幼馴染のクリス
ライにとって、勇者、剣士、魔術師からの告白は気まずい出来事の連続でしかなかった。
いずれも丁寧に断ったが、疲れた心が静かに沈む時間は、夜の焚き火の揺れる音の中にしか訪れなかったのである。
その晩、ライはいつものようにクリスと並んで焚き火の前に座っていた。
クリスは普段と変わらぬ表情で、薪を一本手に取りくべた。
しかしふたりを取り巻くその沈黙は、日頃のそれよりずっと重いものであるかのようにライには感じられた。
***
しばらくして、クリスはライを見ないまま低い声で切り出していた。
「勇者と剣士と、それに魔術師に告白されたんだって?」
「……えっと、その……。ごめん、今まで黙ってて……」
その瞬間、クリスは手にした小枝をばちりと折ってみせた。
その顔は怒りとも、悲しみともつかない色に染まっていた。
「どうして、俺に言わなかった」
「言おうと思ってたよ?でも、タイミングが」
「タイミング?……へえ、他の男に代わる代わる口説かれてた時、俺がどんな気持ちでお前のことを見てたかわかるか?」
その言葉に、ライは思わず息を呑む。
「……見てた、って?」
「全部、見てた」
その瞬間、焚き火がぱちりと大きくはぜた。
「俺は、ずっとライのことだけを見てきたんだ。昔からずっと。この旅だって……、誰かに手を引かれたらすぐに気づくし、お前が誰を目で追ってるか視線でわかる。……なのに、お前は全然俺の方を見てくれなかった」
「クリス……」
「好きなんだ、ライ。……ずっと、お前のことが好きなんだ」
その言葉は怒鳴り声などではなく、どこか苦しげに搾り出されたものであった。
目を見開くライに対し、なおもクリスはその想いを打ち明ける。
「お前だけを、見てきたんだ。勇者に褒められて赤くなるお前も、剣士に何か言って嬉しそうに笑っているお前も、魔術師に守られて照れてるお前も……その全部が、嫌だった」
「嫌……?」
「嫉妬してたんだよ、俺は」
クリスの声は、震えていた。
「いつかお前を取られるんじゃないのかって、毎日が怖かった」
ライは言葉を失ったまま、クリスの目を見つめていた。
そこには怒りと苦しみ、そして今にも泣き出しそうな幼い頃の面影があったのだ。
その影を目にした見た途端、ライの胸はひどく締め付けられていた。
そしてライは、自らの想いを振り返る。
幼い頃から、大切に育ててきたその想い。
肩に触れられただけで、妙に心臓が跳ねた夜。
寒い時、静かに上着を掛けてくれた温もりを、しばらく返せなかったこと。休息の間、無意識にクリスのことばかりを目で追っていたこと。仲間に褒められても、クリスに褒められた時だけ特別に嬉しく感じられたこと。
その全てを振り返り、やっと気づく。
クリスの存在が、いつの間にか当たり前のように自らの身を支えていたということを。
クリスが怒っているだけだというのに、なぜだか胸が痛む。
クリスの嫉妬を知り、嬉しいと感じてしまうその心。
「俺は……」
ライの頬が、じわりと熱をもつ。
しかしクリスは、静かに息をついてこう告げた。
「……ライ。嫌うなら、嫌えばいい。このまま見てるだけなんて、俺にはもう無理なんだ」
クリスは、ついに顔を伏せてしまう。
拳は強く握られ、その肩は小さく震えていた。
ライはゆっくりと手を伸ばし、その手に触れた。
「……嫌いになんて、なるわけないよ。クリス」
「ライ……?」
「今まで、気づかなかったんだ。クリスの気持ちにも、俺の気持ちにも」
クリスが、驚いたように顔をあげた。
目の前に広がるのは、ライの照れたような微笑みだけであった。
「今、やっとわかったんだ。俺も、クリスのことが好きなんだって」
クリスの瞳は大きく開かれ、そしてゆっくりと熱が宿る。
「……本当か?」
「うん。気づかせてくれて、ありがとう。ずっとそばにいてくれて……ありがとう」
ライの言葉は震えていたが、その瞳はクリスの心に真っすぐに向けられていた。
クリスはたまらず、ライのその身を強く抱き寄せていた。
焚き火の熱よりもあたたかい腕の中で、ライは静かに目を閉じた。
「絶対、手放さないからな?」
「うん」
「放せって言っても、もう遅いからな?」
「クリスのほうこそ」
「ライ、大好きだ!」
炎のはぜる音が、ふたりの鼓動と重なって響き渡る。
それはやっと、互いの思いがひとつになった瞬間でもあったのだ。




