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大切にしたいお友達

「やっとお会いできました……!」


 私の眼前で足を止めたロザリーが、息を乱しながらもにこりと嬉し気に笑む。

 ふわりと揺れる、淡い紫の髪。いつもは聖歌隊の制服に包まれている身体は、彼女の髪とよく馴染む紫と、淡い緑の生地がたっぷり使われた美しいドレスをまとっている。


(ロザリーの清涼で優し気な雰囲気に、よく合っているわ)


 先ほどまでの不安はどこへやら。

 湧き上がる感動に私はロザリーの両手を掴み、


「会えて嬉しいですわ、ロザリー。ドレスも良く似合っていて、本当に素敵!」


「あ、ありがとうございます、マリエッタ様。それもこれも、マリエッタ様がご贔屓の仕立て屋をご紹介くださったからです」


「やっぱりそのドレス、私が推薦した所のでしたのね。数ある選択肢の中から選んでもらえて、嬉しいですわ」


 エストランテは社交界への参加権を得る。

 周知の事実により、代々エストランテが決まると教会にはブティックや仕立て屋が押しかけ、ドレスの提供を申し出るのが恒例行事となっていて。


 というのも、国中の羨望を受けるエストランテの着用するドレスは当然、注目度が高く。ほんの一着でも着用されれば、店の知名度が一気に上がるから。

 そのため、なんとしても選ばれたい店側は私のように、懇意にしている貴族の名を"推薦者"として同封することも多い。


 そして私もまた、贔屓にしている仕立て人の"推薦者"として、名を連ねていたのだ。

 といっても、膨大な封書の中のひとり。私の名に気づいてくれたのは、幸運としか言いようがないのだけれど。

 と、ロザリーは「それは……」と恥ずかしそうに視線を彷徨わせ、


「その、以前よりずっと……ドレスが着れるのならば、マリエッタ様と同じ店のものが着れたらと夢見ていたのです。おこがましくも、揃いの仕立てで共に社交の場に立てたらと。推薦人として名をあげてくださって、ありがとうございました。マリエッタ様のお心遣いにより、また夢が一つ、叶いました」


(な、なんていじらしいのロザリー……っ!)


 恥じた笑みを浮かべる姿とその内容に、きゅんと胸が鳴る。

 私は感情が高まるのを感じながら、


「当然ですわ。だってロザリーのドレスは、絶対に素敵なものでないと嫌ですもの。叶うならば揃いの仕立てでって、私も何度も想像していたわ。ロザリーのおかげで、私の理想が目の前にあるの。私こそ感謝すべきだわ。本当に素敵よ、ロザリー」


「あ、ありがとうございます、マリエッタ様……っ」


(ああ、本当に私ってば、なんて素敵なお友達に恵まれているのかしら!)


 貴族の中に友人と呼べる相手はいないけれど、こうしてロザリーといつまでも仲良くいれたならそれだけで……。

 頬を赤く染めるロザリーの愛らしさに和みながら、見つめ合っていたその時だった。


「静粛に。アベル殿下のご入場にございます」


 高らかに告げる男性と、視線を集めた先。

 堂々たる足取りで現れたのは、主役であるアベル様。


(アベル様……っ)


 誰が発するでもなく、会場中のご令嬢がスカートを摘まみ上げ頭を下げる。

 私もまた、動揺を隠しながら同じく。


「……頭を上げよ」


 低く、落ち着いた。ほんの数日前まで、この心を歓喜に震えさせていた声。

 今は緊張を先行させるその音に頭を上げた刹那、ばちりと視線があった。


「っ」


 思わず息を呑む。と、アベル様はすいと視線を外し、会場に集うご令嬢方を見渡すようにして、


「こたびは急な開催にも関わらず、参列いただき感謝する。短い時間となるが、思い思いに楽しんでいってほしい」


(勘違い……だったのかしら)


 視線が交わったあの瞬間、彼の表情に変化は見られなかった。

 もしも本当に目が合っていたのなら、怒りの色を帯びるとか……。

 そもそも、無礼を働いた私を視界にいれたくはないだろうから、嫌悪に眉を歪めたっておかしくはない。


(私ったら、まだアベル様を慕っていた時の癖が抜けていないようね)


 この会場に集まるご令嬢はざっと三十。おまけにこんなにも後方にいるのだから、あの一瞬で私を見つけるなんて不可能に近い。

 たまたまこちらを向いていた彼を、"自分を見ている"と勘違いしてしまったのだろう。

 彼を想い、その瞳にほんの僅かでも自身を写してほしいと願っていた、かつての頃のように。


 アベル様による開始の宣言が終わり、宮廷音楽隊による演奏が始まると同時に、彼はあっという間にご令嬢方に囲まれてしまった。


(ほんの少し前なら、私もあの輪に加わっていたに違いないわね)


 自身の幻影にくすりと小さな苦笑を零して、私は隣のロザリーへと視線を向ける。


「ロザリーは初めてのお茶会ですわよね? といっても、私もそう経験が豊富なわけではないのだけれど。まずはお茶をいただきにまいりましょう」


「……はい。ご一緒させてください、マリエッタ様」


 ロザリーとお茶と受け取り、軽い食事を楽しむ。

 彼女がエストランテの称号を得てから直接会うのは初めてなので、会話は自然と聖女祭での出来事に。


「あの時……ロザリーがエストランテの称号を得る瞬間に立ち会えて、本当に良かったですわ。あの瞬間を見逃していたら、ずっと後悔していただろうから」


「マリエッタ様……。その、こう言っていいものか随分と悩んだのですが……。私も、マリエッタ様がいらっしゃってくれて、本当に嬉しかったです。あの時の、喜びに涙してくださったマリエッタ様のお顔を、今でも鮮明に覚えています」


「それは……っ、その、忘れてもらえないかしら」


「申し訳ございません。マリエッタ様のお願いとはいえ、ちょっと難しいかと」


 弱ったような笑みを零すロザリーに、私は「もう、恥ずかしいのに」と頬を膨らませる。

 それでもロザリーは怯えるどころか、どこか嬉し気な笑みを浮かべるものだから、私もまた仕方ないと息をついて、


「……でも本当、こうしてロザリーと共に大切な瞬間を記憶として刻めたのは、ルキウス様のおかげですわ。彼には本当に、感謝していますの」

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