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聖女と歌姫のブレスレット

 言葉に、私とアベル様は口を噤む。

 と、それまで沈黙を貫いていたルキウスが、


「それで、その昔話とマリエッタの力が、どう関係するわけ?」


「まったく、ルキウスは相変わらずせっかちだねえ。これからが肝心なトコだろうに。つまるところだね、その少女が"エストランテ"になったのさ。この国の、一番初めのね」


「え……エストランテって……っ」


 思わず驚愕の声を漏らしたのは私。

 ミズキ様はなぜだか嬉し気に口角を吊り上げて、


「ある時ね、ルザミナは彼女にとあるブレスレットを渡したのさ。自分が死んだ後、王城のどこかに白い薔薇が咲くはずだ。その花弁から搾り取った雫を一滴、その石に吸わせてほしいと。そして今後、騎士団でも対処しきれない窮地に至った時は、そのブレスレットに祈りを込めて歌をうたってほしいと頼んだ。そうすれば、己の……聖女の魔力を、一時的に宿すことができるからってね」


(ん? 聖女の魔力を宿すことができるブレスレットって……)


「ミ、ミズキ様? そのとあるブレスレットというのは、まさか……!」


「そ、マリエッタ様にあげた、その子だよ」


「なっ……!?」


 驚愕に青ざめる私に、ミズキ様はくつくつと喉を鳴らす。


「ルザミナの死後、彼女は約束通り白薔薇を見つけ出し、密かに雫を石に吸わせた。そして紫焔獣の襲来時は、祈り込めた歌をうたった。ルザミナ教会でね。とはいえ常にそのブレスレットの祈っていたわけではないようでね。身に着ける時と、そうでない時。自身で判断をしていたそうだよ。そうして歌い続けているうちに、彼女は人々の希望になった」


 エストランテ、と。

 ミズキ様は慈しむように告げ、


「聖女の加護を司り、奇跡を起こす歌姫。それが、本来の"エストランテ"だったってことさ」

「なぜ」


 アベル様は不可解そうに眉間を寄せ、


「なぜ、常に聖女の力を使わなかった。聖女が不在なのだろう?」


「ルザミナとの約束を、そのブレスレットの存在を王に知られたくはなかったそうでね。だから彼女は常に歌い、どうしてもという時だけ"奇跡"が起きるようにした。それに、彼女は石に込められた聖女の魔力を引き出しているだけであって、聖女ではないからね。巨大な魔力を扱うには、器……肉体のほうが、徐々に摩耗してしまっていたようだよ」


「肉体の摩耗だって?」


 途端、ルキウスが慌てたようにして私の頬を両手で包み、


「マリエッタ、どこか不調なところはないかい? 顔色は変わりないようだけれど……唇がいつもよりも乾いているね。待ってて、すぐに飲み物を――」


「心配ありませんわ! それに、ルキウス様は絶対安静だとお医者さまもおっしゃっていたでしょう!」


 立ち上がったルキウスの腕を即座に掴み、ぐいと引いてソファーに戻す。

 ルキウスは不満気に唇を尖らせ、


「マリエッタが不調に陥るほうが、僕の心にも身体にも悪影響だよ」


「ですから本当に、不調なところなどありませんわ。ルキウス様は、私の言葉を疑いますの?」


「信じているよ。でも、自分が気が付かない間に……ってこともあるでしょ?」


「そのままのお言葉を返させていただきますわ。ルキウス様の傷は今でこそ完治しているとはいえ、つい先ほどまで腹部から胸にかけて穴が開いていらっしゃったのですよ? 気にせず動いて倒れでもしたら――」


「ぶっ、ふふ」


 耐えきれない、といった風にして噴き出したのはミズキ様。

 彼は「おっと、失礼したね」と目尻を拭いながら、


「私からしたら、二人とも大人しくしておくべきなのだけれどね。まあ、そんなお前さんたちだったからこそ、ルザミナの加護を得られたのかな」


「ねえ、ミズキ。結果的に助けてもらったとはいえ、こんな危険なモノをマリエッタに勝手に渡していたなんて、僕は納得していないからね?」


「まあ、ルキウスにはどやされると思っていたさ。緊急事態だったのだから、仕方ないだろう? それと、マリエッタ様は元々治癒魔法とは相性がいいからね。あの程度の加護なら、ほとんど影響は出ていないはずだよ」


 ミズキ様は優しく緩めた瞳で私を見つめ、


「私もね、マリエッタ様を失うような真似はしたくはないさ。それはルザミナも、エストランテとなった彼女も。同じ祈りを抱いているはずだよ」


「ミズキ様……」


「彼女たちはマリエッタ様の祈りに応えた。そのブレスレットは、マリエッタ様のものだよ。どう扱うかはお前さんに……真の"エストランテ"に委ねよう」


「そんな……っ、こんな、大切なものをお受けするわけには……!」


「なあに、"エストランテ"がいなければただの古い石さ。それに、その存在を知るのは私とルキウスに、アベル様だけ。このまま眠らせることになろうとも、異論はない者ばかりだからね。ねえ、アベル様?」


 名指しされたアベル様が、微かに肩を跳ね上げる。

 迷いの宿る青い瞳を戸惑いがちに揺らしたものの、「当然だ」とまっすぐに私を見据え、


「他言するつもりも、使用を無理強いするつもりもない。マリエッタ嬢、キミは自分自身を大切にするべきだ」


「……ありがとうございます、アベル様」


(本当なら、聖女様が目覚めるまでの間、国の防護を命じることだってできるのに)


 その優しさに感謝しながら微笑むと、ルキウスから、何か言いたげな雰囲気がした。

 不思議に思って顔を遣るも、ルキウスはにこりと笑んで、


「使う時は、誰かに相談して。マリエッタは責任感が強いから、ちょっと心配だよ」


(……誰か?)


 ルキウスにではなく、"誰か"に?


(確かに、ルキウスが常に側にいるとは限らないものね……)


 ミズキ様に、アベル様。使用したい時に話しやすい相手ならだれでもいいから、と言いたいのだろうけど。

 なんだか違和感というか、妙に引っかかるような……。

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