魔王復活の時
魔王が目を覚ましたその瞬間、城全体は大きく揺れ、暗黒の空気はざわめいた。
結晶の寝台は粉々に砕け散り、黒煙がその身を渦巻いた。
レイはムウにその身を守られながら、その様子を静かに見つめていた。
やがてその全貌が明るみになった頃、折りたたまれた漆黒の翼はゆっくりと広がり、金に輝く瞳は大きく見開かれたのだ。
「我を目覚めさせたのは、貴様か」
低く轟くその声に、レイは思わずその身を震わせた。
悪魔たちが首を垂れるなか、レイ一人だけがその場から動けず立ちすくむ。
そして次の瞬間、魔王はゆっくりとレイに近づき、その唇に口付けを落とした。
レイの身は強い魔力に圧倒され、それを拒むなどできなかった。
魔王のその力の奔流は絶大なものであり、たちまちレイの身体は光を帯び、その悪の力は端々まで行きわたる。
「ううっ」
やがてその背に小さな翼が生え、頭部には短い角が。目つきも鋭くなり、周囲の者たちと同じ悪魔の姿へと変化していくのであった。
魔王の力の保護のもとにそれは行われたために、ムウはただ力なくその姿を見つめることしかできないでいた。
「レイ……!」
しかしたまらず、強く叫んだ。
圧倒的な力の前においても、それに逆らうかのように静かに足を踏みしめていたのだ。
「俺のレイに、何をしたのです!」
そのような叫びに、魔王はわずかな笑みを浮かべた。
「我の封印を解いた褒美だ。人間風情が我の身を救うとは、面白いではないか」
その大きな手は、全身に力が漲るレイの肩に静かに置かれた。
「やめろ、触るな!」
ムウは渾身の一撃を放つものの、魔王の手によって軽くいなされてしまう。
「……インキュバス、か。貴様、心変わりでもしたのか?」
魔王の目が、冷たく光る。
ムウは怒りを込めて、再び攻撃をしかけた。
「ああ!今の俺は、レイ一筋なんだよ!」
その瞳には、確かな独占欲と愛情とが激しく渦を巻いていた。
変化する意識の中で、レイは必死に意志を保とうと抗っていた。
悪の力が、全身を駆け巡る。しかし、レイの心は揺るがなかった。そしてその瞳は、戦うムウの姿を映し出す。
「我は、こやつが気に入った。我の伴侶として迎え入れるのだ」
「いやだ!……俺は……俺は、ムウのものだ!」
強く叫ぶレイの言葉が、魔王とムウの動きを止めた。
その力は、魔王の比ではないほどに強靭かつ洗練された恐怖を身にまとっていたのであった。
レイのその力によって、魔王の身は屈してしまう。
「馬鹿な……」
ムウはその声を胸に受け止め、レイの心を落ち着かせるようにその身を静かに抱きしめた。
「そうだ、レイは……誰にも渡さない」
そのような二人の姿を目にして、魔王は何かを悟ったように目を細めた。
「なるほど……愛か。強大な力も、心を縛るものには及ばぬというのか……」
その言葉と共に、魔王は力を引き、城内は静寂を取り戻した。
レイはムウの胸に抱かれたまま、安心したように静かに目を閉じた。
***
戦いが終わり、城内は魔王復活による宴が執り行われていた。
城内に集う者どもは歓喜の声を上げ、魔王もまたそのような者たちの目を見て微笑んだ。
そして、レイに向けて深く頭を下げていた。
「レイの力のおかげで、やっと復活することができたんですからね?少しは感謝してください!」
そばには、そう小言をこぼすムウの姿があった。
それはかつての腹心の顔をしており、レイはわずかに笑みを浮かべる。
「本当に、すまなかった。しかし、この先をムウと共にするには人間であると何かと不都合が生じるのではなかろうか。我はそのことを考え……」
「はいはい、言い訳はいいですから!さっさと挨拶に行ってください、魔王様。皆、あなたの目覚めを待っていたんですから!」
そのように背を押され、魔王はざわめきの輪の中へと消えていく。
ムウはレイの手を引き、静かにその身を抱きしめた。
「本当に、魔王様が勝手なことをしてごめん。……でも、少し嬉しいんだ。俺」
そのような言葉に、レイもまたムウの背を撫でて微笑んだ。
「俺も……。だって、ムウと同じ悪魔になれたんだから」
ムウはそっと、その唇をレイの額に向けて押しあてた。
「可愛いこと言ってくれるじゃないか。……ずっと、楽しく生きていこうな?」
「うん、もちろんだよ」
魔王城に満ちるその闇も光も、今宵だけは二人の愛を見守るようにあたたかなものであった。
しかしその陰で、勇者一行がついにその場まで近づいていることなど、この時はまだ誰も何も知らなかったのである。




