12249113flavor smart〜遥かなる二面を少女は歩き――〜
日本 札幌
令和七年 夏
朝 晴れ
両親はお金持ちで浪費家、ちゃんとしていた。私はどうなるだろう? とりあえず今日高校サボるけど。
行く気しない所は他にもあった。
「どうして行かないの?」札幌駅のカフェでウメちゃんは聞いた「エレベーターですぐじゃん?」
「オートロックだから大丈夫でしょ」私は答えた「それにいたら刺せばいいし」
ウメちゃんは笑う。「こわ」
「正当防衛よ」
「換気はしておいたほうがいいよ。よくなくなるかもしれないから」
「ありがとう、親友」
数週間後の朝、札幌駅の北口広場でウメちゃんはあることを聞いてきた。あっ。前に言われた換気、ずっとしてないわ。
「行ったよ」私は嘘をついた「問題なし」
「嘘つかなくていいよ」ウメちゃんは何気なく答えた「興味ないし」
「分かる?」
「似てるからね。私とアンタ」
「――じゃ何で聞いた?」
「ミスった」
「あれま」
「サボりも? ずっと?」
「もちよ」
「留年するぞ?」
「そうなっても金持ちパワーで楽勝よ」
「いいなー、金持ち」ウメちゃんはただ言ったようだ。
私はニヤリと笑って、「でしょ? このクソボケ貧乏が」
ウメちゃんは肩をすくめた。「ひどっ」
二週間後の朝、私は札幌駅南口広場でウメちゃんを待っていた。人いないな、と珍しく思いながら。
「そこの女の子」
背後で声がした。私? 振り返る。
若い女がいて、「あなたを正しに来たわ」と、真面目な顔で言った。
「正す?」
「一週間前、あなたは同級生らしい子に暴言を吐いたわ」
暴言?
覚えてないなぁ……
「私はあなたを調べた」女は続ける「その結果、あなたは正されるべきと判断されたわ」
私は首をかしげる。「正すってどうするの?」
「殺すのよ」女性は平然と答えた「それしか方法はないの」
私はうんざりした。朝から何よ……
視界が真っ暗になる。
何!?
いや、この感覚は――
「布よ」女性の声がした「それで視界を奪った」
「なるほど。落ち着けたわ。私の勝ちね」
「何?」
「こんな小細工しなきゃいけないんだから」
〈それだけじゃ勝てない〉
頭の中で声!? 女?
〈イメージして。勝った時を〉
イメージ?
するか、他に手立てないし。
私はイメージする――日本刀で袈裟斬り。
その瞬間、視界が元に戻った。
「私の負けね」女性は悔しがる。負け? 見る限りなんともなさそうだが。まぁ、そう言うならそうか。
「でもこれで終わりじゃない。後続が来るわよ」女性はニヤつく「アンタは終わりよ」と、去った。
やがて、ウメちゃんが来た。挨拶を交わすと、私はさっきのことを話した。
「よかったじゃん」ウメちゃんは言った。
「よかった?」
「解決策あって。後続が何人いようがいけるじゃん?」
「そんなもん?」
「私にはあの子の方が心配」と、ウメちゃんは一方を指差した。
右腕のない、同年代の女の子がいた。つまらなそうな顔をしてどこかを見ている。
「あの子が心配?」
「自殺しそうに見えない? どうにかしたくない?」
どうにか?
なら。
「アイディアがあるわ。待ってて」と、私は女の子に近寄る「おは。片腕なまらないじゃん。どうしたわけ?」
「事故」相手は沈んだ調子で答えた「何?」
「名前は?」
「ミナコ」
私はその顔をひっぱたいた。
「何するのよ?」相手は困惑する。
「私はキサト。悔しかったら元気出してやり返しに来な」
と、私はウメちゃんの元に戻る。
「どう? 私のアイディア」
「さいてー」と、ウメちゃんは呆れ果てた。
一ヶ月後の朝、札幌駅のカフェでウメちゃんは、
「そういえば前にイメージとか日本刀とか後続とか言ってたじゃん? 何人返り討ちにしたわけ?」
「忘れた」私は答えた「来たかすら。あんま興味ないし。まぁ、誰だろうと“シャイニング・アンサー”の餌食よ」
「はっ? “シャイニング・アンサー”?」
「日本刀の名前よ。“土産”」
「はぁ」と、ウメちゃんは呆れた顔「愛着あんじゃん。来てたんじゃね? 後続」
「そうかもねー」
「今レベルなんぼ? “シャイニング・アンサー”使って」
「うーん、レベルエイトかな」
「そのマックスは?」
「レベルエイト」
「マックスじゃん。つまんなくない? セブンにしとけ」
「そうするー」
「思ったんだけど、今から散歩しない? ダイエットしてんだよね」
「オッケー」
私達は札幌駅から大通り公園のほう――南――へ歩き始めた。
その途端、目の前の老婆がうずくまった。
「大丈夫かな?」ウメちゃんが私に言う「ちょっと声かけてみてよ」
私? 仕方ないな。
「大丈夫ですか?」私は声をかける。
老婆は顔を上げる。なんでもなさそうな表情をしている。
「私はこれから死ぬわ」老婆は穏やかな表情で言った「良い人生だった。変わりなさい。良い人になりなさい。さすればあなたも良い人生を送れるわ」
はぁ? 指図されて私はムカついた。
「さっさと死ねよ、ババア」
するとババアは顔色を変えずにゆっくりと目を閉じた。
……死んだ?
