第29話:はちみつ
◾️バクロの素性
土煙が引き、辺りが松明の灯りで鮮明に見えるようになってくる。壁はタイル様式で幾つもの通路が規則正しい間隔で設けられている。
ミナリーンが黒い魔物をちょんと指先で押すと、バラバラと音を立てて崩れた。
「ふぅー、この魔物怖かったです…。」
「ミナリーンが一人でやったのか?すごいな」
レイトが残骸を手で触って確認する。
炭のような状態だ。
「えへへ、でも、この人のお陰なんです。隙を作ってくれなきゃ、たぶん死んじゃってました」
ミナリーンが隣の男を恐る恐る紹介する。
「バクロさんって言うんですけど、ならずものなんです」
レイトは驚き、サッと短剣を構え直した。それを見たバクロが腰に手を当てて笑い、銀色の髪が光に照らされて光る。
「おいおい、紹介の仕方がひでぇや。確かにそう見えるかもしれんが、俺らは実は商人なんだよ。まぁ裏のな」
レイトは短剣を構えたまま、バクロを睨んだ。
(この男、敵意はなさそうだけど…メルスマ教会と関係はないのか…?)
「そういえばレイトさん、どこか痛いところないですか?胸の辺りとか…」
ミナリーンがレイトに近づき、穴が空いたレイトの服の上から胸をさすった。
レイトは身長差にドキッとし、驚いて後退りする。
「だ、大丈夫だよ、痛くない。治療してくれてありがとう」
「レイトさん自力で治したんですよ…やっぱり呪いなんですかね…」
二人の様子を見ていたバクロは、急に不機嫌そうな顔になる。
「お前ら、奥について来い。礼がしたい」
バクロはゆっくりとを歩いていく。すると、奥からツルツル頭のガタイのいい男が走ってきた。
「お頭!大丈夫ですか!」
「おお、ダンケス生きてたか?あの女が全部片付けてくれた。魚のようにバタバタしてたが、お前こそ大丈夫なのか?」
ダンケスは胸を叩いて元気な素振りをした。
「大丈夫っす!ちょっとビリビリしてたような気がしますが…ところであの魔物、なんで逃げ出したんですかね…奥の通路は完全に塞いでたはずなんすけど」
「わからん…、まぁもう魔物は死んだ。この場所もこれで安全は確保できたが…」
バクロは壁の穴の前で無惨に散らばる味方の遺体を見て悲しみの顔を向けた。
「ジージア、ロクタン、それにメーナスか…、助けてやれず申し訳ない。他の奴らも…声がしない」
「まさか…!?」
ダンケスが穴の前の残骸に近寄って膝を落とす。
「お前ら!なんで死んじまったんだよ…昨日まで一緒に頑張ってきたのによ、ビールを奢るって約束はよ!」
ダンケスが大きい腕で目を擦り肩を揺らす。
バクロは地下よりダンケスの肩に手を乗せた。
「お前だけでも生きててくれて良かった。仲間も覚悟はしていたはずだ」
バクロがダンケスの肩を叩いてこう言った。
「こいつらの埋葬を頼んだ、俺も後で行く」
ダンケスは目を真っ赤にして頷く。徐にレイトが近寄って両手を合わせた。
ミナリーンが不思議そうにレイトに聞く。
「それ、初めて見た祈り方です…」
「そう?」
(これも父さんの言うところの『意味のない行為』なんだろうか)
「私も…」
ミナリーンも遺体に近づいて、片方の拳を胸に当てて、もう片方の手を上から被せて祈った。
◾️お礼の品
バクロは壁にかけてあった松明を取り、2人を先導した。奥の通路は所々ひび割れており、損傷が激しい部分には木の板が当てられていた。
暫く進み、新しい広間を出た途端、目の前の光景にレイトが驚く。そこは遺跡というより洞窟のような空間になっており段差の低いところに水が溜まって池のようになっていた。
暴露が腕を上げて辺りを照らすと、レイトが驚いた。
「嘘、だろ…」
「レイトさん…?」
バクロが得意げに話す。
「驚いたか?俺らの倉庫だ。昔移動に使われていたとかいう古代遺物の一つでさ、かなりボロボロだけど四角いからちょうど使いやすいんだ」
レイトは恐る恐る近づいて赤茶色の倉庫に手を当てる。
(まさか、この形状、この窓のつき方…これは…電車に間違いない)
ミナリーンも近づいて中を覗く。中は木箱でいっぱいだった。
「古代遺物ってどれも無機質というか、変に洗練されてるというか…面白いですね!」
「ああ、これは俺の世界にあったものと一緒だ」
バクロが鼻で笑う。
「世界?故郷のことか?どこだか知らんがお前んところにもこんなのがあってもおかしくないかもな、世界各地の地下ならたいていあるしな」
ミナリーンが思い出したかのようにレイトを見る。
「以前に転送されてこの大地に来たって言ってましたけど、生きてる古代遺物もまだ残ってるかも知れないですね」
「転送?ああ、転移魔法とか言ってた時のことか」
(俺はどうやってこの世界に来たんだろうな、よく考えると不思議だ。ミナリーンは転移魔法とか言ってたけど、どうだろう)
バクロが倉庫に入り木箱の一つをこじ開けた。
中から液体の入った瓶を取り出して2人に見せた。
「ほらこれ、すげぇだろ、食い物なんだぜ」
手に持っていたのは黄色の粘液状のものだった。
ミナリーンが顔を引きつかせる。
「なんですか…これ…イヤ…です」
「そんなに嫌な顔するなって。舐めたことあるし大丈夫だ、なんか書いてあるのは読めねぇけど上手い液体だ」
バクロが瓶の蓋を開けて指を突っ込み舐める。目を閉じて舌鼓をうった。
「うーん、疲れた時は甘いものが一番だな!これがお礼だ。かなりの貴重品だぞ!昔遠出した時、似たような地下で見つけたもんだ」
バクロはミナリーンに瓶の口を向けた。
ミナリーンはレイトに目を向けて助けを求めた。
「…俺が先に」
バクロはそのやり取りを察して、不服そうな顔をしてレイトの方に瓶を向けた。
レイトは指を突っ込み、恐る恐る舐めてみる。
「確かに…ハチミツ…だな。うまいよ、ミナリーン。ってあれ?」
瓶に貼られているラベルを見てレイトはその場で凍りついた。
(瓶に書いてあるラベル…そんな…)
バクロが驚いてレイトの方を見る。
「ハチミツ?初めて聞くなそれ、お前コレを知ってるのか?ってかこいつ、うますぎて固まってやがるハハ」
ミナリーンも恐る恐るバクロに近づき、小指でちょんとはちみつを乗せて舐めた。
「…確かに…美味しいですね!砂糖の味に…独特な花の香りが混ざってる感じがします!止まりません!」
レイトは、2人が瓶のハチミツを舐めて喜んでいる傍、明らかに日本語で『はちみつ』と書かれたそのラベルを呆然と眺めていた。
すると突然、元の通路から叫び声が響いてこだまする。バクロが慌てて倉庫から飛び出した。
「ダンケスの声だ!」
つづく。




