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お慕いしております

 ルキウスが即座に首を振る。


「まさか。マリエッタのことは好いていたよ。だからキミを守るにはどうしたらいいかって考えて、考えて……辿り着いたのが、この婚約だった。正直な話しをするとね、はじめの頃は、その"守りたい"って感情がなにを起因としているのかがよくわかっていなかったんだ。仲の良い女の子を、悲惨な目にあわせてはいけないって責任感なのかもって。けれど、違った。僕はマリエッタのことが、自分で思っていた以上に、大好きだったんだ。"仲が良い女の子"だからじゃない。マリエッタという存在が大切で、愛おしくて……誰にも、渡したくなかった」


 ルキウスは愛を囁くというよりも、懺悔に似た口調で「けど」と言う。


「僕は真実などわからない"夢"を口実にして、ただ、自分の欲望にマリエッタを縛り付けてしまった。キミの優しさにつけこんで、愛を盾に卑怯な真似をした。……許されることじゃない。ごめんね、マリエッタ」


「そんな……っ、ルキウス様は、私のためを思ってくださって……!」


「ありがとう、マリエッタ。キミのそうした慈悲深さも、僕は大好きだったよ。だから……今からでも、埋め合わせをさせてほしいんだ」


「え……?」


 ルキウスはことさら優し気な笑みを浮かべ、


「僕が意識を失う前に言ったこと、覚えてる?」


「!」


(意識を失う前に言ったことって……!)


 私の表情を、了承ととったのだろう。

 ルキウスは静かに頷いて、


「婚約破棄しよう、マリエッタ」


「――っ!」


「やっと、キミを自由にしてあげる決心がついたんだ。遅くなって、ごめんね。今のアベル殿下とマリエッタなら、僕の夢のようにはならない。悔しいけど、それが僕の辿り着いた"未来"だった。……二人は幸せになれる。間違いなく、"運命の恋"なのだから」


(ちがう)


 早く否定しなければと思うのに。

 ルキウスの言葉が、表情が、全てを受け入れてしまった後のそれで。


(運命なんていらない。私が、共に幸せになりたいと願うのは、ルキウスたった一人なのに)


 もう、私への愛情などすっかり清算してしまったのだろうかと。

 急激に冷えゆく心臓の、無数の氷柱で突き刺されているかのごとき痛みが、身体を硬直させる。

 私の無言を、ルキウスはどうとらえたのだろう。彼は静かに微笑んで、重なっていた掌を引いた。

 唯一の繋がりが、解かれる。


「――っ」


「マリエッタの婚約者でいれて、凄く幸せだった。僕は、僕だけが幸福だった。今度はマリエッタが心のままに、幸せにならなきゃ。……これからは幼馴染として、騎士として。二人の愛ある先を護るための剣になるよ。もちろん、二人の邪魔をしないように――」


「……お断り、しますわ」


 視線が下がる。顔を見ていなくとも、彼の動揺が伝わってきた。

 ルキウスは怒るでもなく、驚くでもなく。戸惑いを無理やり押し込めたような声色で、


「そう、だよね。僕のしてきた蛮行を思えば、"これからも"だなんて身勝手すぎるよね。キミをこんなにも傷つけたというのに。ごめん、マリエッタ。今後は一切関わらないと――」


「そうではありませんわ」


 私は決意に唇を噛みしめ、ぐっと顔を上げた。

 どんな時でも私を愛おし気に映してくれる、けれども今は苦悩と落胆を閉じ込めた、金の瞳を見つめる。


(どうか、どうか)


 一番に愛した人に、一番の真心が届きますよう――。


「私は、婚約破棄をお断りすると申し上げたのです。ルキウス様」


「……婚約破棄を、断る?」


 ぽかんとした表情で繰り返したルキウスは、即座にはっと気が付いたようにして、


「心配ないよ、マリエッタ。今回の婚約破棄は、僕の我儘による一存だってちゃんと記録するから。マリエッタは横暴な僕に振り回されただけ。だから社交界での評判も落ちることはないと――」


「違いますわ! 私の評判を危惧しているのではなく、私が、私の心が、ルキウス様との婚約を破棄したくはないと申し上げているのです!」


「マリエッタの、心が……?」


「ルキウス様。私と交わした約束を覚えておいでですか? お伝えしたいことがあると」


「う、うん。もちろん、覚えているけれど……。早く婚約破棄を、って話じゃないの? そうでないと、せっかくアベル殿下の婚約者決めのお茶会に来ているのに、堂々とアピールできないから……」


「お慕いしておりますわ」


「そう、お慕い……え?」


 ルキウスの両目が、初めて見るほどに開かれる。

 けれども即座に苦笑に変え、


「あ……うん。アベル殿下を、ってことだよね。もちろん、わかっているよ。だから僕との婚約を――」


「ルキウス様を、お慕いしております」


「…………マリエッタ、いま、なんて」


 とにかく、必死だった。

 両手を伸ばす。包み込むようにして触れたルキウスの頬は、思っていたよりも、冷たくて硬い。

 薄く息をのみこんだ、触れたことのない唇。

 驚愕に染められた瞳を、覗き込むようにして見つめる。


「私は、ルキウス様をお慕いしております。他の誰でもなく、ルキウス様を。一番に、愛しておりますわ」


「ぼ、くを……?」


 信じられない、けれど、信じたい。

 そう、葛藤を如実に現す瞳を、私は見つめ続ける。

 どうか伝わってほしい、どうか、許してほしいと祈って。

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