第7話:水の街と邪悪な影
◾️水の街シュイレーン
「はぁ…はぁ…。やっと着いた…!」
レイトは馬車の御者台で大きく息をついた。高性能な馬車のおかげで、旅の疲れは最小限に抑えられていたものの、数日間にわたる森の中の不気味な道行きは、さすがに精神をすり減らしていた。
彼は馬の首を優しく撫で、水筒から水をかけてやる。馬もまた、長い旅路を乗り越えた達成感からか、安堵したように鼻を鳴らした。
馬車の窓から顔を出し、レイトは目に飛び込んできた光景に目を細めた。遠くからでも、水の流れる音と、水車が軽快に回る音が聞こえてくる。石畳の道は湿り気を帯びており、周囲の空気もどこかひんやりとしていた。
「あら、意外と立派な街じゃない。古都ザフィアには及ばないと思うけど、それなりに賑わっているわね」
エリアスが退屈そうに呟く。アーレイは無言で街の入り口に掲げられた看板を見つめていた。そこには『水の街シュイレーン』と書かれている。彼女の感情が表に出ることはないが、静かに観察していることが、その眼差しから読み取れた。
街中に入ると、水路を軽やかに進む小舟が行き交い、行き交う人々は皆、涼しげな表情をしていた。
道端の露店には、水気を多く含んだ珍しい果物や、水辺の魔物を模した彫刻が並んでいる。街全体が、澄んだ水の色をまとっているかのようだ。
レイトたちは宿を取り、一息ついた後、最初に冒険者ギルドへ向かうことにした。
「旅の途中だし、情報収集は基本でしょ」
レイトがそう言うと、エリアスは面倒くさそうに「しょうがないわね」と答えた。
ギルドの扉を開けると、そこは活気に満ちていた。壁には、緑や青を基調とした依頼書が所狭しと張り出され、冒険者たちが酒を酌み交わしたり、装備の手入れをしたりしている。ギルド特有の、汗と酒と鉄の匂いが混じり合った空気が鼻をくすぐった。
受付カウンターには、困ったような表情で書類を眺めている若い女性がいた。レイトは彼女に話しかける。
「すみません、旅の者なのですが、この街の冒険者ギルドに挨拶をと思って」
受付嬢は、顔を上げてにこやかに挨拶を返した。
「いらっしゃいませ!遠方からいらしたのですね。ようこそ、水の街シュイレーンへ」
レイトが懐から取り出したギルドカードを提出すると、受付嬢はカードをじっと見つめ、驚いたように声を上げた。
「これは…ペンデンテスのギルドカードですね!ペンデンテスからシュイレーンまでは、距離こそさほどではないものの、まさか馬車で旅をしてきたとは…!ペンデンテスは保守的な街で、あまり他所との行き来がないと聞いていましたから…」
エリアスが自慢げに胸を張る。
「まあね。古都ザフィアに向かう途中なのよ」
受付嬢は、改めて三人の顔に視線を巡らせた。
「あの、お三方は冒険者の方で…?」
エリアスはすかさず「そうよ!」と答える。レイトも「俺とエリアスは冒険者です」と言い、アーレイに視線を向けた。
アーレイは一歩前に出て、静かに答えた。
「私は、エリアス様の同行者です。冒険者ではありません」
受付嬢は、少し不思議そうな顔をしながらも、すぐに笑顔に戻った。
「レイト様はDランク、エリアス様はCランク…!お若いのに、もうこんなに…。すごいですね、きっとたくさんの苦労をされたのでしょう」
レイトは、その一瞬の戸惑いを悟られないよう、いつも通りに振る舞った。以前の街では、耳に隕石の加護を意味する模様がないことで、奇異な目で見られることが多かった。幸い、この街の受付嬢は優しいようだ。
「こいつはこれでも、魔導弾の火力がすごいんですよ」
レイトの言葉に、エリアスは「当たり前じゃない」と得意げに言う。彼女の耳には、見事な加護の模様が刻まれていた。ただ、彼女は魔法を使えない。その代わりに、魔銃という文明の利器を扱う。
