31.作戦会議再び
「ちょっと聞いてよサラサーーっっ!!」
「聞いてますのでひとまず落ち着きなさい」
やっと話せるとテンションが上がった私に、サラサは相変わらずのクールさで押しとどめる。
昨日のライト兄様の突撃から一夜明けた次の日。淑女学校が終わった放課後、私はサラサとガロウさんと共にサラサの馬車に飛び乗って、街の一角にあるカフェに立ち寄っていた。貴族がよく出入りするカフェのようで、名前を名乗ると個室へと案内され、今に至る。
ちなみに、この席を手配してくれたのは実はルド様だったりする。昨日の別れ際に、ルド様からいくつか店名が書かれた紙をそっと握らされ、
「僕と仲の良いお店だから、よければ作戦会議で使ってね」
とウインク付きで囁かれた。
ルド様の好意は嬉しかったものの、正直甘える気はなかったのだが、朝からサラサに昨日の顛末をマシンガン並みに話そうとした瞬間。私は気づいてしまった。周囲の女生徒たちの全神経が私の話に集中している……ような気がすることに……。
いや、私の自意識過剰な気のせいかも知れないとも勿論思ったのだけれど、壁に耳あり障子に目ありと言うほどに、周囲からの遠慮ない視線と気配がすごすぎて、閉口するほかなかった。
思い当たることと言えば、昨日のルド様の訪問くらいしかないが、その影響がここまで出るとは正直思いもしておらず、王子様の影響力の底知れなさを思い知る。
その異常さはサラサも勿論気づいたようで、ひとまず話すことを止められ、内容が内容でもあるだけに私も押し黙らざるを得ず、話したくても話せないというフラストレーションを抱えたままに、色々なものがはち切れそうになって今に至った。
「ちょっと、何あれ。気のせい? 私の自意識過剰? みんなこっち聞いてなかった!?」
「私も驚きましたけど、みなさん気にされてたように感じましたね。まぁ、昨日あれだけ目立って、あんな目立つ殿方に手を引かれてどこかへ馬車で走り去れば、噂は止められないとは思いますけども」
「にしてもここまでなるっ!? 何でもないのに!?」
「まぁ何でもあるかないかは、外野にはわかりませんからね。……更に言えば、ハンナたちが出かけた後に、ハンナのお兄様とヴァーレン様もお見えになって、一騒ぎして去っていきましたから、たいして娯楽もない学園内の噂をさらうのは造作もないですよね」
「何それ、聞いてない」
サラサから初めて聞かされた内容に、私は目を丸くして身を乗り出す。
「ハンナが去った後、少したってからお兄様方も現れて、ハンナを尋ねに来たんです。ルド様の訪問の熱が冷めやらぬままの新しい訪問者さんに皆さん色めき立ってしまって……ほら、お兄様も男前ですし、ヴァーレン様も仮面もあってお顔は見えませんが、雰囲気的に目立ちますから……」
「……ライト兄様なんかちょっとだけ顔がいいだけ男よ。ほんと遠慮なくてガサツなんだから。どうせ色めき立つならアラン兄様の方が断然素敵よ」
ライト兄様は黒髪黒目で、少し吊った切れ長の瞳が印象的な涼しい顔立ちをしているため、確かに多少は見目麗しいかもしれない。が、男性で重要なのは何よりも性格なはずだ。ガサツで意地悪なライト兄様の一面も、皆にぜひとも見て欲しい。
昨日の突撃を思い出しながら、私は苦虫を噛み潰したように嫌な顔をする。
私が本の妖精さんーー改めヴァーレン様に、ゴタゴタの渦中で口止めするのを私が忘れたために、ヴァーレン様から私の体調をライト兄様に伺う流れで異変に気づき、事態の確認に2人は飛んできたらしいのだが、ライト兄様の態度は正直ひどかった。
確かに勝手をしている私も悪かったが、だからと言って横柄に詰問してくるのはどうなのか。おかげ様で、ルド様とヴァーレン様にやんわりとフォローばかりされていた気がする。
「お兄様方が来ていることに気づくのが遅れてしまい……。お兄様方が私の元に来た時には、既に誰かからハンナがルド様と出かけたことを聞いていたあとで、私にはその事実確認に見えたようだったので……」
「いや、サラサにもいらない迷惑ばっかりかけてごめんね……」
サラサのことは家族も知っている間柄のため、二度手間が嫌いなライト兄様のことだから、仕入れた情報の信憑性を確認したかったのだろうと思う。それにしてもヴァーレン様を引き連れて淑女学園でそんなことをしていたとは……。ライト兄様恐るべしである。
「それに、私の確認不足も悪かったけど、ライト兄様ったら私の勘違いに薄々気づきながら、ルド様を私に教えたのよ」
「婚約者様の件は私もミスリードをしてしまって申し訳なかったとは思っていましたが、お兄様はお気づきだったのですか?」
不服そうに愚痴る私に、目を丸くしてサラサは聞き返す。
「はっきりとは言わなかったけど、初めてルド様をお尋ねした時のことを帰りの馬車内で確認したら、言い淀んでたわ。ライト兄様は勘が良いというか空気を読むのが上手いし、多分私の勘違いなんて気づいた上で、面白半分に私の勘違いを否定もしないけど肯定もしない感じで放置したのよ。多分勝手に勘違いしとけとでも思っていたら、私が勝手にルド様やヴァーレン様にまで接触していたから泡を食って出てきたんだわ」
ムキ―っと地団太を踏む私を眺め、サラサはしばし黙る。
「……ど、どうしたのサラサ……」
若干の不穏な空気を感じ、私は静かにサラサの顔色を伺う。
「……まぁ、私もミスリードをしましたし、お兄様も意地が悪い面はありますが……」
静かに呟くサラサに、私は空気を読んで神妙な面持ちでサラサの言葉の続きを待つ。
「以前も言ったことわざは、実は一部なんですが、ご存知でしたか? ハンナ」
「……えっと、彼を知り己を知れば百戦して危うからず……の続き?」
「えぇ。あれはほんの一部です」
サラサの言葉に私は居住まいを正して、大人しく次の言葉を待つことにしたーー……。




