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襲撃の真実と決別

 ロザリーは過去を懐かしむようにして瞳を和らげ、


「穏やかで、愛に溢れ。戦いなど無縁な人でした。今でも鮮明に覚えています。徴兵のかかった朝、どうにか看治隊に配属されるよう頼み込んでくると、泣き崩れる母を宥めていた姿を。交渉の余地なく、"勇士の部隊"に配属されたと語った無念の涙を。防滅作戦の前夜、"幸せを祈っている"と私を抱きしめ、奥歯を噛んでいた、腕の強さを」


 ぐっと、ロザリーは己の両手を胸に抱き寄せ、


「次に私の前に現れた父は、紫焔獣の黒と、血の赤にまみれていました。意識はなく、かろうじて、細い息だけが。すぐに医者を呼びに走りましたが、平民街ではどこも似た状況でした。医師もほとんどが、王城に召集されていましたから。父も、見知った人たちも。たくさんの人が、痛みと悔しさに呻きながら、死にました。……その時に、決めたのです」


 ロザリーの瞳が、強い憤怒を込めて私たちを写す。


「必ずやこの国に、王家に、復讐を果たすと。それがあの惨劇で犠牲になった父たちへの弔いで、残された私達の、責務だと」


「……っ」


 あまりに悲惨な真実に、絶句する。

 と、ルキウスが静かに口を開き、


「なるほど。"キミたち"はあちらこちらに潜んでいたってこと。キミがエストランテを目指したのも、計画のひとつってことかな」


「!」


 そんな、そんなはずは。

 だってあんなにも歌を好いていたのに。あんなにも、楽しそうに歌っているのに。

 縋るようにしてロザリーを見遣る。ロザリーは悲し気に瞳を閉じて、


「……はい。エストランテとなれば、こうして王家に近づけますから」


「……っ!」


「ですが、信じてくださいマリエッタ様。マリエッタ様に語った言葉に、嘘偽りはありません……! 歌は、好きでした。エストランテに憧れがあったのも事実です。それに――」


 ロザリーは一度、躊躇うようにして唇を閉じた。

 数秒の逡巡を挟み、


「私がエストランテを目指すのは、復讐のため。十年を共に支え合った仲間たちと、悲願を果たすため。そうでなければ、ならなかった。なのに……マリエッタ様、あなたとお会いして、私の心はすっかり変えられてしまいました。あなた様のために歌いたい。結んだ約束を果たし、その笑顔を向けてもらいたいがためだけに、エストランテになりたい。そう、願うようになってしまったのです」


 つうと、ロザリーの頬を、雫が伝う。


「このままでは私はきっと、復讐など投げ捨ててしまう。記憶にしか存在しない過去の愛した人たちよりも、目の前の、私をその眼に映し微笑んでくれる、恋しい温もりを選んでしまう。……だから、計画を早めてもらったんです。私がまだ憎しみを……この魔力を、自分の意志で扱えるうちにと」


「ふうん。なら、今回の襲撃には、まだ他にも"人柱"がいるんだ?」


「答えることは出来ません」


「その返しが充分答えだよ。それで? 大切な仲間も揃って、どうやって淀んだ魔力を潜めていたんだい?」


「……それも、お答えはできません」


「そう。なら、それでいいよ。どうせキミを捕らえて、尋問にかけることになるのだから。真実は自ずとわかる」


「尋問ですって……!?」


 思わず声を上げた私に、ルキウスは「ごめんね、マリエッタ」と囁いて、


「キミが彼女を大切にしているのは、わかってる。僕も出来ることならば、キミの大切なモノを壊したくはない。けれど……アレはもはや重罪人なんだ。罪は、償わせないといけない」


(わかっている、わかっているけれども……!)


 理性と感情がせめぎ合って、ごちゃごちゃとしている。


「……っ、他に、他になにか、少しでも恩情をかけて頂ける策は」


「マリエッタの気持ちは最大限に汲んであげたいけれどもね。残念だけど、僕もアレを許せない。こんなにもマリエッタを傷つけたのだから」


 冷淡な声に、ルキウスの怒りを悟る。

 こうなってしまったら、ルキウスはもう、手加減などしてくれないだろう。

 無念に瞳を伏せた矢先、


「大丈夫ですよ、マリエッタ様」


 妙に澄んだ声に、私ははっと顔を跳ね上げた。

 見遣った先。ロザリーは場違いなほどに美しく微笑んで、


「それは、私がここで捕らえられたならの話です。マリエッタ様、これが最後になります。共に、この国を捨ててはくれませんでしょうか? 忠義を尽くすに値しない王です。汚れた男の下に、あなた様を置いてはいきたくはありません。非情の矛先だって、いずれマリエッタ様に向くやもしれません。ですから、さあ。どうか私を、選んでください」


 優美な仕草で手を差し伸ばすロザリーに、やっと、理解した。

 いくら願っても、どんなに望んでも――これが、最後なのだと。


「……私も、ロザリーのことが、大好きですわ」


「! マリエッタ様、それでは……!」


「それでも、その手は取れません」


「っ!」


 ロザリーが悲痛の面持ちで息を呑む。

 その様に胸がズキリと痛んだけれど、私は必死に唇を動かす。


「王の所業は、私を始めとする貴族の無知は、けして許されることではないわ。ロザリーたちの怒りも、理解できます。それでも……私はこの国にいたいの。私の大切な、愛おしい人たちを、捨てるなんて出来ない」


「それは……たとえ私と、永遠の別れとなってもですか?」


(――嫌。本当は、離れたくない)


 私のたったひとりの、大切なお友達。

 これまでも、これからも。たとえ身分の違いがあるとはいえ、私達は変わらずに、この先の未来もその名を呼び合っていけるのだと思っていたのに。


「……ごめんなさい、ロザリー」


 視界が滲む。自覚した途端、嗚咽が零れた。

 泣いたところでロザリーの決心が、知らずに守られていた私の罪が揺らぐわけではないと、わかっていても。

 溢れる涙が、止まらない。

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