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「また、ダメだったのね」──アプリで出会ったあの子。しかも

掲載日:2026/01/20


【現在、近くに幽霊はいません】


 スマホの画面には、そう表示されていた。


「『いません』……って。こういうアプリって、それっぽいものを見せるんじゃないのか?」


 ジュンは笑った。ノリでダウンロードした、『幽霊が見える話せるアプリ』だ。


「そりゃ僕も、ホントに幽霊が見えるとは思ってないけどさ。ま、いいや」


 ────


 冬の日が落ちるのは早い。もう夜といえる暗さだ。ジュンはコンビニで夕食を買った帰り道だった。


「この道、暗いんだよな。でも通らないと遠回りだし」


 スマホのライトで道路を照らしていると、バイブの振動が手に伝わった。


「なんだろ?」


 例のアプリのショートカットに、通知が入っている。立ち上げてみた。


【現在、近くに幽霊がいます】


 液晶には、そう表示されていた。


「え、いるの? びっくりした。でも、そのためのアプリだもんな。どれどれ」


【現在、幽霊は南南東微南の方角にいます】


「何それ? どっちだよ。ああ、こっちか。これも演出? で、距離は……」


 スマホの画面を見ながら、後ろを振り向いた。


「なになに……距離は、……50㎝?」


 スマホごと顔を上げると、画面に人の顔が映り込んだ。


「うわあ! びっくりした! 映ってるよ、幽霊?」


 思わず声が出た。

 顔を動かしてフレーム外を見ると、何も映っていない。


「ああ、マジでびっくりした。このアプリ、心臓に悪いよ。でも、よく見ると……」


 映し出された幽霊? の姿は、若い女の子だった。ジュンはスマホの画面越しにまじまじとその子を見た。


『あの……』


 スマホから声が出た。女の子がしゃべったのだ。


「わ、しゃべった! ……って、そういやそういうアプリだったよな」


『私が、見えるんですか?』


「おお、定番テンプレのセリフを言ったよ。よくできてるなあ、これ」


『テンプレって、何ですか……?』


「ああ、いや。うん、見えるよ見えるよ」


 落ち着いてみると、けっこう可愛い子だ。ショートカットで小顔、目はぱっちりしている。冬にTシャツ、ショートパンツと、季節外れではあったが。

 AIで作った画像だろうか。


『ここ、よく通りますよね?』


「え? あ、うん。そうだよ。寮まで一番近いからね」


『ですよね。よく見かけるから』


「すごいな。これも、AIと連携してるのかな? 会話が成立してるよ」


『あの、……何のことです?』


「いやいや、何でもないよ。君、幽霊なの?」


『そうなの。あたしは美咲みさき。「サキ」って呼んで』


「サキちゃんか。僕は純次じゅんじってんだ。『ジュン』でいいよ」


『ジュンくん。それにしても驚いた。あたしが見えるなんて』


「アプリだよ、アプリ。それにしても、こんな可愛い幽霊なら、いくらでも会いたいよ」


『可愛いなんて……ありがと。ジュンくん』


「おっと、行かなきゃ。メシが冷めちゃうよ」


『行っちゃうの?』


「コンビニにメシ買いに行ってたんだ。帰って食べるよ。じゃ、また」


 ジュンは振り向くと、足早に立ち去った。寮に着くと、門の前でスマホが一瞬バイブした。


【現在、近くに幽霊がいます】 


「あれ? まただ……って、わっ」


 スマホをかざすと、さっきの幽霊が映った。


「サキちゃんか。ついてきたの?」


『うん……ごめん』


「いいよいいよ。でも、寮の中に入っちゃダメだよ?」


 そう言うと、ジュンは寮の門を通り、自分の部屋に入ってから、もういちどスマホを見た。


【現在、近くに幽霊はいません】


「だよな……」


 ────


 次の日の夜。ジュンが寮に帰ると、門の前でまたスマホがバイブした。


【現在、近くに幽霊がいます】


「お、まただ。今度はなんだろ?」


 スマホの画面の向こうに、『彼女サキ』がいた。ジュンの顔を見て、ほほ笑んだ。


「あ、サキちゃん。そこにいたの?」


『うん……ジュンくん、帰ってくるかなーって』


「フレンドリーな幽霊だね。よかったら、部屋、来る?」


『え、いいの?』


「いいよ。普通なら、『女の子を部屋に誘うなんて』って言うとこだけど、幽霊だしね」


 ──


 ジュンは自分の部屋に入ると、ドアをバタンと閉めた。


「あ、閉めちゃった。サキちゃんは……」


 スマホをかざすと、サキがドアをスーッと通り抜けるのが見えた。


「通り抜けられるんだ」


『幽霊だからね』


「だったら、忍び込み放題じゃん」


『ううん。その部屋のひとの許可がないと入れないの』


「へ~、凝った設定だね」


 たしかに、聞いたことがある。人の住んでいる建物は、住人の精神が結界を作っていると。


『ここが、ジュンくんの部屋か~』


 サキが部屋を歩きまわると、わずかに床がきしむ音がした。


「すごいリアルなアプリだなあ。ホントにサキちゃんがそこにいるみたいだ」


『え、あたし、ここにいるよ? もしかして、ホントは居ないと思ってたの?』


「え……ていうか、アプリだし」


『手を出してみて?』


 言われた通りに手を差し出した。


『ジュンくんの手に、触ってもいい?』


「……いいよ」

 

