条約型試作高速戦艦:大隅
一隻の戦艦が、まだ朝霧に包まれた港を静かに離れた。大隅。条約制限下で建造された試作高速戦艦であり、主砲も副砲も航空艤装も新型の試みを詰め込んだ艦だ。そして、この艦は既存戦艦の代替艦として建造されている。既に老朽化した艦の代わりに、新たな戦術の可能性を示すための“試作艦”だった。
艦橋の操舵席で、艦長の神崎少佐は計器に視線を走らせた。今日の航海は、速力試験と副砲試射、そして新型カタパルトによる水上観測機の運用確認が目的である。
「予定通り、巡航速度で発進。副砲も試射開始まで待機」
艦長の声に応え、乗員たちは艦の各部に散った。砲塔員は36cm主砲の装填を確認し、14cm試作連装副砲の操作員は新型連装砲の試験点検に余念がない。機関部では蒸気圧力計が振れ、三連装機関が低く唸る。
出航から十数分、大隅は排水量35,000トンとは思えない滑らかさで港外に進出した。舷側を吹き抜ける海風に、乗員たちは新型艦の可能性を実感していた。
大隅は、条約制限を巧みにかわす設計が随所に施されている。主砲塔は45口径36cmを採用しつつ砲塔重量を削り、連装副砲の試作採用で重量を軽減。舷側装甲は老朽化した代替艦より薄めに設計されているが、バイタルパートは長門型級に匹敵する厚さを保持する。航空艤装も艦尾カタパルト1基、搭載2〜3機で最小限に抑え、索敵能力は観測機に委ねた。全ては、既存戦艦1隻を置き換える形での建造に適合させるための工夫だった。
午前九時、艦橋からの指示で副砲試射が始まる。連装14cm砲は、単装に比べ軽快な射撃音を響かせた。砲弾は海上標的に正確に命中し、大隅の戦闘力を示すには十分だった。乗員たちは試作副砲の手応えを確かめながら、その精度の高さに驚きの声を上げた。
その後、艦尾カタパルトから水上観測機が次々と発艦する。低空を滑るように飛ぶ機体の影を、乗員たちは息を呑んで見送った。観測機は大隅の新しい目となり、海の情報をリアルタイムで艦橋に届ける。
正午近く、速力試験が始まった。全力運転のエンジンが唸り、艦は最大33ノットに達する。重量のある副砲を連装化したことで、速力を落とさず火力を維持できる。この高速性能こそ、条約制限をかわしつつ既存戦艦の代替として建造された成果だった。
午後、大隅は仮想敵艦との模擬戦を開始した。主砲の射程と副砲の連射力、観測機からの情報が組み合わさり、艦橋は戦闘指揮の臨場感に包まれた。乗員たちは初めての実戦運用に近い緊張感を味わいながらも、心なしか誇らしさが胸に満ちていた。
艦の設計を監督した工廠の技術士たちは、条約制限に縛られつつも既存戦艦の代替としての任務を果たすため、あらゆる妥協を検討してきた。舷側装甲の厚さ、副砲の連装化、航空艤装の最小化。すべては新旧の戦艦のバランスを取り、海軍に新たな戦術選択肢を与えるための苦心の成果である。
夕刻、港に帰投した大隅。初航海は無事に終わり、乗員たちは艦体を見上げて静かに感謝の意を示した。条約制限下で建造された試作艦としての挑戦は、これから日本海軍に新しい戦術の可能性を示すことになるだろう。
艦橋で神崎少佐は、夕陽に輝く大隅を見つめ、心の中で呟いた。
「これからだ……大隅よ、真の力を示すのはこれからだ。条約の枷も、古い戦艦の代わりも、我らの工夫次第で超えられる。」




