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異世界転生した双子は今世でも双子で勇者側と悪魔側にわかれました  作者: 陽花紫


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インキュバスのムウ

 魔王城の夜の闇は、いっそう深いものであった。

 静まり返った回廊を、インキュバスであるムウは静かに歩いていた。

 腕に抱えた小さな籠の中で、レイは穏やかな眠りについていた。


 しかしその寝顔を見つめるムウの胸の内は、夜よりもずっと深く、忘れかけていた何かがわずかに蠢くようでもあったのだ。


***


 かつて、レイはすぐに泣きじゃくる小さな赤子でもあったのだ。

 あのころは、泣けばすぐさま悪魔たちが集まり、代わる代わるその身をあやしていた。

 この城に集うすべての者たちの中心に、レイは存在していたのだ。


 しかし今やその背は伸び、幼く丸くあった顔つきも、少年から青年へと成長を遂げていたのである。

「ムウ、今日のおやつは?」

「さあ?なんだろうなー」

「早く時間にならないかなー。……ねえ、時間を早くする魔法ってないの?」

「そのような術があれば、とっくの昔に俺はお前にその呪文を唱えているさ!」

「そっか、そんな魔法が……あればいいのに」

 けれどその中身は、あの時の幼子のまま何ら変わりはなかったのであった。


 次第にレイは城内の手伝いをするようにもなり、魔王城には欠かせない存在ともなっていた。

 ゴブリンやダークエルフの信頼も集め、自ら仲間を気遣うことも覚えていた。

 それはかつての魔王の姿を髣髴とさせることもあり、そのようなレイの姿を目にして、思わずムウは笑みを浮かべていた。


「……ずいぶんと、大きくなったもんだなあ」


 ふと、小さく呟く。

 静かな黒い瞳、その笑顔、落ち着いた佇まい、そしてその言葉。

 あの頃と比べれば、そのすべてが大人びてきていたのであった。少し前まで甘えてばかりいたのに、今や自らの足で立ち、その力で仲間を守ろうともしていたのだ。


 その成長に、なぜだか胸が締め付けられるような気がしていた。

「俺だけの、可愛い子供だったはずなのに……」

 しかしムウは、それは親心のようなものであると決めつけてしまう。


***


 夜の広間で、レイがグウやシェリルと楽しそうに言葉を交わしていた。

 時折、楽しげに笑うその顔は、かつて籠の中で泣いていた赤子の面影を残しつつも、一人の青年としての存在感を放っていた。


「……そうか。俺以外の誰かにも、笑いかけるのか」


 その感情を言葉にした途端、胸の奥で何かが蠢くような気配がした。

 かつてのように、独占したい。しかしそのようなことは、もう許されない。

 甘えられても、時には厳しい言葉を投げつけなくてはならなかった。泣き付かれても、無条件でその身を抱きしめられるわけではなかった。

 その想いはムウの胸を、次第に熱く、そして激しく痛みつけることとなる。



 ムウはある夜、レイが眠る寝台のそばで気配を消し、静かにその姿を見つめていた。

 そしてそっと、黒髪に触れる。


 泣き叫ぶ赤子の声、涙に濡れた頬を拭った夜、何度も抱き上げたその温もり。

 そのすべてが、今の成長したレイの姿と重なってしまいその胸を締めあげる。

「あーんなに小さかった赤ん坊が……。こんなにも、立派になってねえ……」

 胸の奥が、ざわざわと波を打つ。

 わずかな焦燥と切なさ、そして許されざる独占欲が、今宵もその心を揺らしていた。


 それでも、ムウは心に決めていた。

 たとえレイがさらに大きくなっても、自らのこの手を離れたとしても。

「俺は、ずっとお前を守るよ。誰に何を言われようと、誰がそばにいようと、……守るって決めたんだ」

 ムウの瞳に、月の光が映る。

 その胸の奥の感情も、覚悟を決めた瞳に静かにおさまった。


 レイの笑顔を見るためなら、嫉妬も恐れも、その不安をも、耐えることができるのだと。

「ん……、ムウ……?」

 静かに開いた瞼を、ムウはそっと長い指で撫でつけた。

「よい子は眠る時間だよ、ゆっくり……おやすみ」

 その手が離れる頃には、レイは静かな寝息をたてていた。


 夜は静かに、二人の距離を隔てながらも、見守る者すべての熱を優しく包み込むのであった。


***


 ムウはその日、影の魔物からある報告を受けていた。

 それは実態はないものの、常に城内を漂う見張り役のようなものでもあった。

 立て続けに耳にしたその言葉に、ムウは思わず深いため息をついていた。

「報告、ありがとう。もう行ってもいいよ」

 それは、グウとシェリルがレイにその想いを打ち明け、断られたというものであった。


 いつしかレイは、城内の誰しもを惑わす存在となっていたのだ。

 分け隔てなく向けられるその笑みに、あらぬ勘違いを抱いてしまうものも多くはなかった。

