剣士のダン
魔王城へと近づくほど、道は荒れ、野営の時間も増えていた。
そのなかで、ライは勇者一行の剣士ダンと、自然と親しくなっていく。
彼は大柄で無骨な見た目に反して、誰よりもお人好しな男でもあったのだ。
幼馴染であるクリスを除いて、マクシムよりもルナよりもライは一番、ダンが一番接しやすいと感じていた。
野営での夕餉をつくるのは、主にダンの役目でもあった。
「マクシムはいいとこの坊ちゃんで、ナイフを持ったこともないんだぜ?それにルナは味音痴だからな。だから俺が作っているうちに、少しはマシになっていったんだ!」
初めてその料理を口にしたとき、ライはあまりの美味しさにダンに向けて礼を言っていた。
ダンは照れたように鼻の下を擦り、ライに向けて笑ってみせた。
ある日、ライはそのスープをひと口飲んで目を見開いていた。
「ダン!今日のスープ、すっごく美味しいんですけど……!」
それは珍しい色をしていたものの、どこか馴染みのある、例えるならば生まれる前から知っていたような味でもあったのだ。
「そうか?味が濃すぎないか、少し心配だったんだが……」
しかしライは、笑みを浮かべてその全てを飲み干した。
「全然、濃くないですよ?むしろあったかくて落ち着く味というか……。なんだか、ダンの性格が出てるみたいで……」
「そ、そうかぁ……?」
大の男が、耳まで赤く染まっていく。
その姿を目にして、ライはくすりと笑っていた。
「いつも美味しい料理を、ありがとうございます」
「いや、ライがそう言うんなら……これからも頑張るぜ」
その日からガルドは、何かとライの好みに合わせようと、密かに努力をするのであった。
***
ある日の戦闘中、ライがつまずき転倒しそうになった瞬間、ガルドは咄嗟にその身を抱き寄せていた。
「危ない、伏せろ!」
その大きな体に覆うように守られたすぐ後に、ライの頬をかすめて一本の矢が飛んでいく。
「……ダン、ありがとう」
抱き寄せられたその身の温もりは、ライの胸に強く残る。
しかしそれ以上に、ガルドはライのその身の軽さに衝撃を受けていたのであった。
「お前、ちゃんと食ってるか?」
「えっ?いつも残さず食べてますけど……」
「それにしても、軽すぎやしないか?」
ダンは無意識のうちにライの肌に触れていた。ダンに比べれば、ライの身はとても薄く、腕なども強く握ればすぐに折れてしまいそうなほどでもあった。
そして、ダンは誓う。
「もっと、お前が大きくなるような飯を作るからな!」
「俺、子供じゃないんですけど……」
しかしそのようなライの呟きは耳には届かず、ダンは料理に燃えるのであった。
夕餉の仕込みをしながら、一人思う。
剣士として仲間を守るのは、当然のことである。
そのはずであるというのに、あのときライを抱き上げた瞬間だけ、胸が妙に熱かったと。
***
ある、夜のことであった。
珍しく、ライが焚き火の前で肩を落としていた。
何事かとダンがその隣に座ると、ライは静かにダンを見上げてこう言った。
「……俺、皆の足を引っ張ってませんか?」
「誰が、そんなことを言ったんだ?」
そう尋ねれば、ライは静かに首を振るだけであった。
「皆さんは、優しいので。……自分で、そう思っただけです。俺がいなかったら、もっと早く進めたのになって思うことが時々あるんです」
そのような弱気な言葉に、思わずガルドは大きく首を振っていた。
「なーに馬鹿なこと言ってんだ?ライ、お前がいるから俺たちは安心して戦えるんだ。クリスもそうだが、回復魔法を受けると……俺は不思議と、もう一度やってやろう!って気になるんだ」
「ダン……」
「だから、そんなこと言うなよ?俺でよけりゃ、いつでも相談に乗るからよ」
ダンのその笑みは、あまりにも優しいものであった。
ライはつられて笑みを浮かべ、ダンに向けて頭を下げていた。
***
またある夜、一行が寝静まる中、見張り役であるガルドはついライの寝顔を見つめていた。
「安心して、こんな顔で寝やがって」
小さな寝息、少し乱れた黒い前髪。
そのすべてが、たまらなく愛おしく思えてしまう。
そう自覚した時には、手遅れであった。何をするにも、ライのことが頭から離れなかった。
今でも、見張りを任せられているというのにその目はライのことだけを見つめていた。
「ああ、駄目だ……」
ガルドは静かに視線をそらし、拳を強く握りしめた。
「もっと早く、お前に会いたかった」
その身のように大きく膨らんだその想いは、もはや胸に押しとどめることができなくなっていたのである。
***
魔王城が山を越えた向こうに見えはじめた、ある日のこと。
荷物の整理をしていたライのもとへ、ダンは歩み寄っていた。
「ライ、ちょっと……いいか?」
「ダン……どうしたんですか?そんなに怖い顔をして」
「……いや、その……」
ダンは顔を赤くして、今にも戦闘に行くのではないかというほどその目を鋭くしていたのであった。
「ダン?」
思わずライが手を止めて、その大きな身を見上げていた。
そしてダンは、意を決して言い放つ。
「俺、お前のことが……好きなんだ!」
その瞬間、ライは驚いて息を呑む。
ダンは、言葉を続けていた。
「飯を褒められるのも、守った時にしがみつかれるのも……。一緒に笑ったり、相談に乗ったりするのも……。全部、俺だけだと思っちまったんだ」
「ダン……」
ライの目には、大きな戸惑いが浮かんでいた。
その目を見つめて、ダンは静かに目を伏せる。
「わかってる。こんなことを言われても、迷惑にしかならないって。でも、言わないと……俺は前に進めないと思ったんだ」
焚き火の音が、静かにふたりの間を満たしていた。
ライはしばらくうつむいたまま、黙っていた。
やがて、ゆっくりと顔を上げた。
「……その、ごめんなさい」
ダンの肩が、わずかに落ちる。
「ダンのこと、大切な仲間として好きなんです。でも……それ以上には、きっとなれない」
「そうか」
「俺はまだ、自分のことで手一杯で……。誰かと恋愛をする余裕もなくて……」
そのような言葉に、ダンは笑ってみせた。
無理に明るく、しかし優しく。
「大丈夫だ!そんな気は、してたんだ。ライは優しいからな……誰か一人を選ぶのが、大変そうだ」
「……ほんとうに、ごめんなさい」
「謝んなって。俺は言えて、スッキリしたぜ?これからも仲間でいてくれれば、それでいい」
そうダンは、ライの頭を軽く叩いた。
「もちろんです」
ライは笑みを浮かべて、ダンの顔を見上げていた。
ふたりは互いに、笑みを交わしていた。
その微笑みの奥に、ダンはほんの少しの痛みを隠していた。




