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【完結】前世の男運が最悪で婚約破棄をしたいのに、現れたのは王子様でした?  作者: 月にひにけに
第二章 侯爵家の秘密

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47.反撃

「……ふ、よーし、いい子だいい子だ。大人しくしとけよ、約束は守ってやるからよ」


 ニヤニヤと笑いながら、無骨な男は少し思案すると椅子に縛り付けられている足の紐に手をかけた。


「紐を解いて頂けるんですか? 嬉しいです」


 少し驚いたような、嬉しそうな声を掛けると、無骨な男はフンと鼻を鳴らしてまんざらでもなさそうにニヤリと笑う。


「俺様はこう見えて優しいからな。とは言え変なことは考えるんじゃねぇぞ。俺とお嬢様じゃぁ体格も力も全然違うんだ。ちょっとばかし抵抗された所で問題にはならねぇし、痛い目にあうのはお嬢様だ。それに第一()()()()()しよ」


「……嬉しいです。実は今日お客様が見えていて、履き慣れない靴を履いていたので足が擦れて痛かったんです。脱いでも宜しいですか?」


「あぁ? 別に構わねぇよ。靴は必要ねぇからな」


 短絡的なのか、そう見せているだけなのか、余程体格差に自信があるのか、目の前の餌に思考が奪われているのか、無骨な男の脇の甘さを感じるのとは裏腹に、私の鼓動は近づくその時を感じてドクドクと速る。


 これまでのやり取りで推測する限りでは、雇われ者の2人が知らないことは多そうで、そこを最大限に利用しない手はない。


 パラりパラりと足の拘束が解かれた気配がし、強張った足が息を吹き返したようにきしりと音を立てた。


「暴れんなよ」


「……はい」


 ギロリともう一睨み、目前で睨みつけられ、身体が恐怖に覆われそうになるのを気力で必死に押し留める。


「……手は一応前で縛り直すからな……」


 落ち着け。落ち着け。大丈夫。逃げられる。今逃げられずに害されれば、どちらにしろ死んだと同義。


 腹を決めろ。弱音を吐くな。躊躇するな。怯むな。こちらを人と見ない者を、人として見るなーー。


 ふぅとわずかに息を吐き、私は静かに口を開く。


「……あの、あの雇い主様はどなたなんですか?」


 足の次は手に取り掛かった無骨な男がピクリと止まってチラリと視線を寄越したが、さして興味も無さそうに作業の続きに取り掛かる。


「あぁ? 知らねぇよ。まぁ知ってたとこで教えねぇが……。そもそもこんな裏仕事に、ご丁寧に自己紹介する奴なんている訳ねぇだろ」


「そうですね。ただ、あの方はわかって私を攫ったのかと不思議に思っていまして」


「はぁ? 何の話だ? お貴族様のお嬢様なんだから、それだけで身代金は十分ってことだろ?」


「そうですね、()()()()()()()()()()()そうだと思います」


「……あぁ?」


「あ、ありがとうございます。ひとまず靴を脱いでも宜しいでしょうか?」


「……まぁいいぜ」


 自由になった左手で、身体をかがめて左足の靴に手をかける。


「……黒魔術で有名な由緒ある侯爵家の一族を知っていますか?」


「知らねぇ。関係ないんでな。……まさかそこのお嬢様だとでも言うつもりか?」


「いいえ。私はただの伯爵家の娘です」


 右手の紐に弛みを感じる。


「なら何だ、まだるっこしい。俺は頭が悪いんでな、遠回しな話しは嫌いだ」


「失礼しました。……ただ、私はその黒魔術一族の時期当主であるご子息と、口づけもしたことのない、形式ばかりの婚約者なんです」


「……は?」


 昔どこかで聞いた。真実と嘘を織り交ぜれば、真実に聞こえると。


「この意味がわかりますか? ヴァーレン家にとっての格下貴族の婚約者など、取るに足らない、交渉材料にもならない存在です。けれど、対するその代償はどうでしょうか」


「…………」


 右足の靴に手をかける為に、更に身体を倒して右手を引く。更に右手の拘束が弛むのを感じた。


「由緒ある黒魔術一家が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()とは言え、一族に関わりのある者に手を出した者を、放っておくでしょうか? そんなのは体裁が許さないはずです。一族郎党、孫の代まで、世に名を馳せたその黒魔術を駆使してその者を追い詰めるでしょう」


「…………」


「あの雇い主とやらは、なぜ、あなた方に法外なお金を払うのか……」


 無骨な男の手が止まり、眉間に寄るシワと、その視線が私の問いかけに思案する気配を感じる。


「不思議ですねーー……」


 不安が伴う思考で、一瞬でも私から、注意が散漫になれば、それでいい。


 ニコリと笑みを浮かべたままに、私は掴んだ右の靴の細いヒールを、無骨な男の右耳を狙って力任せに打ちつけた。


 ギャッと潰されたような声がして、無骨な男が耳を庇うように右手へ倒れ込んだのを視界の端で捉えながら、紐が弛んだ右手を力任せに抜き取る。


「この……っ!」


 何事か言わんとした無骨な男を無視して、私は拘束されていた椅子の足を手加減なしに床に座り込むその目を狙って打ちつけた。


 直情型と思われる無骨な男にここまでやれば、どの道後戻りの選択肢はない。目が潰せればより良いが、今はその確認よりもーー。


「ぶっ殺してやる!!」


 床に倒れ込んだままに顔から血を飛ばしながら怒鳴る無骨な男が、恐らくクリアではない視界の中で、私と剣の持ち手を探してバタバタと両腕を振り回す。


 私はサッと身を引いて、無骨な男の腰から抜き取った中剣でその左太腿付近を力任せに切り付けた。


 ギャァと痛みに叫んで左向きに横へ転がった所で、すかさず右足首の腱をズボンの上から切り裂くと、再び無骨な男の悲鳴が上がる。


 騒ぎ立てる無骨な男は捨て置いて、私は椅子を抱えると一目散に入口へと走った。はっはっと上がる息を感じながら、私は要らぬ思考を意識的に停止させる。


 尚も後ろで怒鳴り散らす無骨な男は、足の腱を切ったことで恐らくもう追っては来られないはずで、警戒の必要は限りなく薄い。


 小屋の入り口横でクルリと壁に背を向けるようにして、剣を持ったままに椅子を身体の前で盾のようにして構える。


 騒ぎを聞きつけた貧相な男によって扉が開くのを待って聞き耳を立てると、扉の向こうでジャリとわずかに音がした。が、扉は開かない。


「おい! 開けるなよ! 小屋から逃がさなきゃ問題ねぇからな! くそっ! 絶対に許さねぇからな小娘!!」


「……っ」


 騒ぎつつも動けない様子な無骨な男に焦りを植え付けられそうになりつつも、私は落ち着け落ち着けと自身に念じながら、淑女とはほど遠い立ち回りで外開きのドアを蹴り開けたーー。




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