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強欲にねだって嫌ってもらいましょう!

 自分でいうのもなんだけれど、私は口の悪さを除けば、なかなか優秀な令嬢だと思う。

 幼少期からマナーのレッスンはもちろん、刺繍やダンスといった令嬢の嗜みは積極的に学んできたから。


 お父様の、家名に泥を塗らないためにという思いももちろんあったけれど、一番は"出来ない"自分が嫌いだったから。

 そんな私をお父様の周囲は"真面目"だと、口では褒めながらも呆れつつ眺めていたけれど。

 ルキウスだけは"頑張り屋"だって目を輝かせて。僕も負けてられないなあと微笑んで、言葉の通り、剣や魔法の訓練に励んでいた。


 すっかり忘れていた、懐かしい記憶。

 そしてルキウスがそんな私を大好きだというのなら、これまでとは正反対の私になって、全力で嫌ってもらわなきゃ……!


「キミからお茶に誘ってくれるなんて珍しいね、マリエッタ。僕との婚約破棄を考え直してくれたってことかな」


 私の思惑などつゆ知らず、のこのことやってきたルキウスが座るのは、当家のテラス席。

 同じくその対面の席に腰かけながら、私は密かにほくそ笑む。

 甘いわね、ルキウス。

 すでに私の嫌われよう大作戦は、はじまっているのよ……!


「違いますわ。今すぐにでも婚約破棄してくださっていいのですのよ?」


「残念。期待していたんだけどな」


「ご期待に添えず、申し訳ありません」


 我ながらなんとも不愛想に告げるも、ルキウスは嫌な顔ひとつせず、


「まあ、いいや。せっかくのマリエッタと過ごす時間なのだから、欲張らずに楽しむことにするよ」


 ほのぼのと笑むルキウスが、口をつけたティーカップを静かにおろす。


(今よ……!)


 対面に座るルキウスからは見えない位置。

 椅子の背後ろでそっと手を振って合図すると、事前に打ち合わせていたミラーナが「失礼いたします」とお皿を運んできた。


「お待たせいたしました。焼き立てのチョコレートスフレにございます」


 私と、ルキウス。それぞれに配膳して、ミラーナが下がる。

 うっすらとくゆる湯気と、甘くも香ばしいチョコレートの匂い。

 ふっくら膨らんだつやつやの上部を眺めながら、ルキウスが「わあ、チョコレートスフレだ」と嬉し気な声を上げる。


 そうよね、嬉しいわよね。

 だってウチの料理長が作るチョコレートスフレは、小さい頃からルキウスの大好物だもの!

 さっそくとスプーンを持ったルキウスに、私は「お待ちください、ルキウス様」と静止の声をかける。


「ん? どうかした?」


「そのチョコレートスフレ、私にくださいな」


「え?」


 驚いたように目を丸めるルキウス。

 期待通りの反応に胸中で「やった!」と両手を振り上げながら、


「ですから、ルキウス様のチョコレートスフレを、私にお譲りください」


 どう!?

 欲張って人のモノを欲しがるだなんて、なんとも強欲ではしたないでしょう!?

 おまけにこれはルキウスの大好物。嫌がったって、首を縦に振るまでねだり続けてみせるんだから!


 刹那、「はい」と眼前に皿が置かれた。

 へ? と思わず間抜けな声を出しながらルキウスを見遣ると、ルキウスは「あれ?」と不思議そうに小首を傾げ、


「これ、欲しいんだよね? どうぞ」


「で、でも、これはルキウス様の大好物では……!」


「知っててくれたんだ? 嬉しいな」


「当然ですわ! いったい何年一緒にお茶をしているか……って、そうではなく! なぜ、こんなあっさりとお譲りに……!」


「え? だって、マリエッタが美味しそうに食べている姿を見ている方が、何倍も好きだもの」


「!」


 にっこりと微笑むルキウスに、私は恥ずかしいやら悔しいやらで感情がぐちゃぐちゃで。

 あうあうと口を開閉させるだけのに私に、ルキウスは優しく瞳を緩めて、


「マリエッタよりも大切なモノなんてないもの。マリエッタが欲しがるのなら、なんでもあげるよ。それが僕の大好物でも、僕自身でもね」


「な、な、な~~~~っ!!!!」


「僕ってけっこう万能だし、貰っておいて損はないと思うけどなあ」


 違う、違う、違う……! 私はルキウスに嫌われたかったの!!

 なのにどうして、ルキウスはなんだか嬉しそうだし、甘い空気になってるの!!?


(お、落ち着くのよマリエッタ……! こういった時のために"アレ"を急いで用意したんじゃない!)


「そ、それよりもですわルキウス様、お気づきになりまして? 以前、贈って頂きましたあの薔薇が、ここには飾られていないことに」


「ん? うん、今日はないなあって思ったけど、あれはマリエッタに贈ったものだからね。好きにしてくれて構わないよ」


「ええ。ルキウス様ならきっと、そうおっしゃってくださると思いましたわ」


 ミラーナ、と呼ぶと、私の意図を汲んだ彼女が「はい、お嬢様」とトレイを手に歩を進めてくる。

 机上に置かれたそれをみて、ルキウスが「これは……」と目を見開いた。


(ええ、ええ、驚くわよね……!)


 だってトレイに乗っているのは、紛れもなくルキウスに贈られた薔薇。

 けれどその姿はみずみずしさを失っていて、鮮やかだったローズピンクの花弁はからりとした土色になっている。

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