第18話:雨に打たれる無力
◾️月の髪飾り
エリアスが腕を組み、落ち着きなくテーブルの周りをぐるぐると回っている。既に陽は落ち、宿の一階は夕飯の時間で宿泊客の賑わう声が聞こえ始める。
「アーレイが時間を守らなかったことなんてない!何かあったのかもしれない…」
レイトは周るエリアスの腕を掴みこう言った。
「『極秘任務』とか言ってたよね。もしかして状況が悪化して帰れないとか…。俺、探してくるよ!」
「レイト、私もいくわ!」
「いや、エリアスは宿にいて欲しい。アーレイが万が一戻ってきた時のために。大丈夫、俺も少し強くなったからさ、安心してくれ」
エリアスは貧乏ゆすりを始めて
レイトの方を見た。
「ふーん。なら、待っているわ。ヤバそうなら一人でなんとかしようとしないで、必ず戻ってきて」
レイトは頷き、クロスボウと直剣を装備して
部屋を出た。
(渡そうと思ってたエリアスへのプレゼント…渡すタイミングを損ねたな、また落ち着いたら渡そう。)
宿を出た道は、左右に取り付けらえた松明の光で照らされており、多くの露店に夕飯を食べに来た人達でごった返している。
「アーレイは西の地区へ行くとだけって言ってたな…」
レイトは人集りの間を抜けて西の方へ目指して歩いた。看板に書いてある文字が読めないため、道中は人に道を聞きながら進んだ。
「西の方角に行きたいんですけど、この道で合ってますか?」
「西の方?ああ、ここから西の地区の方かい?…こんな時間にそんなとこ行くのはお勧めしないぜ、あんちゃん。」
露店も店主は呆れたように
両手を左右に挙げて首を振った。
「あそこは異端者が住んでた場所で、土地の価値下がっちまってから人が寄りつかないんだよ。チッ、あそこは西門からも近くて、商売に打ってつけの場所だったのによ。今じゃ泥棒とかならず者の巣窟と化してるらしいしな」
(異端者の地区?宗教絡みで地区ごと忌み嫌われてるってことか?)
レイトは大通りから外れて小道を西の方へ進んでいく。露店も無くなり、人家もまばらになっていく。あたりは静けさ包まれていた。
「アーレイはこんな所を目指してきていたのか?」
狭い小道をクロスボウの灯りをつけて歩いていると
レイトは暗闇で何かを足で小突いたのに気づいた。
拾い上げると何かのアクセサリーのように見える。
「なんだこれ?暗くてよく見えないけど」
クロスボウのライトを近づけてよく見てみると
レイトの顔から血の気が引いていった。
「これって…アーレイの髪飾りなんじゃ…?」
(アーレイが髪飾り落とすなんて、考えられない。)
レイトはアーレイが宿から出る時も帰ってくる時も必ず身につけていたものは、全てチェックしていたことを思い出した。髪飾りは特に気にしていた。
「まずい、アーレイの身に何かあったのかもしれない」
(泥棒やならず者に襲われた?いや彼女ならすぐに倒せるだろうし、あんな大鎌を背負っていたら、泥棒も襲わないだろう…)
「…もっとヤバい奴に…狙われたのか?…」
レイトはアーレイの月の髪飾りを握り締め、エリアスに伝えようと踵を返して宿へ戻った。
レイトが宿の前に戻ってくると、入り口は物で散乱しており、人集りができていた。
カウンターの店主がレイトを見るなり、被っていた帽子を投げ捨て、飛び出してくるなりレイトの胸ぐらを掴んだ。
レイトは何が起こったのか分からず
目をぱちぱちさせ、唖然としていた。
「お前!異端者の仲間だったのか!?メルスマ教会の兵士がうちへ押し入ってきて、異端者を連行するって言って、お前の仲間を連れていったぞ!」
店主はレイトの両肩を強く握り締めた後
両肩を叩きながらこう叫んだ。
「お前のせいで、うちは異端者を泊めたと店をメチャクチャにされた挙句、商売も終わりだ…どうしてくれる!?おい!!!」
レイトは体を強く揺さぶられながら、必死に頭を働かせた。レイトは目に入った散乱物がエリアスの私物であることに気づいた。
「…エリアス、エリアスが連れて行かれた!?」
レイトは店主の手を振り解き、レイトは大通りまで走って逃げた。
「おい!!何処へ行く!この異端者め、あーーーっ!もう!地獄に堕ちろ!!!」
レイトは振り返らず必死に人の間を走り抜ける。
(エリアスを攫ったのはメルスマ教会の連中…アーレイが言ってた、あの大ピニアス塔に連れて行かれたのか…!?)