 一瞬ためらってから、言った。

 スマホの画面越しに、サキが手を伸ばすのが見えた。


 ジュンの手に何かが触れた。奇妙な感触だ。人間の手のように柔らかくもあり、人形のような無機質な硬さでもあった。体温があるようでもあり、無いようでもある。


「わっ!」


 思わず手を引っこめた。


「ほ、ホントにそこにいるの? サキちゃん」


『えー、いないと思ってたの? ひどくない?』


「だって、まさか、ホントに幽霊がいるなんて……」


『でも、それって幽霊が見れるアプリじゃないの?』


「そ、そうだけどさ……」


『それより、もしかして、ジュンくんって、「澤口さわぐち 純次」くんじゃない?』


「そうだよ……」


『やっぱりー! ほら、中学の時、3組だったでしょ?』


「え、サキちゃんも、『岡道おかみち』中学だったの?』


『そう。あたし、1組の「山田やまだ 美咲」よ』


 ジュンは棚に飛びついた。たしか、卒業アルバムがあるはず。


 開いたところは、ちょうど彼の3組だった。クラスメイトの顔写真と名前が並んでいるページだ。震える手で、1組のページをめくった。


 名前の欄に、『山田 美咲』とある。視線を動かし、顔写真を確認する。


 ……いた。

 そこにいたのはまさに『彼女』だ。写真のサキが、こちらを見てほほ笑んでいる。

 

「ほ、ホントに君が、『山田 美咲』ちゃんなの?」


『ホントだって。高校の時に死んじゃったけどね』


「どうして?」


 そう言いかけて、ジュンは口をつぐんだ。聞いてはいけないような気がしたからだ。


『でも、ジュンくんと会えてよかった。そのアプリのおかげね』


「うん……」


『ね、数学の先生、覚えてる?』


「……あ、うん。たしか、『七面鳥』ってあだ名だったね?」


『そう、そう! 懐かしいよね』


「思いだした。僕のいた3組で、めっちゃ面白いやつ、いたよね?」


『知ってる! 1年の時いっしょだった。いっつも先生の真似して、みんな笑って。で、先生に怒られるのよね』


「うわー、なついな。で、そいつがさ……」


 ──その夜、ジュンとサキは、スマホ越しに話し続けた。思い出話が尽きることがなかった。

 

