第5話:旅の準備
◾️凱旋とDランク
ナイトメアを討伐したレイト、エリアス、アーレイの3人は、夜の帳が降りた街へ戻ってきた。
石畳の通りには屋台が並び、香ばしい肉の焼ける匂いや、甘い果実酒の香りが漂ってくる。活気に満ちた街の様子を横目に、一行は冒険者ギルドへと向かった。
ギルドの受付は、一日の仕事を終えて帰還した者たちでごった返していた。エリアスが緊張した面持ちで、受付嬢にナイトメアの討伐完了を告げ、討伐証明として魔物の核を提出した。
受付嬢は、エリアスが差し出した魔物の核をまじまじと見つめ、信じられないといった様子で、震える手で鑑定の魔法をかけた。
「ま、間違いありません…。Cランクの中でも、Bクラスに近い**高難易度の『ナイトメア』**討伐、確認いたしました!エリアス様ご一行、おめでとうございます!」
ギルド内にどよめきが起こった。Cランクの魔物の中でも、特に危険視されているナイトメアを討伐したという事実に、周りの冒険者たちが驚きを隠せないでいる。
Cランクまでの冒険者が多いこの街では、ナイトメアはBランクに近いとされ、クエストクリアどころか、殆ど受注すら無かったからだ。
「まじかよ、あのお嬢ちゃんがCランクでも厄介な討伐を…?」
「おい、あの隣の男。噂だと剣も魔法も使えないんだろ?どうせ足手まといになったんだろうな」
「おい、あいつ見たことあるぞ!Dランクから始めたって聞いた!いきなりCランクに付いてくとか、ありえねぇだろ!」
冒険者たちがヒソヒソと囁きあう声がレイトの耳にも届いた。その内容は、レイトがただの足手まといだったという憶測で満ちていた。
(……くそっ、やっぱり俺は、役立たずなのか)
レイトは、唇を噛み締め、悔しさと情けなさで胸が締め付けられる。転生者としてやっと特別な能力を見つけられたはずなのに、いざという時しか使えない自分は、この世界でもやはり劣等な存在なのだろうか。
そんなレイトの心情を察したエリアスが、ギルドに響き渡るほどの大声で怒鳴った。
「あんたたち!あんたたちの言う通りよ!でも、レイトがいなかったら、私たちも、この依頼も成功しなかったんだからね!これ以上、レイトのことを馬鹿にしたら許さないんだから!」
エリアスが放った言葉に、ギルド内は静まり返る。レイトは驚き、目を丸くしてエリアスを見つめた。
これまで散々自分を馬鹿にしてきたエリアスが、人前で自分のことを庇ってくれた。その事実が、レイトの心を強く揺さぶった。
「エリアス様のご意見の通りです。彼は、今回の任務において重要な役割を果たしました。特に、危険な局面を打開する力は、他の冒険者には見られないものです」
アーレイが、静かに、しかし明確な声で続けた。彼女の言葉は、エリアスの感情的な発言とは対照的に、ギルド内のざわつきを鎮める効果があった。
受付嬢から報酬を受け取ったエリアスは、「ふん、あんた一人じゃ無理だったんだから!」とツンツンしながら、報酬を半分に分けて差し出した。
「たまたま……私がリーダーだったから、分けるのが当然なだけなんだから!」
そう言いながらもエリアスはどこか嬉しそうだった。
◾️始まりの酒場
報酬を手にした3人は、近くの酒場に入った。酒場は多くの冒険者で賑わい、大声で笑い合う者、談笑する者、一人静かに酒を飲む者など、様々だった。
レイトは、この活気ある雰囲気に胸を躍らせた。料理が運ばれてくるまでの間、レイトは懐から黒い布に包まれた、拳ほどの大きさの石を取り出した。ナイトメアから手に入れた隕石の欠片だ。
「アーレイ、この隕石、どうすればいいんだ?一つ手に入れたけど、このままバラス子爵に渡せばいいのか?」
レイトの問いに、アーレイは真剣な表情で答えた。
「はい。バラス様は、この隕石の欠片から放出される**『魔力の波動』**を解析しています。この波動は、個人が持つ魔力と共鳴し、その力を活性化させる作用があるようです」
「へぇ、すごいな。じゃあ、バラス様はこれ集めて、エリアスが魔法を使えるようにするんだな」
レイトがテーブルに置いた隕石の欠片に、エリアスが手を伸ばした。触れた瞬間、彼女は「ん!?」と声を上げる。
「ちょっと、レイト!これ…なんか、私の魔力がピリピリする!体の中がムズムズするんだけど!?」
エリアスは、まるでくすぐったいかのように肩を揺らした。アーレイも、静かに欠片に手をかざす。
