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祝福の歌姫

 私に覆いかぶさるようにして馬を操るルキウスの存在を背に感じながら、私達を乗せた馬は教会裏手の路地に駆けこんだ。

 そこに止まっていたのは、一台の馬車。


(! 私の家の馬車だわ)


 どうして、と疑問を掠めたその時、「お嬢様!」とミラーナが馬車内から飛び出してきた。

 ルキウスは馬からさっと降りると、私に手を伸ばしながら、


「僕が呼んだんだ。大丈夫、すぐ終わるよ」


 ルキウスの手を借りて馬から降りた途端、ミラーナに「こちらに」と手を引いて馬車に押し込められる。


(なんか、さっきと同じような)


 呑気にもそんなことを考えているうちに、ルキウスに借りた黒いローブが取り払われ、変わりに「こちらを」とケープを肩にまかれる。


「これは……」


 花の刺繍が美しい、銀の……ルキウスの髪色と同じ色。


「今のお嬢様のドレスには、こちらのケープがよくお似合いでしょうから」


 言いながらミラーナは、風で乱れた私の髪をさっさと整えてくれる。


「さあ、いってらっしゃいませ、お嬢様!」


 仕上げに同系色の帽子をつけて、ミラーナは馬車の扉を開ける。

 待ってましたと私を迎え入れてくれたルキウスの後方には、彼の馬の手綱を持つジュニーの姿が。


「ジュニー様!」


「乗馬まで出来るなんて、恐れ入りました。ギリ間に合いましたよ」


 パチリとウインクを飛ばすジュニーが、振り返ったルキウスの顔を見て「ひっ! これくらい、いいじゃないですかあ!」と真っ青に。


(ど、どんな顔を……?)


 って、急がなきゃ。


「ルキウス様」


 私の呼びかけに、顔を向けたルキウスが頷いて私の手を取る。


「走るよ」


 駆けだしたルキウスに合わせ、私も走り出す。

 布の多いドレスは教会にも、走るにも向いていない。

 けれどもミラーナが着けてくれた銀の帽子とケープのおかげで、教会にも浮かない装いになっているし。

 ルキウスの用意してくれたヒールのないブーツは、蹴り上げる私の足を支えてくれる。

 教会の扉が近づく。手の内には、赤い薔薇のハンカチ。


(ロザリー……!!)


 力を込めて開け放った先。壇上では丁度、最後の聖歌が始まった。

 ロザリーと目が合う。彼女は驚いたように目を丸めてから、少しだけ瞼を伏せ、それから嬉し気な笑顔を浮かべた。


 少女たちの美しい歌声が、教会内にこだまする。

 そして歌が途切れると、澄んだピアノの旋律だけが響きわたった。

 聖歌隊の少女たちは両の膝をつくと、瞼を閉じ、祈りの姿をとる。


(エストランテが決まる……!)


 花飾りを身に着けた少女に、祝福の聖石が付けられた冠を贈られた者がエストランテとなる。

 旋律がとどろく。舞台袖から、白いワンピースをまとった裸足の少女が現れた。

 その手には聖石の輝く、細い金の冠が。


(お願い……! どうか、ロザリーに!)


 ぎゅうと両手を組んだ私を励ますようにして、ルキウスがそっと背を支えてくれる。

 壇上の少女がくるりと回る。軽やかなスカートを翻して、彼女は祈る少女の頭に冠を乗せた。

 ロザリーの、淡い紫の髪に金が輝く。


「新しいエストランテに、聖女様のご加護があらんことを!」


 わあ、と会場が沸き立ち、教会は拍手の渦が巻き上がった。

 顔を上げたロザリーが、満面の笑みを咲かせる。その目尻には、歓喜に溢れる涙が。


「ロザリー……っ!」


 ずっと待ちわびていた光景。彼女の流す涙の美しさに、私も思わず視界が滲む。

 と、私の目尻を指先が拭った。ルキウスだ。驚きに彼を見上げると、


「僕のハンカチは受け取ってもらえそうにないから、これくらいはね」


「な……っ!」


「ああ、ほら。エストランテのソロだ」


 つい、と流された視線を追って、私も壇上に視線を戻す。

 ロザリーが一歩を進み出ると、拍手が鳴りやんだ。

 深呼吸をひとつ。眩い祝福の光を一身に集めて、ゆっくりと歌い出す。


(ああ、やっぱり。こんなにも優しく、心がじんわりと温かくなれる歌声が出せるのは、ロザリーだけだわ)


 その声はまるで、春を迎えた湖の、雪解けのような。

 本当は、今すぐにでもロザリーを抱きしめて、「おめでとう」と伝えたいのだけれど。

 聖歌隊は公演後、そのまま舞台裏に戻ってしまうので、私は精一杯の祝福を込めて拍手を送った。

 ロザリーには、また、手紙を書こう。


「ありがとうございます、ルキウス様」


 公演終了後。

 興奮の余韻が残る教会内で、聖歌隊の去った壇上を見つめながら、ルキウスに告げる。


「ロザリーがエストランテとなる瞬間に立ち会えていなかったら、私、きっと後悔を抱えたままでしたわ。ギリギリになってから気が付くなんて、とんだ愚か者ですね、私は」


「ギリギリでも、間に合ったよ。マリエッタはちゃんと、自分で大切なモノを選んだんだ。全然、愚かなんかじゃない」


「それだって、ルキウス様が助けてくださったからですわ」


 ルキウスを振り返る。私は数秒のためらいを振り切って、


「その……どうして、歌劇場にいらっしゃったのですか? 馬はもちろん、馬車やミラーナを手配してくださったのも、ルキウス様ですのよね? それに……エスコートをされるはずだった、ご令嬢の方は……」


 途端、ルキウスは「え?」と驚いたようにして、


「エスコートをするはずだった、ご令嬢? なんのことだい? 僕はマリエッタしかエスコートしないよ」


「へ? だって、教会には別のご令嬢をお連れになる予定でしたでしょう?」


「そんな予定、一度だってないよ。誰がそんな嘘を」


「あ、いえ、違います。ルキウス様がお席は二つのままで、別の同行者をお連れになると言っていらしたので、てっきり他のご令嬢をお誘いするものだとばかり思っていたのですが……。ち、違いますの?」


「…………」

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