28.王子様の事情3 ⭐︎
「え、私ですか?」
急に向いた白羽の矢に、驚くとともに背筋を正す。
「呪いを受けて結構時間も経って、周囲で変化はあるかと言えば何もなくて、時間だけが過ぎてた。そしたら、小鳥ちゃんが現れた。最初は……半ばやけくそと言うか、自暴自棄と言うか……」
「……むしろ私を疑ってましたか?」
じっとルド様を見つめると、ルド様は視線を彷徨わせた後に、ペコリと再び頭を下げる。
「……ごめんね」
「いえ、ですよね。無理もないと思います。私でも多分疑います」
カップの紅茶を口に含んで、私は苦笑する。
思い返さなくても、いきなり婚約破棄だのと身に覚えのないことを言う他校の生徒など、怪しすぎる。
ルド様の立場なら、変化のない膠着状態の日々に突然そんな娘が出てきたら、怪しまない他ない。
「何にせよ、小鳥ちゃんは僕にとって突然現れた変化だったから、ひとまず乗ってみようと思ったんだ。それが結果的に、呪いを受けるまでになってしまって本当に申し訳なかった」
そう言って、ルド様は立ち上がると再び私に向けて深く頭を下げた。
私は流れ落ちるルド様の綺麗な金髪を眺めながら、ぼんやりと口を開く。
「……ルド様って、実は真面目ですよね」
「ーーえ?」
私の言葉に目を丸くして顔をあげたルド様とバッチリ目が合い、慌てて視線を逸らす。
「あ、ごめんなさい、つい……」
言い淀む私に、ルド様は不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
「小鳥ちゃんから見て、僕は真面目かな?」
「あ、いえ、だって、話しにくいことだと思いますし、色々あったとは言え、私に説明する必要はない訳ですから。あ、もちろん話して頂けて私は嬉しかったのですけれども」
こちらを見つめてくるルド様に焦りつつ、今までのことを思い返す。
「それに……会ったばかりではありますが、私から見たルド様は……すごい優しくて、素敵な方でしたよ。ルド様は適当に……と仰いましたけれど、ルド様の人気の意味は、すぐにわかりました。皆んなそんなルド様が好きだから、側にいるんだと思います。本当に物語の中の、王子様みたいでしたから」
物語の王子様は我ながらちょっと痛いかなと思いつつ、少しくらいウケたらルド様も元気になるかと冗談めかしてみる。
「……怒らないのかい?」
「え? 何でですか?」
王子様発言は華麗にスルーされて、予想外の言葉に今度は私が目を丸くする。
「結果的にヴァーレン卿に助けられたものの、君を巻き込んで、あんなに危険な目に合わせてしまった……」
ルド様は、申し訳なさそうに視線を落とす。……落ち込んでいらっしゃるようだった。
「えっと……そもそもルド様に会いに行ったのは私ですし、首を突っ込んだのも私ですし、ルド様もどちらかと言えば巻き込まれた側ですし、結果的に私はピンピンしてますし、予約待ちの話題のカフェでこんなにご馳走して頂けて、最終的に私は今とっても幸せですよ……っ!」
何とか気にしているのを緩和できないかと思わず立ち上がって捲し立てる私に、ルド様は再び目を丸くする。
「だから、もう大丈夫です!」
「ーー…………」
その蒼い瞳を丸くして、しばし私の顔を見たままのルド様は、少し困ったように苦笑して私の両手を取る。
「ーーありがとう、小鳥ちゃん。……あと、できたらもう一つお願いがあるんだ」
「な、何ですか?」
両手を握られ振り解く理由もなく、とは言え途端にやかましい自身の鼓動に翻弄される。
ついと両手を持ち上げられて、つられて顔をあげるとルド様の蒼い瞳がこちらを見ていて動揺した。
「小鳥ちゃんが許してくれるなら、名前……で呼んでもいいかな」
「え、あ、全然大丈夫ですが……」
何を言われるかと思いきや、何だそんなことかと肩の力を抜くのと同時に、持ち上げられた両手にキスをされ、ルド様がにこりと艶やかに微笑む。
「ありがとう、ハンナちゃん」
「……っ」
反射的に引きつった顔が熱くなる。
たかが名前と思っていたが、至近距離の王子様にキス付きの微笑みで呟かれる破壊力は、私にとってはスルーできないものだった。
ううぅうーっと思わず視線を逸らして変な唸り声を出す私を微笑んで眺めていたルド様は、ふと真面目な顔をして口を開く。
「ところでさ、ハンナちゃん。婚約破棄の件なんだけど」
すすすすーとルド様にそのままエスコートされながら再び席につくと、向かい合って座っていたのに、気づけば横に座られていた。
ようやくルド様の中で自責の念が少しは薄れてくれたのか、その顔には見慣れた明るさが戻っているように見えて、私は胸を撫で下ろす。
と、同時にルド様の婚約破棄発言にぎくりと身体を震わせた。
「呪いの件で犯人もわかったし、その勢いで僕の婚約についても昨夜確認したんだけど、現段階で僕に婚約者はいないみたいなんだ?」
ささささーっと自分の血の気が引く音を始めてリアルに聞いた気がした。
「……ハンナちゃんは、何者かな?」
艶やかに、先程とは少し違う種類の微笑みを浮かべ、ルド様は腕を私が座っている椅子の背もたれに回しながら距離を詰めてくる。
逃げ場を失った私は、ひとまず不審者として突き出されないかだけをひたすらに心配していたーー……。