「ごくわずかですが、魔力量が増強されています。やはり、純粋な魔力の波動を放っているようです」
「つまり、私が魔法使いとして覚醒する日も近いってことね!あんた、覚悟しておきなさいよ!」
エリアスは得意げにレイトの鼻先に指を突きつけ、レイトは「はいはい」と適当に返事をした。
エリアスが、不満げな表情で口を挟んだ。
「じゃあ、この欠片はすぐに送るんじゃなくて、ある程度まとめてからパパに渡せばいいんじゃない?」
「ええ、エリアス様。ご意見の通りです。一つずつでは、今後の旅の効率が悪いです。それに、複数の欠片を運ぶリスクを考慮しても、まとめて送る方が合理的でしょう」
アーレイは淡々と、しかし確固たる口調で説明した。
「そして…今後の任務は長期的なものになります。この街を出る前に馬車の調達が必要でしょう」
「ねえ、アーレイ。ザフィアって街、どんなところなの?パパは一度も連れて行ってくれなかったわ」
不安げに尋ねるエリアスに、アーレイは静かに答えた。
「本で読んだことがありますが、古都ザフィアはかつて皇帝がいた都です。この街とは比べ物にならないほど、文化も人も豊かで、冒険者ギルドも充実しているようです。より多くの情報や、様々なもの手に入るかもしれません」
その言葉にエリアスの表情がぱっと明るくなる。
「レイト!私、色々なものを見てみたいわ!早く行きましょう!」
レイトは、はしゃいで目をキラキラさせるエリアスに笑い、飲み物に口を当てる。
店内に響く冒険者たちの喧騒が、遠い過去の記憶と重なる。転生前、一人で学校帰りに立ち寄った賑やかなゲームセンターの、あの賑やかさ。そんな感傷に浸っていると、隣から静かな声が聞こえてきた。
「ただし、古都ザフィアの近くにある隕石の欠片の場所は、バラス様も正確には把握できておりません。
古都の冒険者ギルドで情報を集め、我々の力で手がかりを探す必要があります。」
レイトは喉に詰まったパンを、生ぬるい麦茶のような飲み物で飲み込んだ。
◾️月夜の告白
その夜。レイトは宿屋の一室で、手に入れた金貨を眺めていた。窓の外からは、酒場の喧騒や、酔っ払いの楽しげな歌声が聞こえてくる。彼はベッドに腰掛け、一日の出来事を反芻していた。
俺の能力、本当にエリアスがいないと使えないのかな…
逆に、アーレイの手を掴んだらどうなる?
レイトは、ナイトメアとの戦闘を思い返していた。あの時、恐怖で身体が動かないエリアスを庇った時、剣に炎が宿った。
(あの時…俺は、自分の命が危ないって感じたのか?いや、違う…。)
彼は目を閉じ、意識を集中させた。
(あれは…「死ぬ」って思った時の感覚だ…。)
脳裏に、転生前の光景が鮮明に蘇る。確かトラックのヘッドライトが、彼の身体に迫るあの瞬間。全身を襲う、どうしようもない絶望と、身体がバラバラになるような激しい衝撃。あの時、レイトは初めて、自分の死を心から覚悟した。
そして、ナイトメアとの戦闘。爪が顔を掠め、熱い血が滴り落ちた瞬間。エリアスが震える手で、自分を庇うように前に出たあの姿。
(俺は、あの時、もう一度「死ぬ」と思った。でも、それは…俺自身の死じゃなかった…。)
レイトは、心臓を鷲掴みにされたような強い衝撃を受けた。
(エリアスが、俺を庇って死んでしまうかもしれない。あの時、俺は…エリアスを失うかもしれない恐怖を感じたんだ。)
彼の能力は、自分の命だけでなく、自分にとって大切な誰かを失う恐怖がトリガーになっているのではないか。
レイトは、自分の能力の真実に薄々気づき始めた。
その時、コンコン、と控えめなノック音がした。ドアを開けると、そこには寝間着姿のエリアスが立っていた。彼女の顔は少し赤く、視線が定まらない。
「え、エリアス?どうしたんだ?」
「……べ、別に!あんたが、まだ起きてるか確認しに来ただけよ!」
そう言いながら、エリアスはレイトの部屋にずいずいと入り、横になっていたレイトの隣にストンと座った。彼女の普段見せない無防備な姿と、窓から差し込む月明かりに照らされたその横顔に、心臓が跳ね上がるのを感じた。
「あのさ…ちゃんと言えなかったけど…」
エリアスは俯きながら、小さな声で話し始めた。
「…ありがとう。助けてくれて…」
「なんだよ、今更」
レイトはわざと冗談めかして言ったが
エリアスは真剣な表情で顔を上げた。
「本当に…ありがとう。あんたがいなかったら、私は…」
言葉に詰まり、エリアスの瞳に涙が浮かぶ。
