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お守りのブレスレット

 刹那、ミズキ様が薄く息を呑んだ。


「それは本当かい? マリエッタ様」


 じっと、探るような眼で、私を見つめる。


「ルキウスの体裁なんざ、気にする必要はないよ。むしろ、マリエッタ様が気持ちを押し殺す方が、あの子は嫌がるだろうし――」


「いいえ」


 私はくっと背を正す。


「ルキウス様のためではありませんわ。全ては私が、私の心が、求めていることですの。……私は、ルキウス様の隣を歩みたいのです」


 私はぎゅっと胸前で両手を握り、


「散々困らせておいて、今更だと。なによりも気が付くのが遅すぎると、自分でも理解しておりますわ。ですがそれでも私は、自分の気持ちに嘘をつきたくはありませんの。ですから」


 視線を上げる。私は祈るような心地で、ミズキ様を見つめ、


「お力を貸してくださいませ、ミズキ様。どうしたらルキウス様に、私の望みをお伝えできますでしょうか。どうしたら、私は許されるのでしょうか。……簡単に心変わりをするような軽薄な想いだと、袖にされずにすむのでしょうか」


「マリエッタ様の気持ちを、袖に……?」


 ミズキ様は戸惑ったように瞳を揺らしてから、


「マリエッタ様。私に教えてくださったそのお気持ちは。アベル様ではなくルキウスを好いていると、直接ルキウスにはお伝えされたのかい?」


「……いいえ」


 ふるりと首を振った私は、ためらいを飲み込む。


「過去は、消せません。あんなにもルキウス様の優しさを拒んでおいて、やっぱりこのままでいたいだなんて。……身勝手すぎますわよね」


 ルキウスは、優しい。だからこそ私がこの想いを伝えたところで、今のミズキ様のように、私が気を遣っているのだと考えるだろう。

 ならば信じてもらえるまで、何度も言葉を尽くすのは簡単だけれど……。


 私が彼を裏切り続けていた事実は、変わらない。

 ボタンは一つ掛け違えてしまえば、その後も掛け違えたままになってしまう。

 また、私の気持ちが他に移るのではと。ルキウスはきっと、私を疑い続けなければならなくなる。


(そんなの、苦しいだけだわ)


「ルキウス様が私の幸せを願ってくださっているように、私もまた、ルキウス様の幸福を願っております。けれども私は我儘なもので、自分の気持ちも諦めたくはありませんの。ですが……」


「うまい策が浮かばずに、相談に来てくれたってわけか」


「……ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」


「とんでもない。頼っていただけて光栄だよ。それも、私にとっては嬉しい方向にね。そうかあ……あの子の努力が、やっとこさ身を結んだんだねえ」


 瞳に慈愛を浮かべながら、ミズキ様がぽそりと呟く。

 それから柔い笑みを浮かべて、


「恐れることはないさ、マリエッタ様。私が言うまでもないけれど、あの子は心底あなた様を好いているんだ。ちょっと病的なまでにね」


「そ、それは……なんと、お返ししたらよいのか」


「あっはは! ほら、マリエッタ様もよくご存じじゃないか。だからね、大丈夫。マリエッタ様が心を込めて発した言葉を、あの子が疑うもんか。お前さんたちはね、揃って少しばかり臆病なのさ。お互いに関してね。けれどここらでちょいと、なりふり構わずぶつかってみるのもいいのではないかな。お前さんたちなら必ず、相手を受け止めてやれるはずからね」


「なりふり構わず、ぶつかる……」


「そうさ。マリエッタ様だって、"かっこつけている"ルキウスだけを好いたわけではないだろう? ルキウスだって、なにもマリエッタ様の見てくれだけを"愛らしい"と心酔しているわけでもないしね。まあ、私がいわずとも、マリエッタ様のほうがよく心得ているだろうけれど」


「…………」


(ミズキ様の、言う通りだわ)


