5話 薔薇の悪魔
5話となります。
主人公の前に現れた女の正体とは一体なのなのか。
ぜひ最後までご覧ください。
震えたような声で私に話しかける。前髪が邪魔をしてはっきりと顔は見えなかった。
「え…ああ、ないが、あんたは…」
「そうね…薔薇の悪魔と言えばわかるかしら」
「あんたが薔薇の悪魔…ふざけるな!」
「…」
「あんたのせいで私はここに生まれた時から閉じ込められていた! 18年もやつらに奪われた。おかげで私は何も知らない。外の世界も、自由も、あんたのせいで、あんたの…」
何かが切れたかのように目から涙があふれだした。雫が無機質な床に弾けて一瞬で消える。立っているのがやっとの私は、涙をこらえることすらままならず、肩を小さく震わせ嗚咽をもらしていた。
「…そうね。ごめんなさい。謝ったところであなたの奪われた時間は戻らない…」
何かを食いしばるような声で私にそう話す。謝られている気は全くしなかったが、もう怒りをぶつける気にもなれなかった。
「逃げなさい」
「…は?」
この時のために用意してきた言葉のように女はきれいな声で言い放った。そんな声に私はたった今拾ったばかりのような言葉を醜い声で答えてしまった。
当てなんてない。そもそも私は外の世界を知らない。
「何を言って…」
「時間がない。連中もすぐここに来てしまう。走れる?」
「…なんとか」
もう涙は出なかった。
真っ暗だった私の世界に激しい音と光が入り込む。私の歩くべき道が真っ赤に染まって見えるような気がした。
「さあ、こっち!」
女は私の手を引き、扉の方向へと走り出した。私の手首をつかむ彼女の手はどこか暖かく、心が落ち着くような温もりがあった。
「これを壊せるのか…」
扉の穴を目の前にしてそう呟いた。
「ええもちろん。薔薇の悪魔の異名は伊達じゃないのよ?」
得意気に答える。
「私の青い火よりもすごいんだな…」
「あなた、もう力が…?」
「ああ、さっきな。でもどうやってやったのかわからないんだ」
「そう…」
扉をくぐり、暗い道を走る。松明の光を辿って出口に向かう。
「おい! とまれ!」
私が囚われていた場所の手前で鎧を着た人間に見つかってしまった。私たちの姿を見るや否や手に持っている槍の矛先を私たちに向け、走ってこちらに向かってくる。
「離れて」
女は私の手首を離し、私を遠ざけると右腕を振り下ろし、赤い炎を腕に纏い、それを人間に向かって放り投げた。
爆発音とともに二人の人間が後方に吹き飛び、動かなくなった。
「もうここまで…急がないと…」
目の前の女は独り言のようにぼそっと呟くと、私たちが走ってきた方向を振り返り、手のひらから何かを飛ばすように息を優しく吹きかける。すると目の前に大きな赤い花が地面から生え、道をふさぐように壁を作った。
「…これが薔薇」
「…さ、急ぎましょう」
「ああ…」
どれだけ走ったのだろうか。いや、実際のところ大した距離は走っていない。だが、追われているという緊張感、そして先の体の異変が相まって必要以上に体力を削られているのだ。息が異様にあがり、肩を上下に揺らしている。
少しずつ、これまでの空気が軽くなっていくのを感じる。外が近いのだ。空気は色を失い、澄んだ空気が少しずつ体に染み込んでいる感覚だ。
いくつかの小さな部屋を抜け、出口も目前というところで大きな部屋に出た。そこで女は立ち止まり、私を自分の左腕で制止させた。
呼吸の荒い私も目の前の状況に理解できた。
左目のない白髪の人間が部屋の中心に立っている。あの人間だ。
「…久しぶりだな、薔薇。18年ぶりか」
5話いかがでしたでしょうか。
薔薇の悪魔と左目のない人間の関係性とは一体...
6話もぜひご覧ください。