レイトはエリアスの隣に座り直した。
エリアスは肩を震わせ、ぽつりぽつりと話し始めた。
エリアスとの距離は拳一個分、レイトは心臓が体から飛び出すのを抑えるのに必死だった。
「私…アーレイのことが、ずっと嫌いだったの。完璧に何でもこなして、周りの人、特にパパがアーレイを褒めるたび、私は自分が惨めに思えた。勉強も勝てず魔法も使えない、出来損ないの自分と比べて、いつも…」
レイトは黙ってエリアスの話を聞いた。彼は、二人の間に、自分が知らない、深い確執があることを感じ取っていた。
「私が生まれた時に、ママは死んじゃったの…、なかなか私ができなかった上に難産だったって」
レイトの心臓は我に返ったかのようにおとなしくなった。
「……アーレイは、元々、孤児院の子だった。私が生まれる前にパパが引き取って、本当の娘みたいに可愛がられてたって聞いてる」
エリアスの言葉に、レイトは驚きを隠せない。
「私がどれだけ酷い言葉を言っても、アーレイは何も言い返さずに、ただ…私を見てるだけだった」
エリアスは、嗚咽を漏らした。
「私…自分の醜い嫉妬心で、アーレイを傷つけていたの。なのに、…お姉ちゃんみたいにいつも私のことを守ろうとしてくれて…。私は最低だわ。」
レイトは、エリアスとアーレイの関係性の根底にあった悲しみと複雑な愛情に、初めて気づいた。
「…少し、スッキリしたわ……」
エリアスは、そう言い残し、顔を真っ赤にして、まるで何かから逃げるかのように部屋から飛び出していった。
レイトは、彼女の去った扉を見つめ
まるで自分と同じだと…思わずにはいられなかった。
◾️交渉と活路
翌日。朝陽が街の屋根を金色に染め上げる中、レイトたちはこの街で唯一の馬車商人の元へと向かった。
店の前には、使い古された馬車が何台も並べられていた。いずれも車輪が歪んでいたり、塗装が剥げ落ちていたりして、長旅に耐えられるような代物には見えない。
店の奥から、人の良さそうな商人が顔を出し、彼らを迎え入れた。
「いらっしゃいませ!旅の方かな?こんな辺境の地へようこそ!残念ながら、うちの馬車はどれも年季が入っていてね…」商人はそう言って、苦笑いを浮かべた。
「おじさん!良さげな馬車が欲しいんだけど、見てもいい?」
エリアスが尋ねると、商人は快く頷いた。
「ああ、もちろん!どうぞどうぞ。ただ、売り物というよりは、修理の依頼があった時のために手入れしているものばかりでね。新しく作った馬車はもう何年も…」
商人の言葉に、レイトは首を傾げた。
「修理の依頼ですか?この街って、あまり馬車が走ってないみたいですけど…」
「そうだねぇ。この街は冒険者や旅人なんてめったに来ないから、馬車を新しく買ってくれる人もほとんどいない。だから、今は修理や、街の人間への貸出でなんとかやってるんだ」
「ねえ、貸出なら領外には出られないし、まともな馬車は手に入るのかしら…?」
不安げに尋ねるエリアスに、レイトは飄々と答えた。
「ああ、大丈夫さ。任せてくれ」
(いや、大丈夫じゃない。どうすりゃいいんだ…アーレイ、助けてくれ)
レイトは心の中で悲鳴をあげながら
強張った顔でエリアスに微笑みかける。
その時、レイトを見兼ねたアーレイが静かに進み出てきた。
「エリアス様、レイト様。交渉は私に任せていただけますでしょうか」
エリアスは意外な提案に目を丸くする。
「え、アーレイが?でも、あんた、商人との交渉なんてしたことないでしょ?」
「はい。しかし交渉というものは、相手の心理を読み解き、論理的、時に感情的に優位に立つこと。やってみましょう」
レイトはアーレイの助け舟に安堵しつつも
自分の無力さを嘆き、空を仰ぐ。
エリアスが、レイトの自信を無くした様子を見て
フフッと笑い声を漏らす。
「そうね!じゃあ、レイトは後ろでアーレイの交渉術を見て勉強なさい!あんたの交渉は見てるだけで不安になるから!」
そう言って、エリアスはレイトの背中をポンッと叩き
アーレイに目配せをした。
「とにかく、アーレイ、お願いね!」
アーレイは静かに頷いて商人に歩み寄り
店の奥に保管された状態の良い馬車をゆっくりと指差した。
「そちらにある馬車はとても綺麗ですが、これは売り物ではないのですか?」
すると商人は顔を俯き
少し悲しそうな顔で言った。
「あれは、私がこの道に入って初めて作った、渾身の作なんだ。今はもう一度作る余裕がないから貴重なもの、そう…だから、売り物ではないんだ」
