婚約者は第二王子 アリシアside
「アリシア、君との婚約をなかった事にして欲しい」
どうやら恐れていた事態が起こってしまいました。
長年の婚約者からの別れ話です。
「僕たちの婚約は両家の利益だけのものだ。そこに愛はない」
その利益が大事なのですよ。それに利益と言っても我が侯爵家にとっては有益でもない事です。
「愛する人がいるんだ」
存じてます。
「彼女は君と違って地位も身分も財産もない」
そうでしょうね。
平民出身の女性ですから。
「だが、僕に対する愛情は誰よりも持っている」
だから何です?
愛だけでどうしようと?
「幸い、彼女は大変優秀な人だ。女性ながら王立大学に通っている。君の代わりに僕を支えてくれる事が出来る女性なんだ」
確かに、平民出身でありながら大変な頭脳明晰と有名な方です。王立大学もスキップで入学されたとか。将来は女性文官として王宮に出仕するのではないかと噂されておりますから、相当な人材なのでしょう。
「申し訳ない。全ては僕のワガママだ。君に瑕疵はない。婚約も破棄ではなく解消として手続き出来るように父上たちに伝えておく」
当然でしょう。
貴男の有責なんですから。
「今までありがとう」
そう言い終えると婚約者は立ち去って行きました。本当に父君である国王陛下に伝えに行ったようです。馬鹿な方。
私の名前は、アリシア。
名門、クロール侯爵家の一人娘として幼い頃から厳しく育てられてきました。
それと言うのも、我が国では女性の爵位継承が認められているためです。
私は跡取り娘として、様々な教育を受けさせられてきたのです。教育は厳しくとも、両親からの愛情にも恵まれ、社交場での人脈を増やし、自身のサロンも開いてあらゆる分野に精通出来るように心がけてきました。全ては次期侯爵として過ごすために。それは婚約者の第二王子殿下のためでもあったのです。
彼との婚約は私が五歳の時に決まりました。
互いに同い年。身分的にも問題ないという事だったのですが、この縁談を持ってきたのが、今は亡き祖父だったため、両親は断れなかったのでしょう。王家にとっても第二王子であるジュリアス殿下の婿入り先を心配していましたから、渡りに船だったのかもしれません。クロール侯爵家なら第二王子を大事にすると理解していたはずですから。
兄である王太子殿下と違って第二王子は平凡な方です。
教育課程の成績も散々な結果。ただ剣の腕前だけは超一流で、王子でなかったら近衛のエリート街道を歩いて行けるとまで言われています。
軍ではなく近衛隊。
ジュリアス殿下は、輝く金の髪に翡翠のような瞳を持つ優し気な美男子ですから観賞用の価値は十分あります。なにしろ、近衛は剣の腕のほかに顔の良し悪しがものを言いますからね。
私もジュリアス殿下も互いに恋い慕う相手ではございません。
そこに愛はなくとも夫婦として過ごしていけば情愛は自然と生まれてくるものです。
寧ろ、王侯貴族で恋愛結婚をする者は稀です。貴族にとって結婚とは所詮、家同士が決めるもの。なのでジュリアス殿下が恋人が出来たという話を聞いた時も何も思わなかったのです。
若い頃の恋の思い出。
男性貴族ではよくある話でもあり、あまり深く考えなかったのです。
一時の恋、いずれは消滅する関係です。
恋の相手が平民出身であれば、当然、別れる話です。周りもそう思っていたようで、ジュリアス殿下に御忠告をする者は少なかったと友人から聞きましたわ。もっとも、御忠告するのは高位貴族だけで、下位貴族や平民出身者は逆だったようです。なんでもジュリアス殿下の身分違いの恋を応援しているとか。
現実に考えて有り得ないでしょう。
けれど、ジュリアス殿下は違ったようです。