ep.ルドside1
ガタゴトと馬車に揺られながら、僕はてんとう虫のブローチを眺め、次いで目新しい指輪型の通信機を見る。
石が付いた飾りの方を、手の平側に装着するとルドガーに説明されたのを思い出しながら、右手の中指に嵌める。
これで多少距離があっても話せると聞いて、魔法とは本当に不思議なものだと思った。
ハンナちゃんとライトが旅に出てから、気がつけば3年も経っている。
当初はお試しの話だった旅。当時の冒険者の先輩とも卒業し、旅先で縁のあった2人を新たに加えて5人で移動しているらしい。
冒険者のランク付けでは早くもC級らしく、貴族パーティとの噂も相まって軽く有名になっているそうだった。
「ルーウェン家はホント、自由だなぁ」
ははっと独り言のように笑って、僕は息を吐き出す。
そうは言っても、ライトの最終目的地は冒険者ではないだろうし、それはハンナちゃんやルドガーも同様だ。
冒険者だって甘くない。否定する訳でもないけれど、貴族に生まれながらわざわざ危険な環境に身を置く必要なんてない。
今はいいかも知れないが、ずっと続けられるものでもないし、大きな怪我どころか命を落としたらそれこそそれまで。
働くのではなく、働かせるようにコントロールするのが貴族と言うものだ。
「隣の芝は青いってやつかな」
ブローチを胸に戻し、1人呟く。
僕は打算的だ。
商売を生業にしている家に生まれたこともあって、自分や家にとってのメリットには鼻が利く。
ハンナちゃんと会って、ルーウェンと言う名にピンと来た。その後、ライトからハンナちゃんを図書館で匿ってから確信になる。
古くから広い土地を治め、次期当主予定の長男はやり手。そして代々剣技に秀でるルーウェン家と縁を繋ぐことに、地盤がまだ浅いヴァレンタイン家としてはメリットしかない。
ハンナちゃんは結果的に抜けていると言うか、ちょっと変わった子ではあったものの、僕から見れば悪い意味での変人でもない。
素直そうないい子だし、僕の責任も少なからずあったから、馬車の中での求婚は本気半分、流れ半分。
求婚が万一現実となっても、ルーウェン家と繋がりが出来て、ヴァレンタイン家にとって悪い話しばかりでもない。と言うのが正直なところだった。
結果として予想外の顛末も多かったけれど、ルーウェン家自体とも顔見知りになり、ライトやルドガーと名前で呼び合う間柄になったことは僕の中で大きい。
現に旅先のルドガーから託される魔具の運搬は、現状ヴァレンタイン家が独占している状態であり、馬鹿に出来ない利益を上げ続けているのだから。
「こうして試作品の通信機の話しまでくれるしねぇ」
窓から差し込む光で煌めく指輪の石を眺めながら、ルドガーの言葉を思い出す。
「魔具の類は高価で特殊だからこそ、何かとトラブルになり易い。信頼できる者に託せて安心だ。請け負ってくれて感謝する」
時折3人が近くに滞在する際に定期的に呼ばれ、顔を見るついでに魔具と金銭の受け渡しを行ってまた別れる。
比較的小綺麗にはしているが、貴族として生活していた時のようにはいかない身なりの3人は、けれどいつ見ても生き生きとして楽しそうに見えた。
ハンナちゃんは傷や病気に効く薬草の知識と共に、資材が少ない場での手当てや看病などの技術に力を入れている。
更にはその持ち前の慎重さを発揮して、無理のない工程で危険を犯さず、けれど着実に成果を上げることに長けているそうだ。
僕が感じていたおどおどとした雰囲気は会う度に息を潜めて、少しずつ蓄積する自信がその瞳を輝かせていく。
ライトとルドガーは、言わずもがな。
先ほどまで見ていた距離の近い2人の姿を思い出し、僕は1人息を吐く。
「そろそろ見合いでもする頃合いかなぁ」
当初にあわよくばと目論んだことは贔屓目に見ても大成功。十分過ぎる成果だった。
固執する理由だって、もう何もない。この関係をきちんと続けていけば、いいだけーー。
ギャァと叫び声がして、にわかに外が騒がしくなる。
僕はギョッとして、急ぎ側に立て掛けてあった剣を手に取った。早鐘を打つ胸で、兄の言葉が脳裏をよぎる。
「旧知の顔に会いたい気持ちもわかるが、金を生む所には危険が付きものだ。くれぐれも気をつけろよ」
ドクドクと鳴る心臓を感じながら、滑り落ちる汗に喉を鳴らし、右手を握りしめて、念じる。
兄の言う通りに人に任せておけば良かったのかもしれないと、少し後悔した。
バンと荒々しく開かれた馬車の扉から、ニュッと何本もの剣先が差し入れられるのを見て僕は後退る。
「出ろ」
短く命令され、僕は降伏を示すように両手を上げた。
「……女か?」
「ばか、男だよ、よく見ろ」
馬車の外では顔を隠した屈強な男たち4人が僕を警戒したままに取り囲んでいた。
視界の端に倒れた従者と護衛の姿が見えて、僕は静かに眉をしかめる。
奪われた剣の切っ先をつきつけられたままに、林道の茂みに追い立てられた。
「膝をついて、腕は後ろに回せ」
多少の武術は習いもしたが実戦経験は無いに等しく、ましてやこの多勢に無勢ではまず勝ち目などない。
不幸中の幸いは、3人と落ち合った街からそう離れていないことだけだった。
「荷物は全部回収したぞ」
1人増えたなと、やけに冷静な頭の隅で考える。
「こいつはどうするんだ、ヴァレンタイン伯爵の息子だろ」
「殺すに決まってんだろ」
「……噂には聞いてたが、本当に綺麗な顔をしてるんだな。そこいらの女よりだんぜん抱けそうだ」
「バカ言ってんじゃねぇよ、こんなナリでも男だぜ」
下衆な話で盛り上がっている最中、ぐいと荒くアゴを掴まれて上向けさせられる。
「…………確かにここで殺すにも勿体ねぇ顔だな……」
終始口を開いていなかった、特に身体の大きな男がおもむろに口を開いた。そのヒゲ面の目の奥が、不穏な光を抱いたことに気づく。
「……ちょっと味見でもして外国にでも売り飛ばすか……」
「マジすか兄貴」
「え、俺もいいっすか」
「ばか、お前調子乗んじゃねぇよ」
にわかに色めき立つ周囲に、僕はやれやれと息を吐く。
金品だけに飽き足らず、女どころか男にまでも邪な欲情を持つような輩がゴロゴロといる世界。そんな所で身一つに、毎日よくやれるなと妙に感心する。
「……僕、色々うまいと思うけど、試してみる?」
「はーー……」
にっこり笑った僕の笑顔の先で、他1人を巻き込みながら兄貴と呼ばれた男が横にふっ飛んだ。