翌朝、札幌駅のホームに特急が停車する。私とウメちゃんはそれに乗り込む。私は指定席のシートを回転させてウメちゃんと向かい合って座る。
「混んでんね」私は言う「四席予約しといてよかったー」
「うん。それよりサンキュー」ウメちゃんは言う「付き合ってくれて」
「むしろこっちがサンキューよ。飽きたらすぐ言って。私、全然気にしてないから。死んだ見ず知らずのババアのことなんて」私は肩をすくめる「目的はやっぱり暇つぶしってことよ。行き先決めた?」
「ううん。やっぱりなんとなくでいいわ」
「あの」同年代の少女が話しかけてきた「今の聞いたよ。使わないなら席座っていい?」と、快活に聞く。
私は、「度胸あるじゃん。私の隣いいよ」
「ありがとう」と、少女は座った「私はモンコ。宗教家なんだ」
宗教家? 簡単に言うな。ますます気に入ったわ。
「面白いな。アドバイスちょうだいよ」
「アドバイス?」
「人生の。したっけ語るわ、私のこと。したっけアドバイスちょうだいよ。あっ、どこで降りんの?」
「名寄」
「十分語れるわ」
「待って。聞いたからってそんなすぐに答え出せないよ」
「そりゃそうだ。メアド教えて。メールでいいや」
数時間後、私とウメちゃんは終点の稚内駅で降りた。ウメちゃん、急に海が見たくなったからだ。
その日、私達は稚内のホテルに泊まった。
翌朝、私達は音威子府駅で鈍行を降りた。駅舎で名物の蕎麦を食べるためだ。
潰れてる……。シャッターには閉店の張り紙があった。
「マジショック」ウメちゃんは肩を落とす「ごめん、キサト」
「仕方ないよ。思いつきは全然悪くなかった。帰ろ?」
「腹減らない? なんか食ってから乗ろ?」
「オッケー」
駅員に食う場所を聞くと、今の時間はコンビニで買って食べるしかないと言われた。コンビニは村の入口、歩いて十分くらいらしい。
駅前の通りから国道沿いに出て左を見ると、なだらかなカーブの坂の上にコンビニが見えた。
と、向こうから歩いてくる若い女がいて、
「あなた達もミスったの?」と、コンビニの袋を私に向けた。
この声、どこかで――
「食べる? キサト」女が言った。
私は驚いた。「どうして私の名前を?」
「あなたの両親を知っているから」ウメちゃんを見る「あなたもどう?」
「何買ったの?」
「パンと豆乳」と、女は袋をウメちゃんに渡す。
「なぜ両親を知ってるの?」私は聞く。
「支援してくれたからよ。そうだ、キサト、私の仲間にならない? そうしたら――」
「仲間? ヤダ」私は遮った「群れるの嫌い」
「残念ね」
視界が真っ暗になる。
私は落ち着いて、「どういうつもり?」と前にいるだろう女に聞く。
〈足りないのよ、お金〉
――なるほど、アンタだったのか。
〈だからあなたの財産をもらう。そのための暗闇よ〉
ふっ、バカめ。
と、私は“シャイニング・アンサー”で斬りかかるが、瞬間、辺りが真っ白になった。
小細工か。と、私はイメージし直す――できない。どうして?
〈私はできる。だからあなたは終わり〉
終わり?
