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使用人にはバレバレのようです

 稀に。何かを深く深く恨み、呪い。

 己の魔力に影響するほどに精神を闇に傾けてしまった者が、その魔力を媒介にして紫焔獣を生み出すことがある。

 彼らは"人柱"と呼ばれ、捕縛された後は専用施設にて浄化の儀を受け、その魔力を封じられるというけれど。


(浄化の儀って、本来ならば、強力な浄化魔法を扱える聖女様が執り行うのだっけ)


 けれども聖女であった王妃様――アベル様のお母様が亡くなられてからは、騎士団の看治隊と呼ばれる人たちが数人がかりで浄化の儀を務めているという。


(そういえば、アベル様はずっと聖女をお探しだとか)


 王妃様が亡くなられ、喪が明けたその日から、アベル様は聖女探しを始められた。

 聖女の不在は、我が国にとって多大なる痛手。早急に聖女を見つけ王都に据えななければ、いつかこの国は、紫焔獣に支配されてしまう。


 けれども"聖女の魔力"というのは、目覚めの時が来るまでは対象者の内で眠っているのだという。

 いつ、どこで。何がきっかけで"聖女"の魔力が目覚めるのか、誰にも分からない。


 アベル様の聖女探しは国中が知っているし、"目覚めの時"を迎えた者がいれば、すぐに報告が来るのだろうけれど……。

 少なくともまだ、私の耳には聖女発見の噂すら聞こえてこない。


(アベル様はきっと、"聖女"が見つかるまで、ご婚約者をお決めにはならないつもりなのね)


 アベル様はルキウスと同じ十八歳。けれどまだ、誰とも婚約をしていない。

 それはアベル様のご意向が強いのだと、あちこちで囁かれているけれど。


 まるで彼の心内を覗いたかのように、私には分かる。

 今はとにかく、"聖女"探しに集中されたいのだろう。

 あのお方は誠実で、真面目で。なによりも国のためを一番に考えていらっしゃるから――。


「――さま、お嬢様!!」


「っ!」


 呼びかけに、はっと意識を浮上させる。

 眼前で私を見下ろすのは、ティーセットの乗るトレーを手にした、ひとりの侍女。

 紅茶色の髪をすっきりとまとめ上げ、オレンジがかった瞳に呆れを写している。


「ミラーナ……」


 私が確かめるようにしてその名前を呼ぶと、彼女――ミラーナ・コニックは目尻を和らげて、


「お茶の準備が整いましたよ」


 優雅な手つきで机上にカップを並べ始めたミラーナは、私の五つ年上の二十一歳だ。

 はじめて当家に来たのは、彼女が十四歳の時。私は九歳だった。

 それから七年間、ミラーナはずっと、私付きの侍女をしてくれている。


 数少ない私の理解者のひとり。そして同時に、私にとっては姉のような、大切な家族。

 ポットを傾け、温かな紅茶をカップに注ぎながら、ミラーナが「それで?」と優しく問う。


「お嬢様がお心を飛ばしていらっしゃったお相手は、アベル様ですか? それとも、ルキウス様で?」


「な……!? シーっ! だめよミラーナ、誰かに聞かれでもしたら……!」


「ご心配には及びませんよ、お嬢様。当家の使用人は皆、お嬢様のお幸せを一番に願っている者ばかりですから。お嬢様がじっくりとお悩みになれるようにと、このテラスに近づく者はいません」


「え、そ、それはありがたい限りだけれど……。まさか、使用人の皆がアベル様とルキウス様のことを知って……!?」


 この家の人間で、今回の一件を知るのはミラーナだけのはず。

 だって事情を話した時にちゃんと誰にも秘密よって釘をさしたし、ミラーナが私との約束を破るなんて考えられないし……っ!

 と、私の混乱を察してくれたのか、ポットを置いたミラーナは「もう、お嬢様ったら」と小さく噴き出して、


「あんなお顔で白薔薇を抱えて戻ってきては、誰もが気付きますよ。おまけに突然ルキウス様のもとへ飛んで行かれたと思ったら、今度はルキウス様のご訪問が増えましたし。私が話さずとも、当家の使用人であれば大方の予想がつきます」


「へ!?」


 そうなの!?

 私ってそんなに分かりやすいの……!?


(あ、あんな顔って、どんな顔してたの私ったら……!)


 思わず両手をあてた頬があつい。

 ミラーナは羞恥に悶える私を微笑まし気に眺めながら、


「そういうわけでして、本日のティーフードはお嬢様の大好物。"たっぷりチーズのケーキ、ベリーソース添え"ですよ。料理長からの応援だそうです」


「りょ、料理長まで~~~~っ!」


 ハートを描くソースの中央に、いい顔でサムズアップしてみせる料理長の顔が浮かぶ。


「なんなの……! なんなのよ皆して……っ! 私はもう子供じゃないのよ!? こんな、こんな……!」


「あら、でしたらそちらはお下げしますか?」


「食べるわよ!」


 即座にお皿を守ってしまった私に、ミラーナは「料理長も喜びますよ」と楽しそうに笑む。


「お嬢様はおいくつになられても、私達のお嬢様ですから。皆、可愛くて仕方ないのですよ」


「それは……わかっているわよ。この家には、私しか子供がいなかったのですもの」


(あ、しまった)

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