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【完結】前世の男運が最悪で婚約破棄をしたいのに、現れたのは王子様でした?  作者: 月にひにけに
第二章 侯爵家の秘密

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50.束の間 ⭐︎

「では我々は周囲を固めて進みます」


「はい、お願いします。追撃があるとも限りませんので、なるべく早く、注意して進んで貰えると助かります」


 ルド様に、いわゆるお姫様抱っこと呼ばれる体勢にて、アラン兄様がつけた護衛に囲まれる形で暗い山を降りた。


 その後そこで待たされていた遣いの者から用意されていた馬車と数頭の馬を受け取り、ルド様が護衛の人たちにテキパキと指示を出す。


「お嬢様っ! ご無事でよかったです……っ!」


「マリー……こんなところまで……一緒に迎えに来てくれてありがとう……っ」


 屋敷のメイドの1人ーーマリーが馬車から顔を出し、その顔色が見るからに変わるのがわかった。


「ヴァレンタイン様、お嬢様をお願いできますか? 少し湯と布を貰って参ります」


「まだ危険かもわかりません……急いで下さい」


「承知致しました。すぐに戻ります」


 そう言って一目散に走って行くマリーの背中を、2人で見送る。


「……ハンナちゃん、おつかれさま。僕でもよければ近くにいるけれど、落ち着きたいだろうし、僕も馬車の外から一緒に向かうね。ちなみに乗馬は得意だから安心して」


 馬車内の座席にそっと降ろされ、肩で息をしつつもいつも通りの雰囲気でウィンクするルド様を見遣る。


 額から流れ落ちる汗を袖口で拭い、ルド様は荒れた息を落ち着けようと努めているようだった。


 そんな有様であるにも関わらず、緩んだ胸元と腕まくりが眩しい。自身の有り様とそんなルド様を勝手に比較して、気持ちが凹みそうになるのを、私は気づかないふりをする。


「……あんな山道を、ここまでずっと運んで頂いて申し訳ありません。重かったですよね……ありがとうございます」


「何言ってるんだい。役得はハンナちゃんを合法的に抱きしめることができた僕の方なんだから、いやはやむしろありがとうは僕のセリフだよね。それに抱きしめてるのが嘘みたいに軽かったから心配する必要もないよ」


 あははーとあがった息の上に汗だくで笑うルド様を、しばし呆気に取られて眺めた後に、私は思わずふふふと笑みが溢れる。


 時間にすれば半日程度なはずなのに、ひどく久しぶりに笑った気がした。


「ハンナちゃん……」


「ーー……ごめんなさい、緊張が緩んでしまったみたいで……っ」


 笑ったついでに目から溢れた涙を慌てて拭うと、ルド様に優しく頭を撫でられて更に涙が出た。うぅと唸りながら涙を必死に押し留めつつ、私は逡巡する。


 ルド様は私に気を遣って馬車の外にいると言ってくれているように思うが、他貴族のご子息にこんな危険な最中で何か起こっては目も当てられない。


「……あの、まだ、少し……落ち着かなくて……もしご迷惑でなければ、ルド様も一緒にご同乗頂けると……安心するのですが……」


 少し思案した後にポツリと頼りなさげに呟いた私の言葉に、ルド様は本当に? と念押しをする。


 私がもう一度頷くと、それなら断る理由なんてないよ。とニコリと笑んで、周囲の護衛に指示を出した後に私の対面へと乗り込んだ。


「お待たせ致しました」


 次いでビンに入れた湯と布を抱えて戻ってきたマリーも、馬車へと乗り込む。


「出してくれ」


 一言かけたルド様の言葉に、馬車が音を立ててゆっくりと動き出す。


 馬車の中でマリーが、ルド様の手前比較的に支障のない手足や顔などの部位を険しい顔で優しく拭ってくれた。


 動き出しはしたものの、馬車内の気まずい空気に私は羽織っていた衣服を引き寄せる。よく考えるとこんなボロボロの身なりでルド様に対面するのは失礼に当たるのではなかろうか。


 うーんと視線を泳がした私は、ふと右手首に残る縄の跡に気づく。最後に力任せに引き抜いた手首は、荒い縄で荒れて赤く擦りむけていた。


「痛いですよね……」


「ううん、少し擦れただけだから、大丈夫。ありがとう」


 マリーに気遣われながら拭われた右手首は思っていたよりも痛み、私の身体はピクリと反応する。


 ふと、今まで気づかなかったが、羽織っていたのは昼間にルド様が着ていた青地生地の上等な上着であることに、今更ながらに私は気づいた。


「……こんな上質な上着をまたお借りしてしまって……。本日お返しするはずだった上着も、もしかしたらどこかへ落としてしまったかも知れません……申し訳ありません……」


 攫われる時に持っていたはずの学生服の上着の行方は、今や知れない。


「……上着の1枚や2枚気にもしないよ、謝る必要なんてないさ。……それよりも、僕が側を離れてしまったばっかりに…………本当にごめん……」


 そう言ったルド様はそっと私の右手を取って、ひどく傷ついたように、辛そうに顔を歪めて頭を垂れた。


「ーー無理を言って離れたのは私ですから。それに、ルド様が私がいないことに気づいて下さったのでは……? 助けに来て下さって、こんな時間までお付き合い頂き……本当にありがとうございます。……あのフードの男は、私や私の家族をよく知っている風でした。……多分、何らかの目的で最初から狙われていたんだと思います。そのタイミングが、たまたま今日だっただけで、多分ルド様を巻き込んでしまったのは、私の方なんだと思います……」


「ーー…………それでも、ごめん」


「ルド様、そんな顔をされないで下さい」


「ーーハンナちゃん……」


「……それに、こんな身なりではとても信じて貰えないかも知れませんが、私、何とか1人で逃げて来られたんです。……好きなんかには、させてやりませんでした。アラン兄様の頭の良さや、ライト兄様の剣の才や、世渡り上手なニースのように、私には誇れるものはありません……。それこそ、()と言うことしか、なかったんですけど……」


 えへへと笑んだつもりなのに、思っていたよりも積み重なっていた疲労と、自身で何も考えずに口にした話の雲行きで、うまく笑えていないような気がした。


「もちろん運は良かったですし、そもそも皆様に助けられたから、今ここでルド様とまたお会いできているのですが、それでも、少しだけ、自信を持てたんです」


 私の捜索に人を大勢駆り出してくれたのは、既に感じていた。いずれ何らかの噂は出回るはずで、悪い噂ーーしかも、ならず者に攫われた年若い貴族令嬢の噂など、おヒレがついて瞬く間に広がることは考えるまでもない。


 助けに駆けつけてくれた者の中には、ドレスの胸元が破かれた有様を見た者もいるはずで、緘口令を強いた所で人の口に戸は立てられないのは火を見るよりも明らかだった。


「ーー私、負けません」


 私は今、岐路に立たされている気がしたーー……。



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