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望まなかった婚約破棄

「それは……! っ、私は出来る限りの紫焔獣は放った。足りないのなら、ノックスだって紫焔獣を放てばよかったでしょ!」


「オレは今回、お前たちを全員脱出させるための"切り札"だったろ。案の定、こんな所で足止めくらってるじゃねえか。おら、さっさと出っぞ。間に合わなくなる」


「――させ、ないよ」


 ザシュッと紫焔獣を薙ぎ払ったルキウスが、ぜえはあと肩を上下させながら切っ先をこちらに向ける。

 身体はもう、限界に近いのだろう。初めて見る震える膝に「ルキウス様……!」と悲痛な声を漏らすと、


「……まあ、バケモンみたいな"黒騎士様"を早いうちに潰せたのはデカいか」


 ぽつりと呟いたのは、ノックスと呼ばれた男。

 彼は「ロザリー!」と声を上げ、


「前言撤回してやる! 今回は"本命"に向けて国力を削いだってことにしておこうぜ。そんじゃ――帰る、ぞ!」


「!」


 勢いよく突き飛ばされ、地面に身体を打ち付けた。


「マリエッタ!」


「マリエッタ様っ!」


 声に、顔を上げた刹那。


「……ひっ!」


 視界に入ったのは、大口を開け、迫ってくる二体の紫焔獣。


(――逃げられないっ!!)


 咄嗟に両腕を上げ、眼前を覆った。次の瞬間。

 ザンッ! と轟いた斬撃音に、ドスリと鈍い音が重なる。そして。


「ほい、いっちょ上がりってな」


「……え?」


 妙に楽し気なノックスの近い声に、おそるおそる目を開ける。

 視界に飛び込んできたのは、私を庇うようにして立つルキウス。

 紫焔獣を斬りはらってくれたのだろう。剣は振り切った腕の先にある。

 けど。けれど。


 ルキウスの胸から飛び出す、真っ赤に染まった剣の切っ先。

 胸を、貫かれたのだと。

 理解できたのは、ルキウスの背後に立つノックスが、突き刺した剣を引き抜いてから。


「ほらな」


 ルキウスの背後からひょこりと顔を覗かせたノックスが、顔面に赤を散らせて笑う。


「痛いことはしなかったろ? アンタには」


「――――っ!!」


「じゃーな、マリエッタ様。次も会えたらいいな」


 私が確認できたのは、踵を返したノックスが、ロザリーの腕を掴んだところまで。

 なぜなら眼前のルキウスが、崩れるようにして地に伏せたから。


「ルキウスさま!!」


 急いで駆け寄り傍らで膝をつく。


「マ、リエッタ……無事、かい?」


「話しては駄目ですわ!!」


 急ぎスカートを寄せ集め、倒れるルキウスの腹部に押し当てた。


(とにかく、止血。止血をしなくては……!)


 いま、私に残った魔力で、どこまで修復できるのだろう。

 瞬く間に血に染まっていくスカートに体温が下がるのを感じながら、私は必死に自身の魔力をかき集め、掌に集中させる。

 ルキウスは胸だけを薄く上下させ、


「無茶、しては駄目だよ、マリエッタ……。魔力の過剰生成は、命にかかわるって、キミも知っているでしょ……?」


「無茶をされているのはルキウス様ですわ! 命が危ぶまれているのだって……!」


(私の役立たず! どうしてもっと魔力を残しておかなかったの……!)


 足りない。

 これでは、傷の修復どころか止血にさえも間に合わない。


(だめ、そんなの! 私がやらないと、ルキウスが……!)


 嫌な焦燥を背に受けながら、必死に魔力を振り絞る。

 それなのに光は、魔力は。どんどんか細くなっていく。

 ――血が、止まらない。


「っ、ごめんなさい」


 恐怖と、途方のない無力感。そして信じたくない予感が呼吸を奪って、視界が滲む。


「ごめんなさい、ルキウスさま……! 私が、私のせいで……!」


「それは、違うよ。マリエッタは、なにも悪くない」


「いいえ、私が!」


「ねえ、マリエッタ。話、きいてくれる?」


「今、そんな場合では――」


「マリエッタ」


 そっと伸ばされた掌が、私の頬に触れた。

 ぬめりとした感覚。それよりも震える指先に胸が詰まって、その掌に自分の片手を添えた。と、


「婚約破棄、しよう。マリエッタ」


「――――え?」


(いま、なんて――?)


「おそく、なって、ごめんね。父上には、伝えてあるから。……あんしん、して」


「な……! ルキウス様、私は……っ!」


「マ、リエッタ」


 にこりと笑ってみせたルキウスに、言葉が詰まる。

 発される声は、か細い。


「ぼくの我儘に、つきあってくれて、ありがとう。いまの殿下なら、きっと、大丈夫。……あいした人と……しあわせ、にね」


「っ、ルキ――」


「ぼく、は……しあわ、せ、だった」


 ずるり、と。手の内にあったはずの指先が地に落ちて、金色の瞳が閉じられた。

 がくりと弛緩し角度を変えた顎先。上下していたはずの胸が、止まっている。

 全てが静止したその中で、生暖かい血の赤だけが、その範囲を広げていく。


「ル……キウス、さま」


 名を呼べば優しく瞳を緩めてくれたその人は、端正な横顔のまま、微動だにしない。


「だめ……だめ、ですわ。まだ、まだ私の話を聞いてくださっていないでしょ……?」


 うそ。うそよ。


「私の話なら、いつだって聞いてくださるのでしょう? こんな意地悪、私、好きじゃないですわ」


 どうして、どうして魔力が発せないの?

 私の魔力なのに。私の心臓は、動いているのに。


「ルキウス様、ルキウスさま!!」


――私の、せいだ。

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