 ルキウスは確かに私の外見も褒めてくれるけれど、いつだって私の本質と向き合ってくれていた。

 知って、知ろうとしてくれて。それで尚、私をあんなにも好いてくれている。

 私は、そんな彼が大好きなのだから。


 彼に認めてほしいと願うのなら、私が恐れずに、彼と向き合うべきなのだ。

 下手に着飾らずに。私という、ひとりの人間として。


「……ありがとうございます、ミズキ様」


 肩の強張りが弛緩する。


「素直に、お伝えしてみますわ。信じていただけるまで、何度でも。我儘を通したいのなら、体裁などに拘っていてはいけませんね」


「うんうん。相手を想うあまり思い悩んでしまうなんて、なんともいじらしいけれども。ただ、ね。伝えないままでは、相手にとっては"ない"も同然だからね。……お前さんたちはにはどうか、すれ違ったまま後悔してほしくはないのさ」


「ミズキ様……」


 その瞳には、いったい何が見えていたのだろう。

 過去を憂うような表情で宙を見つめていたミズキ様は、「さてと」とよく知った笑みに切り替え、


「マリエッタ様の心も定まったことだし、ここらでまた今の星周りを見てみるなんてどうかな?」


「よろしいのですか?」


「むしろ、見せてもらえるとありがたいかな。あの子はちっとも見せてくれやしないからねえ。近頃は少し"忙しい"ようだし、マリエッタ様の星周りは少なからず、あの子にも影響するはずだから」


(ルキウスってば、どうしてミズキ様にお見せしないのかしら)


 今度、尋ねてみるのもいいかもしれない。

 そんなことを考えながら、はい、と差し出されたカンザシを受け取る。

 ミズキ様の「失礼するね」という合図と同時に、雫型の粒がふよふよと光を帯びた。

 その美しさに見惚れていたのもつかの間。


「……え?」


 衝撃を受けたような声と共に、ふつりと光が止んだ。

 思わず、といった風のミズキ様に、私は首を傾げ、


「いかがされましたか?」


「ああ、いやね」


 ミズキ様はなんでもないように、にこりと笑んで、


「前回とは随分と様変わりしていたもんで、少し驚いてしまっただけさ。失礼したね」


「いえ」


(驚いただけ……にしては、妙な反応だった気がするのだけれど)


 微かな引っ掛かりにミズキ様の顔を伺うも、彼は至って落ち着いた声色で、


「やっぱり、マリエッタ様のお気持ちは直接ルキウスにお伝えされたほうがよさそうだ。あの子も、それを待っているだろうからね」


 と、ミズキ様がおもむろに立ち上がった。

 窓際の机に向かうと、カタリと引き出しを開け何かを取り出す。

 それから私の元に戻ってくると、「これね」と静かに眼前にかかげた。

 金色をした細身のチェーンの中央で、小さく丸い白石がきらりと光る。


「美しいブレスレットですわね」


 ミズキ様は嬉し気に頷いて、


「ちょっとしたお守りみたいなもんでね。お願いなのだけれど、これ、しばらく付けておいてくれないかい?」


「え……? えと、いただいてしまって、よろしいのですか?」


「うん。ほら、近頃ルキウスは忙しいもんだから、あまり会えていないだろう? だからまあ、おまじないってところさね。この石はきっと、マリエッタ様の手助けしてくれるだろうから」


 いいかな? と。

 伺うようにして首を傾けたミズキ様に頷いて、私は左手を差し出した。

 ミズキ様が腰をかがめ、私の手首にブレスレットをつけてくれる。


「ほい、できた」


「ありがとうございます、ミズキ様」


 手首を自身に引き戻すと、ちゃらりと手首を流れ落ちる。

 白石には魔力が込められているようだけれど、感じ取れるのは軽微で、どんなものかはよく分からない。


(けれどなんだか、不思議と気分が落ち着くというか……)


「忘れてはいけないよ、マリエッタ様」


 視線を上げると、柔い口元とは反対に、どこか忠告めいた瞳が向いた。


「お前さんたちの運命は、お前さんたちのものだ。私はいつだって、お前さんたちの幸せを祈っているからね」

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