〈そう。まったく、レベルエイトが聞いて呆れるわ〉
「レベルセブンよ」
ウメちゃんの声が聞こえた途端、女の片方の頬が赤くなっているのを見た。元に戻った。
「負けたわ」女は肩をすくめる「さようなら」と、駅のほうへ行った。
「何をしたの?」私はウメちゃんに聞く。
「はたいた。で、勝ったらしい」
「やるじゃん」
「でしょ?」
正午、私達は昼食のため名寄駅で降りた。
改札口を出ると、モンコがいた。
「奇遇じゃん」私は声をかけた。
「よかった。会いたかった」と、モンコ「貸して」真剣な顔で言う「“空き部屋”を」
「ヤダ」私は即答した。
「どうして?」モンコは慌てる「“全て”を貸して」
「無理。力ずくすれば?」
「私はそういうことはしない」
「なら神頼みでもしてなさい」
「どうして断るの?」モンコは怪訝な表情で聞く「宗教嫌いなの?」
「別に」
冬の朝、特急は札幌駅を発車した。車内は私達だけ、向かい合って座っている。
「サンキュー」発車直後、ウメちゃんは疲れた様子で言った「わがまま聞いてくれて」
「いいよ、こっちもちょうどよかったし」
「まだ“臭う”の?」
私は首を横に振った。「稚内には何しに?」
「自殺するために」
「……えっ? はっ?」
「マジだよ」
「何でよ? 病気?」
「違う」
私はふっと笑った。「なら死ぬ必要ねーじゃん。私とずっと一緒にいな。はい、これで解決」
「無理だな」
「たわけボケ、特急貸し切ってんだぞ?」
「心の問題だよ」
「あっそ」私は呆れた「今日死ぬの?」
「そのつもり」
「なら静かにしてるよ。望み通り。でもこれだけは言っとく。死ねなかったらウメちゃんは私のもんな」
「ありがとう」ウメちゃんは苦笑した。
数週間後の午前中、二人だけの、札幌の駅ビルの展望台――約百八十メートルの高さにある――で私は答えた。
「晴れてるけど遠すぎてよく分からないわね、小樽港。ウメちゃんは?」
「分からない。――キサト、自殺したかった理由ね、アンタと似てるからよ」
「はっ?」
「良心のってやつよ。気の迷いね。アンタはない?」
「ない」即答した。
ウメちゃんは苦笑した。「悪いわね」
「悪すぎる!」
誰!?
急な怒声に私達はそちらを見る。
ミナコ!?
腕がある!?
ピストル!? 私に向けられている。
「アンタ誰?」私が聞く。
「ミナコの妹だ。姉はアンタに殺された!」妹は私を睨む「許せない!」
「はぁ? 勘違いだわ。部屋を間違えたあの子が悪いのよ」
「部屋を間違えただけで死ぬか! アンタが悪い! 死んでもらう!」レベルエイトだろうと不一致なら関係ないな、と妹は笑い、銃口をウメちゃんに。
「何をする気!?」私は戸惑う。
「こっちから死んでもらう。復讐だからな」
次の瞬間、妹は消えた。
どういうこと?
〈キサト〉
この声は音威子府の!?
〈問題は私が解決したわ〉
どうして?
〈恩返しよ〉
私はほっとした。「ウメちゃん、もう大丈夫よ」
「ふぅ、マジで焦ったー」
「ごめんって」
ウメちゃんは微笑する。「サンキュー、ヒーロー」
「ヒーロー?」
「ヒーローじゃん?」
「――ふふっ、そうだね。いいじゃん、それ」
良いことをされると嬉しい。
私は良いことをしたい。
ウメちゃんに。
私はヒーローになりたい。
それからしばらく景色を見て、エレベーターに乗った。
「捨てたら?」ウメちゃんは言った「“空き部屋”」
「――ヤダ。私、ヒーローだから」
「はっ?」
「そっちのほうがよりヒーローを感じない?」
「――そうかもね。じゃ今夜も頼む」
「あら大胆」
ビルを出ると、「じゃ夕方くらいにウチ来て」私は言った。
「オッケー」
「またね」
「うん」
別れた。
さて、行くか。
その日の夜、ウメちゃんは私の自宅――タワマン――の前に現れた。
「遅かったじゃん。心配でここで待ってたわ。どうしたわけ?」私は聞いた「浮かない顔してるね」
ウメちゃんは溜息をついた。「店員が最悪だったのよ」
「店員?」
ウメちゃんは頷いて、「で、死にたいわけ」ふと下を指差す「“部屋”入りたい」苦笑する「もう嫌だ。こんなんじゃ生きて行けない。疲れた」
どうしよう、どうしよう――
「キサト、私を見て」ウメちゃんは言う「――ヒーローはヒロインを救うものでしょ? だからお願い」
ヒロイン!
私はハッとした。
「分かったわ」と、私は上を指差す「連れて行ってあげる」にやりと笑う「“天国”に」
――私はヒーローになった。
〈了〉