魔王城到着までの日々
クリスと気持ちを通わせたその夜から、旅路の空気はまるで別世界のように変わっていた。
焚き火の明かりが揺れるたび、クリスの横顔はいつも以上に近く感じられるようでもあった。
そしてその距離を、ライは拒むどころかわずかに求めてしまうようにもなる。
翌朝。
眠気の残るライは、ぼんやりと温かい気配に包まれていた。
「……うん?」
目を開けると、すぐそこにはクリスの顔があったのだ。
思わず驚き、その身をよじるもののクリスの腕はその身を放そうとはしなかった。
「おはよう、ライ」
「クリス、近いよ!」
「朝の挨拶は?」
「お、おはよう……。もう、離れてよ」
そう小声で伝えるライに対して、クリスは爽やかに微笑むだけであった。
「昨夜は寒かったからな。ライの方から、寄ってきたんだぞ?」
「う、嘘だ……」
「本当だ、俺の腕をがっしり掴んでたんだからな?」
そのような言葉に、ライの耳は熱くなる。
しかしふと、我に返る。
その場にいるのは、ライとクリスだけではないはずであるのだと。
勇者と剣士、そして魔術師は、なぜか目をそらして朝餉の準備に没頭していた。
「もしかして、見られてた?」
その言葉に、マクシムはわざとらしく咳払いをし、ルナは晴れやかな空を見上げ、ダンは背を向けたままスープを煮込んでいた。
慌てて起き上がるライに対して、クリスはというと。
「気にするな」
の、一点張りであった。
***
森を抜け、険しい山道にさしかかった頃。
クリスは隣を歩くライに向けて、自然とその手を伸ばしていた。
「そこ、気をつけろ」
「ありがとう」
軽くその身を引き上げて、クリスはライに向けて微笑んだ。
「疲れてないか?」
「ううん、平気だよ」
そうライは、無意識のうちにクリスの手を握り返す。
クリスは驚いたように一瞬まばたきをしたものの、それから仲間の目がこちらに向いていないことを確認し、静かにその指を絡めてみることにした。
するとライもまたまばたきをして、しかし振りほどくことなく目を細めていた。
道の前後を歩く仲間たちは、その様子を見て見ぬふりをすることに決めていた。
目にしてしまえば、戦闘の時以上にダメージを受けてしまうのではないかと思ったからだ。
***
本来、夜の見張りは交代制であった。
しかし気づけば、ライとクリスは毎晩同じ時間を担当するようになっていたのであった。
今宵も焚き火の少し離れたところに座り、ふたりは星を眺めていた。
「クリス」
「どうした?」
「俺たちって……。その、付き合ってるってことで……いいのかな」
そのようなライの言葉に、思わずクリスの指は止まってしまう。
しかし次の瞬間、ライの身を後ろから強く抱きしめていた。
「もちろんだ。ライは、俺のことは嫌いか?」
「ううん。好きだよ、大好き」
クリスは言葉なく、ライの肩に静かに額を寄せる。
「……幸せすぎて、怖いくらいだ」
「俺もだよ」
ライは静かにクリスの髪を撫でていた。
「……クリス。ずっと、そばにいるから」
それは小さな響きではあったが、クリスの耳にはしっかりと届いていた。
「ライ、……愛している」
その言葉も、ライの心の奥に響いていた。
「俺も、愛してるよ」
ふたりはそっと、触れるだけの口づけを交わした。
焚き火が、ぱちぱちと微笑むかのようにその火の粉を散らしていた。
***
ある昼時、マクシムはぼそりと呟く。
「……あの二人、もう完全に二人だけの世界にいるな」
その言葉に、ダンは強く頷いた。
「何をするにも、今まで以上にずっと一緒なんだぜ?まったく、告白して振られた俺たちはなんだったのか……」
ルナもまた、遠くを見つめていた。
「……恋とは、儚いものなのですね」
三人がため息をつく中、クリスはライに水を手渡し、ライは嬉しそうに笑っていた。
そのあまりにも近い距離に、三人は直視をすることができないでいた。
***
ある日、勇者一行は風の強い丘で休息をとっていた。
その風にライの髪が煽られ、目元にかかる。
クリスは指でそっとそれを払い、わずかな隙をついて額に唇を寄せていた。
あっという間の出来事に、思わずライは目を疑う。
「……クリス?」
「風が、強かったからな」
しかしクリスの頬は、わずかに赤く染まっていた。
そのことに、唇の感触は幻ではなかったことを知る。
「……ありがとう」
ライは静かに額に手をあてながら、はにかんでみせた。
「可愛いな、お前は」
「ちょっと、クリス……!」
さらに近づくその顔に、ライは思わず待ったの手を出していた。
「皆が、見てるから!」
その声に、クリスは眉を寄せて身を引いた。
「仕方ないか……」
ライはほっと息をつくものの、顔に集まった熱はしばらく引くことはなかった。
クリスを想うその気持ちは、日ごと膨らんでいたのであった。
そしてまたクリスも、ライに対して今まで以上に熱い視線を向けるようになっていた。
夜になり、ライはそっとクリスの胸に額を押しあてていた。
「魔王城に着いたら、俺たちはどうなるのかな」
「わからない。でも……何があっても、俺たちはずっと一緒にいよう」
「うん。どんな時でも、俺はクリスのそばに……」
クリスの腕は、静かにライの背を包み込む。
柔らかに吹くその風の音すら、今はただふたりを包むためだけの世界の息遣いであるかのように感じられていた。
***
そしてついに、勇者一行はその場へと辿りつく。
黒く巨大なその城壁を目の当たりにしたそのとき、クリスとライは互いに手を取り合っていた。
「やっと、ここまできたんだ」
「これからもずっと、一緒だよ」
ふたりの手の温もりは、互いの恐れも迷いも、不安をも消し去るようであった。




