33.お茶会 ⭐︎
「ル、ルド様っ!?」
「昨日ぶりですね、サラサ・グレイヴ令嬢、ハンナちゃん」
やぁやぁやぁとニコニコ笑顔で踏み込んでくるルド様に気圧されつつ、スッと立ち上がるサラサを見習って私も急いで立ち上がる。
簡略的に貴族式の挨拶を済ませ、ひとまずルド様には私の横に座ってもらう形で席に着いた。
「あ、えと、お言葉に甘えてこちらのお店を使わせて頂きました。大変助かりました、ありがとうございます」
ひとまずお礼をと、私はペコリと頭を下げる。
「全然大丈夫だよー、硬いなぁハンナちゃん。僕とハンナちゃんの仲じゃないかー。ここのお店もお菓子美味しいでしょ? おすすめのお店なんだ」
「……はい、とても美味しく頂いてます」
ばちーんと綺麗なウインク付きで笑顔を向けられ、私とルド様の仲とはつまりどのような仲であろうかと考えている間に、その問いを私は尋ね損ねる。
「サラサ令嬢も甘いものはお好きですか?」
「はい、甘すぎなくて、とても美味しく頂戴しております」
ニッコリと艶やかに笑うサラサと、ルド様が、なんとなく外向けの顔でお互いに対応をしていることに、私はちょっとむず痒い。
「本日も偶然……ですね?」
「あぁ、このお店は僕と仲良くしてくれているお店だから、ハンナちゃんたちが僕の名前を出して来店したら連絡を貰えるように伝えてあったんだ」
「そ、そうなんですかっ!?」
ニッコリとしたままのサラサの問いに対して、こともなげに答えたルド様の回答に驚いたのは私1人だった。
「せっかくの女子会に顔を出してごめんね。お店を紹介した手前、挨拶したかったのと、麗しいご令嬢方の姿が幻になる前にもう一度この目に焼き付けたかったんだ……。昨日は慌ただしかったからね」
そう言って、ルド様はどこからかスススっと花が詰められた小箱を私とサラサの前に差し出す。
「こ、これは……?」
「……お花のお菓子ですか? とても繊細で美しいですね」
「えっ!? お菓子なの!?」
小箱に詰められた花に顔を近づけると、確かに甘い砂糖菓子の香りがした。
「えっ、可愛い!」
「とても珍しくて綺麗ですね」
分かりやすくテンションの上がる私と、静かにだけれど思わず微笑むように笑顔が溢れるサラサを眺めて、ルド様はホッとしたようだった。
「可憐な令嬢たちを思い出していたらこのお菓子を思いだしたんだ。グレイヴ令嬢の美しさを引き立てる紫のお花と、可愛くて明るいハンナちゃんを益々照らしてくれる白い花だよ。僕チョイスだけど、貰ってくれると嬉しいな」
「ありがとうございます、ヴァレンタイン卿」
「ありがとうございます、ルド様」
そつなく笑顔で受け止るサラサに続いてお礼を伝えると、ルド様はどういたしましてとニッコリと微笑む。
相変わらずその端正な顔から溢れる笑顔が美しい。
「2人の一段と美しい姿も見られたことだし、邪魔をしてしまう前に僕はそろそろ……」
と、そこで言葉を途切らせたルド様が、チラリと子犬のようにこちらを見てくる……気がする。
流れるような言葉とは裏腹に、帰りたくない様子に感じるのは……多分気のせいではない気がする。
「あ、もしお時間があれば……ご一緒されていかれませんか……? ……あ、サラサは大丈夫……?」
万が一噂にでもなって、サラサに迷惑をかけてしまうのだけは避けたい。
言ってしまった手前、あせあせとサラサを伺うと、サラサににこりと笑顔を返される。
「……ハンナが宜しいのでしたら、私は構いませんよ。そもそも、私ではなくハンナのお客様でしょうし」
「ほんとにお邪魔じゃないかい? だったらお言葉に甘えて、美しいご令嬢たちとひと時喉を潤していこうかな」
ルド様は、待ってましたとばかりにパッと顔を明るくさせて椅子に座り直す。
その様が思っていたよりも年相応で可愛らしく、私は溢れる笑みをかみ殺した。
そんな私の視線に気づいたのか、ルド様がチラリと私を見て、しばし何事か考えた後、照れ臭そうにニカッと笑う。
その笑顔に、私は胸がギュッと掴まれたように動揺する。慌てて視線を逸らすはめになったのは、今度は私の方だった。
「……ハンナ、顔が真っ赤ですわよ」
「ちょっ! ちょっと暑いだけだから!」
冷静に突っ込んでくるサラサの口を慌てて塞ぎ、私はバタバタと暴れて誤魔化す。
「そ、そう、ルド様! 昨日はライト兄様がご迷惑をおかけして! 大丈夫でしたかっ!?」
苦しい話題の方向転換に、けれどルド様はさほど気にしていないように、あぁと記憶を巡らせて口を開く。
「あぁー。別に大丈夫だけど、ルーウェンはハンナちゃんが大事なんだろうね。いやー詰められた詰められた」
あっはっはーと軽く笑うルド様の表情とは裏腹な話の内容に、私は耳を疑う。火照っていた血液が、今度はサーッと引いていくのがわかった。
「えっ!? ライト兄様、やっぱりルド様にも何か言ったんですかっ!?」
昨日の地獄な雰囲気のお茶会で私に詰問するも、黙る私から中々情報を得られず、業を煮やしたライト兄様は私とヴァーレン様を放置してルド様と席を外した時間があった。
結局戻って来たと思ったらそのまま解散の流れになったので、そこで何があったのか私は知らない。
「いや、本当に大したことはないよ。ハンナちゃんとどういう関係かとか、何かしたのかとか。図書館でルーウェンに会った時に誤魔化した、適当な言い訳の事実確認とか。後ろ暗いことは基本的にあまりないから、別に困らなかったんだけど、トイレの前で壁ドンされて、内容も内容だから小声で話してて、ルーウェンたらいつになく焦ってて距離が近いからさぁ。周囲の小鳥ちゃんたちの何ごとな視線がすごかったよね」
「…………」
「…………」
困っちゃうよねー。と軽く笑うルド様の言葉を聞きながら、私とサラサはその場面を静かに想像し、顔を見合わせる。
恐らくライト兄様は、女性を盛大に侍らせ、女性の扱いにも慣れていて、いかにも手が早そうなルド様に、適当にけしかけた妹が既にあれやこれやと心は元より身体まで手を出されていないかと、心底焦っているのだろう。
そしてそんな見目麗しい青年2人の壁ドン修羅場は、きっとカフェに集う女性たちの脳内に在らぬ想像を掻き立てたに違いない。
見目麗しい青年2人は知る由もない逞しい女性たちの想像力は、水面下でしかしちゃっかりと浸透している娯楽である。
その現場を想像して思わず笑いを噛み殺す私と、静かに明後日を眺めるサラサの様子に、ルド様はん? と首を傾げていた。




