ダークエルフのシェリル
魔王城の奥深く、青白い光が差す塔の一室で、レイは魔王の封印を解くべくその涙を流していた。
背後には、いつも静かに見守る影があった。
多くを語らぬダークエルフ、その名はシェリルという。
さらりと揺れる長い銀髪、落ち着いた肌の色、透き通る紫の瞳。
冷静で感情を表に出すことは極端に少なくもあった。
しかしレイの存在だけは特別なようで、ついその目で追ってしまうこともしばしば。
シェリルは、レイの笑み、泣き声、無邪気な仕草、そのすべてを胸に刻んでいた。
他の悪魔たちと遊ぶなか、いつも遠くからその姿を見守り、手を貸すタイミングをうかがってもいたのだ。
ある日、魔王城の廊下でレイが小さな石につまずきそうになってしまう。
すかさずその手を差し伸べ、シェリルはその身を軽く抱き止める。
「危ない……。大丈夫か?」
「えっ、……うん、ありがとう。シェリル」
そのさりげない距離、温かさ、城内の誰とも違う柔らかな笑み。
シェリルはその瞬間、胸が締め付けられるような思いを抱えてしまう。
「どうしてこんなにも、胸が痛むというのか……」
しかしそのような小さな呟きは、レイを取り巻くざわめきによってかき消されてしまう。
***
ある日の夜、失敗して落ち込むレイの姿を、シェリルは影ながら静かに励ましていた。
「どうして俺は、うまくできないんだ……」
声をかけるわけでも、手を差し伸べるわけでもなく、ただそばにいるだけ。
それでも、レイはシェリルの目を見て微笑んでみせた。
「だめだよね、こんなふうに落ち込んでても……。よし、もう一度……やってみせる!」
レイは果敢に、魔王の復活のために力を注いでいた。
その身が崩れそうになっても、駆け寄るシェリルの手を制してレイはなおも笑っていた。
「大丈夫、あと一回だけ……あと一回だけだから!」
シェリルはその手を拳に変え、静かに胸元へと引き寄せた。
どうか成功するようにと、強く祈る。そして、黒煙が立ちのぼる。
「やった!できたよ、シェリル!」
勢いよく抱き着くレイの身を受け止めながら、シェリルもまたわずかに口の端を上げていた。
「よく、頑張りました……」
静かにその背を撫で、ふたりは部屋を出た。
「よかったー。あーあ、頑張ったらお腹すいちゃった!」
「……厨房で、何か貰いましょう」
「そうだね、シェリルも何か食べる?」
「いいえ、私は……」
そのような言葉に、レイはふと歩みを止めた。
そしてシェリルの手を取り、にっこりと微笑んだ。
「シェリルも、長い時間お疲れさま。俺と一緒に、なんか食べようよ。……ね?」
その顔に、シェリルは昔から弱かった。
レイはそのことを知って、わざとらしく首を傾げてみせたのだ。
「……では、少しだけなら」
「うん、そうしよう!」
触れられた、その手が熱い。
シェリルのその気持ちは抑えきれず、胸の奥で強い熱を帯びることとなる。
***
図書室で魔法陣の資料を整理していた、ある夜のことであった。
シェリルは静かに、決意した。
「もう、黙って見ていることなど……できはしない……」
そう決めたシェリルの判断は、驚くほど早いものであった。
すぐさまレイを呼び出し、書庫の奥でふたりきりとなっていたのである。
シェリルは深く息を吸い、その紫の瞳を真っすぐレイへと向けていた。
「私は、レイのことを……好いている……」
「……シェリル?」
レイは目を丸くして、シェリルの顔を見上げていた。
しかしなおも、シェリルの言葉は止まらなかった。
「まだ赤ん坊だった頃から……、気にかけていた。その笑顔も、泣き顔も……レイのすべてが……この胸を痛める」
言葉を吐き出すごとに、シェリルの身は小刻みに震えていた。
「どうか……、拒まないでほしい」
レイは一瞬言葉を失い、思わず顔をそむけてしまう。
長い沈黙が、ふたりの間を包んでいた。
レイは静かに息を整え、そしてゆっくりとシェリルの目を見つめて言った。
「シェリル、ありがとう。その気持ちは……本当に嬉しいよ」
「……嬉しいだけで、いいと……?」
その揺れる瞳に、思わずレイは涙をこぼしそうになってしまう。
「うん。でも俺は、その気持ちには応えられないよ」
シェリルの瞳が大きく揺れ、その肩はわずかに下がってしまう。
「……私、は……」
しかしレイは、シェリルの手を取ってこう告げた。
「でも、俺にとっては……シェリルは大切な仲間であり、家族なんだ。いつもそばで支えてくれて、本当にありがとう」
「……それでも、……辛いものがある……」
「わかるよ。でも、俺の気持ちはこれで精一杯なんだ。ごめん。こんな俺でも……ずっと、そばにいてくれる?」
そのような願いに、シェリルはわずかに視線を落とす。
胸の奥のその痛みは、決して消えることはないだろう。しかしそのようなレイの言葉に、救われる思いもあったのだ。
「……わかった。これからも、レイのそばにいる。それで、いい……」
シェリルは肩を震わせながら、小さく頷いた。
深い悲しみと、少しの安堵が混ざりあったような顔をして。
「シェリル、ありがとう。家族として、大好きなんだ」
レイは静かに、その身に抱き着いていた。
シェリルは静かに黒い髪を撫でていた。
***
告白は、終わった。
叶わぬ恋であったとしても、レイのそばにいられるのならそれでいい。
「シェリル、これ食べる?グウからもらったんだ!」
「……いただきます……」
「うん、おいしい!」
その胸の痛みも、慎ましやかな距離感も、そのすべてを抱えながら、シェリルはレイのことを見守り続ける。
時折、レイの手に触れそうになり、しかしその手を引いて静かに息をつく。
守るべき相手として、レイの身を支える。
そのような日々を共に過ごすことで、シェリルは深い幸福を見出すのであった。