受付嬢は、二人のやりとりに微笑み、ホッとしたようにため息をついた。
「実は…最近困ったことが起きていまして…。優秀な冒険者さんを探していたんです」
その言葉に、エリアスは興味を引かれたように身を乗り出す。
「困ったことって、何?」
「それが…最近、このあたりの魔物たちが妙に凶暴化していて…。特に、再生能力を持つ魔物が増えているようなんです」
その言葉に、レイトとエリアス、そして無表情だったアーレイの表情が僅かに引き締まる。アーレイの耳にも、はっきりと加護の模様が見て取れた。彼女は魔法も使え、大鎌を振るうその実力はCランクのエリアスを遥かに凌駕する。
「…シャドウウルフだ」
レイトが呟くと、エリアスも険しい表情で頷いた。
「あの狼は、再生能力を持っていたわ…。もしかしたら、この街の異変と関係があるのかもしれないわね」
アーレイが静かに口を開く。
「この街の異変が、私たちが遭遇した魔物と関連している可能性は高いかと。シャドウウルフの再生能力は、通常の魔物とは明らかに異なるものでした」
レイトは、受付嬢に尋ねた。
「何か、原因はわかっているんですか?」
「それが、全く…。ただ、最近、この山岳地帯にある洞窟の奥から、不気味な気配がする…なんて噂が流れていて」
受付嬢は不安そうに眉をひそめる。
「ギルドでも調査隊を組もうとしているのですが、洞窟の入り口は魔物の数も多くて、なかなか奥に進めないそうで…」
レイトは、受付嬢に礼を言い、ギルドを後にした。
「どうするの、レイト。この街の依頼を受ける?」
エリアスが尋ねる。レイトは少し考え、頷いた。
「この先、古都ザフィアまでの道中も、同じような魔物が出るかもしれない。それに、エリアスの弾薬も補充しなきゃいけないし、アーレイも消耗してる。一度、ここで準備を整えてからの方がいい」
その言葉に、エリアスは目を輝かせた。
「そうよ!レイトの言う通りだわ!私、魔道具店に行く!最高の魔導弾を仕入れるわよ!」
アーレイは静かに頷き、自身の武器である大鎌に目をやった。刃こぼれはないものの、5つの弾薬スロットには煤が顔を覗かせている、手入れが必要だと判断したのだろう。
「私は武具の手入れをしてきます。エリアス様も、魔導弾の補充のついでに、魔銃のメンテナンスを…」
「わかってるわよ、アーレイ。いちいち言わないで」
レイトは、エリアスとアーレイに微笑みかける。
「じゃあ、エリアスは弾薬の補充、アーレイは武具の手入れ。俺は街の情報収集をしてくるよ。また宿で合流しよう」
それぞれが役割分担を決め、三人は別々の道を進んでいく。
◾️同じ顔
レイトは一人、水路沿いの道を歩きながら、考えを巡らせていた。水面に映る街の明かりが、ゆらゆらと揺れている。川の流れに沿って吹く風が、彼らの旅の始まりを告げているかのようだった。
(凶暴化、再生能力を持つ魔物…あの爺さんの言っていた「魔封じの矢」が役に立ったように、何か、この街の異変を解決するヒントがあるはずだ…)
その時、レイトの目に、一軒の古びた店が飛び込んできた。店の窓には、様々な形の試験管やフラスコが並び、不気味な色をした液体が光を反射している。
店の看板には『錬金術師研究所』と書かれている。
レイトは、何かに導かれるように、その店の扉を開けた。扉についた鈴が、カラン、と寂しい音を立てた。
「これはこれは珍しい。何か、お探しかな?」
店の中には、白衣を着た老人が立っていた。
しかし、その男の顔を見て、レイトは息をのむ。
その男は、先日、魔銃店でクロスボウを勧めてくれた
あの胡散臭い爺さんにそっくりだった。
「もしかして、あなた…魔銃店の店長ですか?」
レイトの言葉に、老人はニヤリと笑った。
「さて、どうじゃろうな?」
つづく。