 しかしムウはその度に、悪魔たちに向けて釘を刺していたつもりでいた。

「まさか世話役までをも魅了するとはね……。レイ、悪魔の素質があるんじゃないのか?」

 そのように笑いながら、ムウは強く拳を握りしめていた。

 それは怒りか、はたまた嘆きか。ムウは拳を壁に打ち付けた後、長く深い息を吐いていた。

「愛しているんだ、俺は。……お前等なんかとは、違うんだ!」

 初めて心の奥底からその言葉を吐き出したときに、ムウの胸の蠢きは怒涛のように全身を駆け巡った。

「もう、譲ってなんかやるもんか。あれは俺の獲物だ!」


 そう低く呟き、ムウは黒い翼を広げて飛び立った。



 月明かりが静かに差し込む中庭で、レイは静かに魔力を高めていた。

 青白い光を浴びて、目を閉じて深く呼吸を繰り返す。

 それはかつて、ムウから教え込まれた方法でもあったのだ。

 柔らかな風に乗って、花の香りがふわりと漂う。


 何度か息を吐いた後、レイは目を開けて静かに肩を落としていた。

「今日も、大変だったな……」

 復活の日が近いせいか、魔王を封じるその力は最後の足掻きを見せていたのであった。

 それを解くために、レイは今日も長時間あの場所に留まっていたのである。

 魔力は限界を迎え、穏やかな眠りにつくことも難しくあった。

 しかしそのような日々もあと少しで終わるのだと思うと、なんとも言い難い寂しさのようなものもあったのだ。

「その日がきたら、俺はどうなるんだろう」


 ぼんやりと花々を目にしていると、頭上からあたたかな声が降り注ぐ。

「レイ、終わった?」

 ゆるやかに見上げると、そこにはムウがいつもと変わらぬ笑みを浮かべて立っていた。

「ムウ……?うん、終わったよ。魔力も戻ったし」

「そう。それはよかった!少し、話したいことがあってさ」

 ムウはレイの隣へと腰を下ろし、静かにその手を取っていた。

 突然の出来事に、思わずレイは身構えてしまう。

 しかしムウはそのようなことなど気にすることなく、細める目の奥でしっかりとレイの姿を捉えてみせた。

「レイ。俺は、お前のことを愛しているんだ。仲間でも家族でもなく、一人の男として」

 その告白は、誰かの真似でも、いつものような冗談などでもなかった。

 長い年月、ずっと見守り続けたからこそ湧き上がった、真実の想いでもあったのだ。

「……えっ……?」

 しかしレイは、あまりにも現実離れしたその言葉に思わず自らの耳を疑っていた。

 ムウはその顔を見て、安心させるようにその手を撫でた。

「もう一度言うからな?レイのことを、愛しているんだ」

 今度こそ、レイはその言葉の意味を理解していた。

「ずっと、お前のことを守ってきた。でもな、守るだけじゃ足りなかったんだ。お前の笑顔も、泣き顔も、その全てを独占したいと思ったんだ。他の奴等に先を越された時は、どうしようかと思ったよ」

 レイの黒い瞳は、大きく開かれていた。

 胸の鼓動が早まり、その手はわずかに震えていた。

「ムウ……」

 今のムウのその姿は、親代わりでも家族でも仲間でもなく。

 気弱に愛を伝える、一人の青年の姿であるかのようにレイの目には映っていたのだ。

「答えは、すぐに欲しくない。ただ、知ってほしいと思ったんだ。俺の、本当の想いを」

 しかしその真剣さと温かさに、レイはすぐさま心を決めていた。

「……ムウ、俺も……」

「……えっ?」

「俺も、ムウのことが……好きなんだ。家族なんかじゃない、ムウとして……大好きなんだ!」

 その言葉とともに、レイの頬は赤みを増していく。

 ムウの身は驚きと歓喜に包まれ、思わずその頬に向けてゆっくりと手を伸ばしていた。

「触れても、いいか?」

「うん」

 頬に寄せられたその手の上に、レイもまた自らの手を静かに重ねる。

 その温もりは、互いの積年の想いをすべて溶かしていくようでもあったのだ。

「ずっと、俺だけのものにしてやるよ。覚悟するんだな、レイ」

「うん……。俺はずっと、ムウのものだよ」


***


 月明かりに照らされ、ふたりはそっと身を寄せ合う。

「ずっと、この日を待っていたような気がするんだ」

 夜風がふたりの間を優しく吹き抜けるその最中、ムウは静かにレイの唇を奪っていた。

「……ムウ、愛してるよ」

 レイは静かに、ムウにしか聞こえない声色で囁いた。



 それ以来、ふたりの距離は家族以上に近づいていた。

 ムウのその翼は、レイのその身を守るように無意識のうちにわずかに広がる。

「まったく、朝から騒がしいな」

「レイ、ムウ!おめでとう!」

 周囲の悪魔たちはいち早くその気配を察知し、笑みを浮かべてふたりを祝福した。

「少し恥ずかしいけど、でも……。なんだか嬉しいな」

「ははっ、そうだな」


 いつしか手を繋ぎ、肩を寄せ合い、時折穏やかな笑みを交わす。

 魔王城のその闇の中で、それに似つかわぬほどの温かい光をふたりは生み出していくのであった。


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