 ジュンは、いつの間にか眠っていた。


 ──朝。サキはいなくなっていた。ジュンは部屋を見まわしてから、スマホを見た。


【現在、近くに幽霊はいません】


 ────


 次の日の夜、ジュンはバイト先から寮に小走りで帰った。日中、一度もスマホに反応はなかった。

 門の所まで来て、スマホを見た。


【現在、近くに幽霊がいます】


「サキちゃん……」


 スマホの画面の向こうに、彼女はいた。


「僕を待ってたの?」


『うん……。入っても、いい?』


 ────


「今日の昼間、スマホ見てたけど、一度もアプリは反応しなかったよ」


『うん。昼間はね、出ないの』


「え、やっぱり、幽霊って、夜に出るもんなんだ?」


『わかんないけど、昼に活動するのって、すごくエネルギーが要るのよ』


「明るいからな?」


『いいえ。きっと、地球の磁場が関係してるらしいの』


「どうしてわかるの?」


『すっと前に幽霊になった人が言ってたわ』


「他にも、幽霊がいるの?」


『いいえ、もういないわ。幽霊はめったにいないの。そのアプリも、あたしだけに反応するんでしょ?』


「言われてみれば……。死んだ人が全員幽霊になってたら、そこらじゅう幽霊だらけだ」


『そんなことより、何か楽しいこと、話しましょ』


「……そうだね」


 その夜も、ふたりは時間を忘れて話した。そして、朝日が射すころには、彼女は消えていた。



 そういうやりとりが幾晩も続くうちに、ジュンは彼女に惹かれていくのを感じた。

 夜、彼女と会えるのが待ちどおしい。昼間は、そのことばかり考える。


 しかし、しょせんは生者と死者。こんな充実した時が、いつまでも続くとは思えない。


 だが、ジュンはそのことを口にしなかった。いや、出来なかった。言えば、つかのまの幸せが壊れて消えてしまうような気がしたからだ。


 ジュンは自問自答を繰り返し、ある日、決心した。


「サキちゃん」


『うん?』


「ぼ……僕、サキちゃんが好きだ」


『うん……あたしもジュンくんが好き』


「ず……ずっと一緒に居たいんだ」


 ──サキは沈黙した。


 ジュンも黙って返事を待っていた。


『……ダメよ』


 長い沈黙の後、遂にサキが言った。


「どうして?」


 そう言いながら、ジュンには理由がわかっていた。


『わかってるでしょ。あたし、幽霊だもん……』


 そうだ。彼女は留まる存在で、彼は進まねばならない存在だ。しょせん相容れない2人なのだ。


『でも……』


「え?」


『ひとつだけ、方法があるわ』


「そ、それって……?」


 そう言いながら、ジュンには答えが予想できていた。だが、彼女は言うのをためらっている。


「それで……」


 ジュンは彼女をうながした。サキは、ためらいがちに、言った。


 ────


 次の日、ジュンは何も手につかなかった。彼女の言葉が頭から離れない。


 どこをどう歩いて帰ったのか、全く覚えていなかったが、気づけば寮の近くだった。


 ──日が暮れてきた。『彼女の時間』がやってきてしまう。


 ジュンはスマホを見た。幽霊アプリを立ち上げる。画面に、家族や友人からの通話やメール通知の来ているのが、意識のすみで見えた。


【現在、幽霊は近くにいます】


 あの子はどこだ? ……いた。道路の向こうにいる。彼女もジュンを見ているのがスマホ越しに見える。

 ジュンは、サキに引き寄せられるように、ふらりと歩き出した。


 ──どこか遠くで、誰かの叫び声が聞こえた。


 何だろうと思って、ジュンがふり向こうとすると、目の前にトラックがいた。

 急ブレーキでタイヤを鳴かせながら、スローモーションで迫って来る。


 身体が思うように動かない。次の瞬間、彼はものすごい衝撃を感じた。


 一瞬、目の前が暗くなり、気づいたときには、ジュンはアスファルトの上に倒れていた。手には、スマホを握りしめたままだ。


【現在、近くに幽霊がいます】


 ジュンは倒れたまま、スマホに表示されるその文字を見ていた。

 体を起こして立ち上がると、倒れた自分を見下ろしている。


 直感的に理解した。僕は、僕の魂だけになったんだ、と。


【現在、近くに幽霊が2体います】


 スマホの画面には、そう表示されていた。ジュンがサキを探すと、さっきと同じ場所に、彼女は立っている。


「ジュンくん!」


 初めて、スマホ越しでない、サキの生の声が聞こえた。ジュンは、彼女に歩み寄った。


「サキちゃん!」


 ふたりは、手を握り合った。今度ははっきりと感じる、彼女の手の感触を。


「僕……死んじゃったのかな?」


「そうよ。……残念だけど」


「でも、これでサキちゃんと一緒にいられるよね」


「そうね……」


「サキちゃん……な、なんだ?」


 あらがいがたい力を感じた。ゆっくりと、ジュンの『からだ』がどこかに引っ張られる。 

 サキは、とっさにジュンの手をつかんだが、その力に逆らえない。


「ジュンくん……!」


「サキちゃん!」


 ジュンの魂が、天に昇っていく。ゆっくりと、彼女から遠ざかっていく。




「……やっぱり」


 遠ざかるジュンをみながら、サキがつぶやいた。


()()、ダメだったのね。幽霊には、めったになれないもんね」


 ちょっと悲しそうな表情をして、サキはジュンから目をそらした。


「でも、ジュンくんなら、きっと天国に行けるわ。……あるのかどうか、知らないけど」



 ……ジュンの魂が消えていく。彼が最後に見たものは、背中を向けて歩き出す彼女の姿だった。



 ──道路に倒れたジュンの身体の周りに、人だかりができていた。その手は、まだスマホを握りしめている。



【現在、近くに幽霊はいません】



 そう表示されていた。



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― 新着の感想 ―
サキは悪霊だったんですね。 最初は健気な幽霊少女だなと微笑ましく読んでいましたが、落ちを知ると常に夜になると寮の前で待機する姿に鳥肌が立ちました。 孤独を埋めるために、日々幽霊作りにいそしんでいると思…
 酷い……。  いったい何人彼女の被害に遭っているのやら。  純朴な青年を誑かす幽霊。  悪意がないだけに質が悪い……。
綺麗にまとまりましたね(•ᵕᴗᵕ•)⁾⁾ 『取り憑かれるかなー?』と思ってたら、結構それに近いラスト。『どうすれば』の答えはわかってたけど、一緒になれなかったのは悲しいですね……。 そのアプリ、欲…
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