29.王子様の参戦 ⭐︎
「ーーつまり、婚約破棄をするためにうろ覚えの名前だけを頼りに相手を探した結果、たまたま浮上したのが僕だったと……?」
「ほんっとうに勘違いで、これ以上ない失礼をしてしまい申し訳ございませんでした……っっ!!」
先ほどとは打って変わって、今度は私が頭を下げる番だった。
勝手に結ばされた政略結婚に納得がいかず、ひとまず婚約者の情報を得つつ、あわよくば協力を獲ようとした裏での人間違いと言う根本的な問題点に、ルド様は二の句が継げないようだった。
まぁ、私が逆の立場でも恐らく同じ反応をした気はするので、正直なところ何も言えない。
明らかに失礼な自分の落ち度で勝手に人違いしただけに飽き足らず、そのまま巻き込んでしまう……いや、巻き込まれてしまうとは、とにかく失礼以外の何者でもない。
「ハンナちゃんて、ちょっと……いや、だいぶ? 抜けてる……よね……」
「返す言葉もございません……」
感情の抜け落ちた瞳で微笑まれ、口に出されずに飲み込まれたルド様の言葉の雰囲気もひしひしと感じ、うぅうと私は唸る。
「まぁ……じゃぁ、そう言うことならお互い様と言うことで、ハンナちゃんももう気にしないで」
唸る私が面白いかったのか、ルド様は苦笑しながら頭をポンポンと撫でてくる。
髪をくしゃくしゃと大人しく撫でられながら、早る鼓動を無視しつつ、私はその手に心地良さを感じていた。
アラン兄様にもその傾向があるが、ルド様もちょいちょい頭を撫でるのが癖なのかも知れない。王子様の癖としては本当に罪作りとしか言いようがないが。
「ま、僕に近づいたハンナちゃんの本音と、婚約破棄をしたい理由が僕自身にあるのかを知りたかっただけだから。そう言うことなら、僕的には結果的に良かったかな」
気を取り直したように、ルド様は笑う。
ふぅと一息ついて、ルド様はテーブルに忘れ去られているお菓子を振り返り、コロンと小さなメレンゲのお菓子を指先で摘み、口に放り込んだ。
そんなルド様の一連の動きを私は目で追う。
私の背もたれに変わらずに腕を回したままのルド様の、近い距離にある身体から首筋、顎の綺麗なラインまでを思わず目で追ってしまい、ハッとして急いで顔を反らせた。
婚約者を名乗って近づいてきた、私が実は1番ヤバいルド様のストーカーでした。と言う結末を回避出来るか否かの瀬戸際に、疑惑を上塗りする所業である。
「ハンナちゃんは、じゃぁ、相手は僕ではなかった訳だけど、まだ婚約破棄はしたいまま継続中……ってことでいいのかな?」
「え? あ、はい。可能であれば、そうしたいと思っています」
口に入れたメレンゲのお菓子が美味しかったのか、ルド様が続けて他の種類のお菓子も口に投げ入れていく。
心なしか蒼い瞳がキラキラと輝いているように見えた。食べ始めたら止まらないのかも知れない。
少し意外なルド様の姿にぽかんとしつつ、普段よりも少し子供っぽく見えるその姿が微笑ましい。
「じゃぁさ、交換条件は継続ってことでいいよね?」
「……交換条件?」
ルド様が、うん、これ美味しい。と呟き、先程まで味見していたお菓子の一つを摘み、私の口先へ持ってくる。
ギョッとして手で受け取ろうとする前に、ルド様に間近であーんと詰められ、顔が色んな意味で引き攣る。
「あ……あの……っ?」
「はい、あーん」
「…………っ……っ!」
有無を言わせぬルド様の圧に堪えられず、おずおずと口を開けると、口の中に甘い味が広がった。
「……美味しい……っ」
甘いけれどしつこ過ぎず、口の中で雪のようにほぐれる甘さに思わず驚嘆する。そんな私を眺めて、ルド様はふふと機嫌良さそうに笑った。
ひとまず距離が近いままに顔を眺められ、お菓子に意識が行きつつも、一向に落ちつかない状態は続いていた。
「ハンナちゃんは僕の呪いを解いてくれたでしょ。だから、約束通りハンナちゃんの婚約破棄に僕も協力するよ」
「えっ!? いえ、私は結局何もしていないので……っ!?」
まさかのルド様の言葉に驚き、思わず反射的に見上げるとルド様の顔が予想以上に近くにあって、私はピシリと音を立てて固まった。
「……っ…………っ!」
作り物のように綺麗な眼前の顔に固まっていると、背中に回されていた手が当たり前のように肩を抱き、ルド様の右手は私の左頬に添えられて、いよいよ動けなくなる。
「さっき言ったでしょ。僕に変化をくれたのはハンナちゃんだ。ハンナちゃんがいなければ、多分今も呪いにかかったまま、変わらない日々を惰性に過ごしてた。僕はハンナちゃんが呪いを解いてくれたと思ってるよ」
「へ……あ……っ……ったら、あの……よか……った……です……っ!」
控え目に言ってこの距離感もだいぶ困るのだが、それよりも吹き出す汗が気になって仕方がないのでとにかく離れたい。
控え目に両手で小さくガードするも、ルド様には全く気にされていないようだった。
「……とは言え、家同士のこともあるから、あまり表立って何かができるかはわからないんだけどね。ひとまず相手によるかな……」
にっこりと微笑まれ、もういっそのこと目眩がして来てまともにルド様の顔が見えない。
「ところでさ、ハンナちゃん、甘いものは好き?」
「え? あ、はい、好きです……っ!」
イエスかノーと言う答え易い質問が降ってきて、混乱したままに私は反射的に答える。
「よかった。僕も大好きなんだ」
にっこりと、囁くように呟かれ、変な錯覚を起こしかけている気がする。王子様の異名は伊達ではないようだった。
「僕の家は商店に関わることが多いから、今日みたいな感じで多少顔をきかせてくれたりするんだけど……」
「……? は、はい」
ルド様が何を言いたいのかわからず、私は戸惑い気味に返事を返す。
「美味しいお店、まだいっぱいあるからさ、またデートしようね」
ルド様はそう言うと、にっこりと艶やかに微笑む。
ぐいっと肩を抱かれた腕に力が込められ引き寄せられるのを感じ、反射的に身体を強ばらせて小さくなり、目をギュッと瞑る私を気にせず、ルド様はチュッと音を立てておでこにキスを落とす。
「……イヤだった?」
「へぁっ!? や、あの……っ……イヤ……イヤ……ではない……のですけれども……」
イヤではないが、良くもないのですが……!? と呟く前に髪束を手に取られ、そこにもキスを落とされて言葉を失う。
髪束に口づけされたままに、上目遣いで私に視線を移したルド様と目が合ってしまい、私は抵抗もできずに視線を泳がせるしかない。
そんな折、個室の外がにわかに騒がしくなる。バタバタと足音が慌ただしくなり、その足音が心なしか近づいてきている気がする。
ルド様も外の様子に気づいたようで、身を起こして個室の扉に向けて近づこうとイスを立った瞬間ーー。
「おい、バカ妹はここか」
バシーンと扉を開けて入って顔を覗かせたのは、ライト兄様だったーー……。