レイトは唇を噛む。
(クソ!エリアスと一緒に探しに行けば良かった。何が『俺、少し強くなった』だよ、絶対に一人にするべきではなかったんだ)
レイトは暗闇のなかでも聳え立つ、大ピニアス塔を目指してがむしゃらに走り出した。重い雲がザフィアを覆っていた。
◾️ザフィア追放
レイトは大ピニアス塔の門まで、息絶え絶えになりながらも辿り着く。雨が降り出す中、石造の巨大な塀に囲まれた巨大な門が立ちはだかる。まるで巨人の棲家のようだ。
「おい!そこの者、ここが何処だか知っているであろう、近寄るな!」
複雑な紋様が刻まれた兵士の鎧が松明の光に照らされてゆらゆらと踊り、レイトに迫る
「エリアスが、ここにいるかもしれないんです。俺を入れてください!」
レイトの必死な弁明に聞く耳を一切持たない兵士はその大きな足でレイトを蹴飛ばした。
「はぁ?馬鹿なことを言うな、お前を異端者とみなしてやろうか?これ以上歯向かうなら、今すぐ殺してやるぞ」
地面に転がり喘ぐレイト。
雨に打たれて消えかかる耳の紋様。
「くそ!」
(ここで戦って騒ぎを起こしたらもっとまずい状況になる…こうなったら忍び込んででも救い出してやる!)
レイトは一瞬、クロスボウに手をかけたが止めた。
ざんざかの雨が降り出すなか、レイトは大ピニアス塔の茂みが多い裏手に回った。塀は高く入る隙間もない。
「くそ、何処か登れる場所はないか…!?」
レイトは必死にあたりを見回した。塀の近くに大きな木があるのを見つけ、雨で滑る中、上まで登る。
(高い…。めっちゃ怖い…まじで…。ここから飛び降りれば、向こう側に行けるけど、間違いなく怪我する高さだ…)
レイトはジャンプするかどうか悩んだ。
その時、大きな雷が近くに落ち、レイトは一瞬白い閃光に目が眩んだ。そしてその一瞬、エリアスの赤面する顔がフラッシュバックした。
(クソが!足の一本や二本!!!)
レイトは覚悟を決めて木からジャンプした。
塀には侵入者対策として幾つもの槍型の装飾が施されており、肘を擦り出血しながらも向こう側に飛び越えた。
ドシャという音と共にレイトは水浸しの地面に尻餅をつく。幸いにも塀の真下は生垣があり、擦り傷を覆いながらも骨折は免れた。
(良かった…!どこも痛くない)
レイトは辺りを見回し、裏口の扉を発見した。
恐る恐る手をかけると鍵がかかっていないことが分かった。
建物の内部に入ると、そこは雑貨道具の部屋になっており、真っ暗な部屋の向こうにもう一つ灯りが漏れる扉を見つける。
(ここから、廊下に繋がっているのか…?)
レイトは物音を立てないよう廊下のドアまで忍び寄る。すると扉の前から使用人達の声らしき声が聞こえ、驚いてしゃがむ。
「今日だけで2人もお嬢ちゃんが連れて来られるなんて、何があったのか?」
「なんか、異端者を捕まえたとか言ってたけど、銀色の髪の子は地下に連れて行かれて、赤毛の子は3階に連れて行かれて居たわ」
声は段々と遠くなっていく。
(やっぱり、エリアスもアーレイもここに連れてこられたんだ!)
レイトは扉を少し開け、誰も居ないことを確認し息を潜めながら、3階に登っていった。
大きな装飾の付いた扉から女性の声がしてくる。
レイトはエリアスの声だと気付き、ドアにへばりついて聞き耳を立てた。
「私は、何も知らないわ!アーレイを離して!」
「君の従者アーレイは、服従を誓った身でありながら隕石の欠片を集めて教会の権威に楯突いた。つまりお嬢さん、お分かりになるでしょう」
「集めて何が悪いのよ!私のために集めてくれてただけじゃない!罰を受けるなら私よ!アーレイは何も悪くないわ」
「世の中そうはいかないのだよ、君ももちろん同罪だが、指示したのは…そう、君のお父さんだ。つまり君のお父さんが我々に楯突いたことになる。教会に恨みがある孤児を使ってコソコソと裏で隕石集めをさせた。隕石の欠片にはね、魔力を増幅させる力があるんだよ。集められて大隕石に対抗しようとするのは、天と我々が決して許さないんだ」
「お父様はそんなことに使わないわよ!少し集めたくらいで大隕石の力が揺らぐなんて、あんたらも大したことないのね!」
次の瞬間、大きく何かを叩く音が響いた。
エリアスが鼻を啜る音が聞こえ始める。
(くそ、あの野郎、エリアスを叩きやがった!殺してやる!)
レイトは剣に手をかけ、扉を開けようとした瞬間、ドンという鈍い音共にレイトの頭が何かに打たれる。
「!?」
レイトはその場でもんどり打って倒れた。
「やれやれ、チーズに群がるドブネズミが一匹、紛れ込んでいましたねぇ」
長身、長髪の男、黄色い目。
そうレイトを叩いて気絶させたのはモルモンだった。
「なんだこの少年、一切魔力を感じない。東の果ての島に住む少数民族が魔力がない民族だと知っているが…こやつは外国人か。奴隷用心棒か何かとして雇われ、忠義でここまで来るとは、まぁ立派なものだ」
モルモンは兵士を呼び出し、レイトを運ばせて街の外に放り投げた。全ての武器を没収され、泥だらけのレイトは城門の前で雨に打たれている。
投げ出された衝撃でアーレイの月の髪飾りと、渡すことができなかったエリアスへの紅の金細工がサイドポケットから飛び出して、静かにレイトを見ているようだった。
つづく。
ここまで読んでくださった方々、誠にありがとうございます。これにて1章は完結とさせていただきます。
2章を開始しました!
引き続き宜しくお願いします。




