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王子様のエスコート

(てっきりアベル様は王家の馬車で向かわれるのかと)


 喉から飛び出してきてそうな心臓を宥めながら、私は対面に腰かけ、


「本日はお招き、ありがとうございます。まさか、アベル様が自らお迎えくださるとは思ってもいませんでしたわ」


「迷惑だったか?」


「とんでもございません! てっきり王家の馬車にて向かわれているものだと思ってたので……驚いてしまっただけにございます」


 馬車が走り出す。アベル様は私を見つめたまま苦笑を浮かべ、


「その発想はなかった。どうやら俺は自分で思っている以上に、マリエッタ嬢をエスコート出来るこの日を待ちわびていたようだ」


「っ!」


(んんんんんんんん王子様っ!!!!!!)


 間違いない。この胸がぎゅんぎゅん荒ぶる感覚。

 やっぱり、やっぱりアベル様こそ、私の王子様……!!!!!


「あ、あの、この仮面も……! 大変美しいものをお贈りいただきまして、ありがとうございます……っ」


「ああ。いくつか悩んだんだが、余計な色のないその白の仮面でやはり良かったようだな。翡翠の瞳が、よく映える。綺麗だ」


「~~~~っ、お、お気遣い頂きまして恐縮ですわっ!」


「世辞ではないぞ?」


「!? た、大変光栄に存じますっ!」


 え? なに??

 もしかして私、今日で人生全ての幸運を使い果たしてしまうのかしら????


(せっかくの好機なんだから、もっと可愛らしい受け答えでアピールをしなきゃなのに……っ!)


 アベル様の言葉を受け止めるのに精一杯で、全く頭が回らない。


(こんなことならもっと、恋愛小説を読んでおけば良かった……!)


 いちおう、アベル様はなにやらくっくっと楽し気に喉を鳴らしていらっしゃるので、気分を害してはいないらしい。

 どうせルキウスと結婚する未来なのだからと、恋愛事に興味を持たなかった過去の自分が恨めしい。

 私はなんとか会話をしなければと、


「せ、聖女祭で歌劇場へ赴くのは初めてですので、とても楽しみですわ」


「初めて、なのか?」


「ええ。いつもは教会にお招きいただいておりましたので。その……友人が、おりますの」


 アベル様は「ああ」と気づいたような声をあげ、


「それであの夜、教会にいたのか」


「え、ええ……」


 正確にはアベル様との接点を作るためにと、ロザリーが気を回してくれた結果だったのだけれど。

 偶然にしておいたほうが得策だろうと、私は肯定しておく。


「聖女祭では必ず、"聖女ルザミナ"を上演されていると」


 荒廃したこの国に聖女ルザミナ様が現れ、後に王となる青年と共に平和を取り戻していくお話。

 一幕では主にこの国に平和をもたらすまでの英雄伝を。二幕では、王となった青年との恋模様が中心となっていて、意中の相手と観に行くとそれはそれはいい雰囲気になるのだとかなんだかとか……。


(まあ、アベル様はお仕事でのご観覧だし、そうした意図ではないのだろうけれど)


 思った通り、アベル様は微塵の動揺も見せずに、


「そうだ。マリエッタ嬢は聖女についてもよく学ばれているようだから、初めてでも楽しめるだろう」


「どうして私が、聖女について学んでいるとご存じで……?」


「聖歌。歌っていただろう。あれはただ口ずさんでいるのではなく、内容を理解した歌い方だった。加えて、きっと何度も歌っているのだろうと」


「あ……! わ、私の拙い歌など、忘れてくださいませ!」


「それは出来ない。俺にはこれまで耳にしたどの歌よりも心に響いた。叶うことならもう一度と、願ってしまうほどに」


「…………っ!」


 もう無理。全然むり……!!


(ほんっと、アベル様のどこが"堅氷の王子"なの!?)


 ちょっとさすがにそろそろ処理の限界すぎて、心臓が破裂しそうなのだけれど……!!

 とはいえこんな所で倒れたら大変と、私は密かに深呼吸を繰り返す。

 その行動が奇妙に映ったのか、アベル様は「……すまない。欲張りすぎたな」と眉尻を下げ、


「それでも、キミの初めて観る"聖女ルザミナ"の相手が、俺で良かったと思わずにはいられない。キミの婚約者……ルキウスには、悪いことをした」


「っ! そ、れは」


「だが」


 アベル様が少し強い口調で、私の言葉を遮る。

 そろりと向けた視線を柔い眼差しで受け止め、


「申し訳なさはあれど、後悔はない。今日のキミは、俺のパートナーだ」


「アベル様……!」


 馬車が止まる。劇場についたらしい。

 アベル様が先に降り立ち、「さあ」と右手を差し出してくれる。刹那。


『マリエッタ』


 重なる、ルキウスの姿。


「っ!」


「どうかしたか?」


「! い、いえ。アベル様のお手を借りれるなんて、恐縮ですわ」


(どうして私、ルキウスの姿なんて思い出しているのかしら)


 アベル様は、気づかれなかったよう。

 私がおずおずと乗せた手を、指先でくっと握り込め、


「エスコートを申し出たのは俺だ。当然のことだろう」


 薄い笑みに、心臓が高鳴る。

 そう、高鳴るのだもの。間違いなく、これは、恋。


(なのにどうして、こんなにも心臓の奥が苦しいの)


 アベル様が私の手を取ってくれているように、ルキウスもきっと、今頃私ではない誰かの手を取っているのだろう。

 望んだのは私。なのに。なのに、どうして……。

 その時、周囲のざわめきに気が付いた。


「あれは、アベル様?」


「ご令嬢をエスコートされているのか?」


「そんな……っ! いったいどこの……!」


(……集中しなきゃ)


 私はアベル様の手を取ったのだもの。恥をかかせるわけにはいかない。

 そして、"私"だと、バレるわけにも。


「行こう」


「……はい」


 仮面はきちんと顔を覆ってくれている。

 私は背を伸ばして、アベル様に導かれるまま馬車から降り立った。

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