30.予想外の訪問客 ⭐︎
「ラ、ライト兄様……っ!?」
「こ、困ります、お客さま!」
「おい、ルーウェン、そんな開け方があるか」
個室の扉をノックもなしに勢いよく開け放ったライト兄様に驚いて立ち上がる私と、慌てふためく店員さんと、ライト兄様を追って慌てたように嗜める本の妖精さんの声が重なる。
「……これはこれは、お揃いだね。あ、この2人は僕の知り合いだから、大丈夫だよ。騒がしくして申し訳なかったね。2人分の飲み物を追加でお願いできるかな」
「あ、かしこまりました」
慌てた様子もなく、ルド様は店員さんに優しく話かける。若い女の子の店員さんは、顔を赤らめペコリと頭を下げて姿を消した。
「バカとは思っていたが、こんなにバカとは……」
「ば、バカバカと一体なんですか……っ!?」
「立ち話も何だからさ、2人ともひとまずこっちに座らないかい?」
扉の向こうからは、無数の好機の視線を感じる。まぁ無理もない騒ぎであろう。
「……急に押しかけて悪かったな、ヴァレンタイン……」
少しの間の後に、ライト兄様は本の妖精さんに目配せをして部屋に踏み込み、扉を閉めた。
「……私まで邪魔して申し訳ないな、ヴァレンタイン卿」
「何を言うんだい、ヴァーレン卿。僕にとっての恩人である君がこんな些末なことを気にしないでくれ」
恐縮と言う言葉がぴったりな空気を醸している本の妖精さんを眺めていると、昨日と同様の仮面に隠された、本の妖精さんの黒い瞳と視線が交錯した。
「……えっと……っ」
「……急に邪魔して申し訳なかった。妹君、あれから体調などに変化はなかったか?」
「あ、あの、昨日は大変お世話になりまして、本当にありがとうございました」
ペコリと深くお辞儀をする私を見やり、ライト兄様は意地が悪そうに口を開く。
「おい、バカ妹。ルドといつ知り合ったんだ?」
本の妖精さんと私の話に割り込み、ライト兄様は眉間にこれでもかとシワを寄せる。
「ラ、ライト兄様には関係ありません……」
「……ほぉう? ……ん、……あぁ、そうか、面倒くさいな」
人の悪そうな顔でこちらをじとりと見やり、その後にライト兄様は1人で自問自答でもするように呟く。
何を言われるかと身構える私をよそに、本の妖精さんは昨日とは打って変わって明らかにそわそわしているようだった。
ルド様もその様子を眺めつつ、へらりと笑って口を開く。
「……ところで、よくこのお店がわかったね」
「ん? あぁ、ヴァレンタインは目立つからな。それに加えてヴァーレン家の情報網ならこんなもんだろ」
ライト兄様は事も無げにニヤリと笑うが、ライト兄様自身が威張れる情報が今存在しただろうかと私は首をひねる。
「……で、席順だけど?」
ライト兄様がチラリとお菓子の並べられた机上を見て、先程までの並びを予想しているようだった。
「……座ってたのはこっちか?」
対面に並べられたティーカップの片方を目線でライト兄様に確認され、むっと見返しながら私はうなづく。
「ふーん。とりあえず早よ座れ」
ライト兄様に荒めに二の腕を掴まれて、雑に席へ誘導される。アラン兄様とは大違いな、ライト兄様のこの荒っぽさが私は苦手だ。
「……で、俺は妹と仲良く座りたくはないんで、隣はルドが座っとけよ、婚約者なんだし」
「や、おい、ルーウェン、勝手にーー……」
ドンとライト兄様に背中を押され、本の妖精さんがよろりとしながら私の隣の席の背もたれに手をつく。
「ーー……っ」
明らかに動揺している本の妖精さんを見上げて、私は先程からの違和感が確信になったのを感じていた。
ライト兄様が、本の妖精さんをルドと呼び、ルド様をヴァレンタインと呼んでいる。
本の妖精さんの、仮面の下で所在無げに揺れている黒い瞳と視線が交錯する。
「……えっと……」
「……正式な挨拶は別日にと思い、きちんと名乗りもせず、申し訳なかった、妹君……いや、ハンナ令嬢……」
本の妖精さんは居住いを正し、ペコリと頭を下げる。
ライト兄様は、世話のかかると1人呟きながらはぁと息を吐き出し、ルド様は事の顛末を静観しているようだった。
「自己紹介が遅くなり申し訳ない。私はルドガー・ヴァーレン。先日、ハンナ令嬢へ婚約を申し込んだ者だ」
サラサが今朝、私に耳打ちしたもう1人の人物の名が再び思い出された。
「その方の名前はーールドガー・ヴァーレン様。ヴァーレン家の御子息で、次期当主の有力候補の方ですね」
私は静かに、瞳を閉じて現実から逃避したーー……。




