54.行方
「ヴァーレン様も、やはりあれからお休みされているんですか?」
「そうだね、あれから学園に来てるのは見たことないかな。噂にもなってるけど、どれも信憑性はわからないって感じだね」
応接室に運ばれたお茶と、サラサとルド様に頂いた流行りのお菓子をつまみながら、私たちは近況を伝え合っていた。
「界隈にも、ヴァーレン侯爵家関連の正式な情報は今のところ出回ってはおりませんね。家門からお尋ね者が出た以上、ごたついているでしょうし、単純に今は火消しに走っているのではないでしょうか?」
2人の話しでは、お尋ね者の第二夫人の兄弟の行方は今も知れないままだと言う。
「まぁあのヴァーレン家ですし、現当主もご健在ですから、このような事態となってもお家を揺るがす問題とはならないでしょう。……と、予想はできますが……」
「え、そうなの……?」
まぁまぁ他の貴族まで巻き込んで大事な事態ではありませんか? と巻き込まれた本人としてつい口を挟んだ私に、サラサは事もなげにサラリと続ける。
「えぇ、ヴァーレン家はそれくらい何代も前からこの国に存在意義を示している家柄ですし、それだけの功績と役割を得ています。それに、お家騒動の鎮火は昔からお得意のはずです」
「……ど、どういうこと?」
聞き捨てならない言葉に、私は口を挟まずにはいられない。
「ヴァーレン家のお家騒動……と言うか、ゴタつきは今に始まったことではないんです。代々と言いますか、毎世代と言いますか、黒魔術の家系と言うことで国の内外から比較的矢面に立たされ易い存在ですから、不穏な噂は昔から絶えません。存続の意味も込めて一夫多妻制を取っているヴァーレン家なのだと思いますが、現に当代でも後継者候補は多かったはずなのに、行方不明やら不審死やらによって、現段階でルドガー・ヴァーレン様とお尋ね者のロデオ・ヴァーレン様のみになっているのがその証拠です」
「ーー……やっぱりそうだよね……」
以前に戦慄したヴァーレン家の家系図を思い出す。夫人と子供が多い大家族のはずなのに、表面的な情報をさらうだけで恐ろしい事態になっていた。
「敵が多い故に血筋を絶やさぬように世継ぎを多くした。けれど結果として、それが世継ぎ同士で争い合う原因にもなるし、難しいもんだよねぇ」
「……今回のことは正にそうですしね……」
貴族のサガだよねぇと困ったように頭を振るルド様を見遣り、私はローブの男ーー行方不明を自演していたと言うバレットだったかに宣言された言葉を思い出す。
明らかにヴァーレン様への敵意から、その弱点として攫われた結果に、虚しいやら悔しいやら、やるせ無いやらで私はやりどころの無い感情を持て余した。
「代々そんな家系のようですから、不審死でも行方不明でもヴァーレン家が自ら調査した上で、事後報告と言うのが習わしだったようです」
「え、それならやりたい放題にならない……?」
ギョッとする私に、サラサはコクリと頷く。
「信頼されていると言えば聞こえはいいですが、それがヴァーレン家の持つ権威とも取れますね。……実質、黒魔術という分野では外野が真実まで辿りつけない……と言うのも本音かも知れませんが」
「……な、なるほど……」
「ヴァーレン卿だけを見てると、そこまでやばい家系とは思えないんだけどねぇ」
困ったように笑うルド様に、なるほどこれは一般常識に近いのか? と私はいくらか反省する。
「とは言え、良きに計らえもあくまで身内の有事についてのみ。さすがに、今回のように他貴族を巻き込んだ事態は何かしらと調査が入るはずです。……し、私が煙に巻かすつもりはありませんしね」
にっこりと美しい笑顔であるのに、物言わぬ空気を醸し出して物騒なことを呟くサラサを、ルド様の手前私はあせあせと押し留める。
「……でも、ヴァーレン家の家系図を見た時からあんなに不審な事件事故だらけなのに……もちろん血筋とか、狙い易いとか、他にも理由はあると思うけど、嫁いだ令嬢や、ルドガー様以外の奥方様については比較的無事みたいだったから、少し気にはなってたんだよね……。元は嫁いできた他貴族だから、できれば大事にしたくなかったってこともあるのかな……?」
「……理由の1つとしては十分あり得ると思いますね。ヴァーレン家に嫁げる時点である程度名のある貴族でしょうし、場合によってはヴァーレン家の問題として内々に処理することはできなくなりますから」
「……」
「どうかされましたか?」
黙る私の顔を、サラサが覗き込む。
「……ううん、何でもない」
「ーーそうですか……?」
こちらを見遣るサラサに、私は大丈夫と重ねて伝えた。
私は2度会ったローブ男を思い出していた。最初に会ったローブ男はロデオ・ヴァーレンで、本心ではこんなに大事にするつもりはなかったんじゃないかと、私はぼんやりと考える。
問答無用に殺しに来たバレットは好戦的で、その状況を楽しんでたようにも見えた。同じ格好で顔もしっかり隠して現れた2人だが、同一人物とするには拭えない違和感が残る。
でもそうであれば、人手が2人いたのにわざわざ危うい見張りを雇ったことが、いくらか不思議でもあった。そんな考えても仕方のない問いが残る。
不穏分子を入れるリスクを上回るメリットか要因か、罪でもなすりつけようとしたのか? それならば姿を見せる必要はなかったはずだし、はじめから命を取るつもりなら牽制の必要もない。2人の意見に相違があった。もしくはそうせざるを得ない理由がーー……?
「そう言えば、バレットであると言うのはどうしてわかったのですか? まさか名乗りませんよね?」
サラサの問いかけに、私は思考を中断させて視線を合わせる。
「バレットと対峙したライト兄様とアラン兄様が顔を見たそうで、アラン兄様が高等部に通っていた時に1学年下のバレットの顔を覚えていたって。当時から家柄と粗野な感じが印象強かったらしいし、アラン兄様は多分、顔を間違えないと思うから」
「なるほど、アラン様は人のお顔を覚えるのがお得意と仰ってましたね」
「……ルーウェンと言い、ハンナちゃんと言い、皆んな多才だねぇ」
感心したように目を丸くするルド様と、サラサを順に見て私は口を開く。
「ひとまず2人のことは様子見しかないと思ってるから、もう大丈夫。ただ……」
「ヴァーレン卿ですね」
「うん。私が人質の時に私を庇って呪いを受けたと聞いたし、理由……は正確にはわからないけど婚約破棄と知らせがあった……。元々ヴァーレン家と懇意な訳でもないから、これ以上は今はわからなくて……」
「……ハンナはどうしたいのですか?」
「……わからない。でも、もう一度話せるなら、無事を確かめたいし、私を助けてくれたお礼を伝えたい。だから、ヴァーレン様のことでもし何かわかったら……教えて貰えると嬉しい……」
私が見つめた先で、サラサはニコりと笑んで私の手を取る。
「もちろんです。調べてみますわ」
「サラサ・グレイヴ令嬢には及ばずながら、僕も色々聞いてみるね」
ルド様はにっこりと笑ってウインクをする。
「ありがとうサラサ、ありがとうございますルド様……っ」
「僕たち茶飲み友だちなんだからもっと気楽に言ってくれればいいのにぃ。ハンナちゃんは真面目だなぁ」
「そこがハンナの良いところですけどね」
ぺこりと下げた頭の上から降りてくる2人の言葉に、私はへらりと滲む笑顔を向けた。