アーレイは、表情を崩さずに
車輪を指差し次の質問をした。
「その馬車の車輪に付けられている、この輪っかは何でしょうか?」
馬車の木製の車輪に巻かれた、わずかに弾性のあるその輪にレイトは、前世で存在した自動車のタイヤに酷似していることに気づき、とっさにつぶやいた。
「おじさん、これって…もしかして」
商人はレイトの目を暫く見て
技術について見抜かれたことを悟った。
「お兄さん…わかるのかい?お目が高いね、これは私が独自に開発した、樹液を加工して作った特別な輪っかでね。木の車輪だけだと、少しの段差でも衝撃がひどく、馬の足腰に負担がかかる。だが、この樹液の輪っかを巻けば、その衝撃を吸収してくれて、馬の疲労を抑えられるんだ。この技術は、景気が悪くなる直前に完成したから、誰にも知られずに今に至ったんだが…」
商人は、自分の工夫を見つけてもらえたことに
喜びを隠せない様子だった。
アーレイは、レイトがすでにこの技術について知っているそぶりが不思議にも上手なことに内心感心し、続けて商人にこう話す。
「これほどの技術であれば、古都の商人も、あなたの馬車を欲しがるでしょう。私たちに、この馬車を『見本』としてお譲りいただけませんか?」
アーレイは、静かに商人に提案した。
「古都…?見本、だと…?」
商人は、理解しきれない提案に首を傾げた。
「はい。私たちは、これから古都ザフィアへ向かいます。この素晴らしい馬車は、長旅の過酷な環境にも耐えうる頑丈さがあります。古都には、あなたの馬車を欲しがる商人が大勢いるはずです。彼らの前でこの馬車の性能を証明し、『ペンデンテスの馬車職人が作った』と宣伝しましょう」
アーレイの言葉に、商人の顔に、希望の光が宿る。
「わ、わしの馬車が、古都で…?」
商人は、自分の傑作が遠い大都会で評価されるかもしれないという事実に、胸が熱くなるのを感じた。
大詰めと言わんばかりに
アーレイは価格の交渉に移った。
「はい。その代わりに、この奥にある馬車を、金貨3枚で譲っていただけませんか?投資だと思ってください。」
アーレイの言葉に、エリアスは驚きに声を失った。
まさか、そんな破格の値段で交渉するとは。
レイトはこの世界の相場に疎く、きょとんとしている。
アーレイは、さらに踏み込んだ交渉を行った。
「それに、この馬車に合う、丈夫で利口な馬も、手配することができますか?」
「もちろんさ!馬なら何頭か用意がある。長旅に耐えられる良い馬を君たちの旅のお供にしてあげよう」
商人は、自分の傑作を褒められた喜びと
諦めかけていた活路への提案に満足していた。
こうして、レイトたちは馬車と馬を手に入れることができた。
馬車商人の店を出た後、レイトが馬車の手綱を握りながら嬉しそうにつぶやいた。
「すごいな、この馬車。本当に乗り心地がいい。揺れも穏やかで、まるで雲の上に乗っているみたいだ…」
その言葉に、エリアスがにっこりと笑いかける。
「ね、すごいでしょう!アーレイは、レイトのそんな間抜けな表情まで交渉に使ったんだから!」
エリアスは、レイトの肩をぽんと叩くと
得意げに胸を張る。
実際、レイトは本当に驚いていたのである。
現代技術に近いものがこの世界にあるということに。
「レイト様、一つお伺いしてもよろしいでしょうか」
アーレイが、馬車を引く馬の横に並び
静かにレイトに問いかけた。
「どうしたアーレイ、急に」
「レイト様が毎回命の危険に晒されないとその能力を使えないのは、やはり問題です。今回は幸運でしたが、これから先、もっと危険な状況になるかもしれません」
アーレイのの言葉に、レイトは黙って頷いた。
彼もまた、自分の能力の不安定さに漠然とした不安を抱えていた。
アーレイは淡々と続けた。
「この街を出る前に、魔銃店に寄ることを提案します」
「魔銃店?」
レイトが聞き返すと、エリアスが口元に手を当てて考え込む。
「そうね!パパは色々な魔銃をコレクションしてるけど、私は自分で買ったことはないわ、この炎の魔銃もパパのだし。でも、きっと何か、レイトの役に立つものが見つかるかもしれない」
レイトは、二人の真剣な眼差しに
胸が熱くなるのを感じた。
「わかった。寄ってみよう、魔銃店に」
こうして、レイトたちは馬車も手に入れ
着実に旅の準備を整えることになった。
つづく。




