくんなら、きっと天国に行けるわ。……あるのかどうか、知らないけど」
……ジュンの魂が消えていく。彼が最後に見たものは、背中を向けて歩き出す彼女の姿だった。
──道路に倒れたジュンの身体の周りに、人だかりができていた。その手は、まだスマホを握りしめている。
【現在、近くに幽霊はいません】
そう表示されていた。




