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黒騎士様に手作りクッキーを贈りましょう

 そうだそうだとものすごい勢いで頷く隊員を見るに、ルキウスはルキウスで人望はあるようだけれど。

 それもこれも、ジュニーが自由奔放なルキウスをこうやって制御してくれているからなのだと思う。


「だいたいさ、ジュニー。キミが連れてきたってことは、僕を差し置いてマリエッタに会いに行ったってことだよね?」


「あ、そこ詰めてきちゃいます? 仕方がないじゃないですかあ。隊長は浄化石が戻るまで本部待機なんですから」


「ジュニー、手合わせ三十本ね」


「なんで!? むしろ良く連れてきたと褒めるべき案件じゃないですかあ!?」


「うん、マリエッタと会えたことは感謝しているから、ニ十本差し引いてあげたよ」


「いやちっとも優しくないですからね!? なんで罰則ついてるんです!?」


「僕よりも先にマリエッタと会ったのと、キミたちの都合で連れ出されてしまったマリエッタへの謝罪分」


「あ、いえ、ルキウス様。それは違いますわ」


 私がは慌てて否定を口にして、


「私もずっとルキウス様にお会いしたかったのですもの。ジュニー様に連れてきていただけて、助かりましたわ」


「マリエッタ……!」


 感動したように、瞳を輝かせたルキウス。

 すかさず他の隊員が、


「いやーーーー綺麗な婚約者様とこんなにも仲睦まじいなんて、羨ましい超えて嫉妬すら芽生えますね!!」


「俺もかわいい婚約者ほしい!!」


「ほら、隊長! いつまでもこんな汗くさいところに立たせていたら駄目ですよ! ちゃんともてなして差し上げないと!」


 やんややんやと沸き立つ隊員にも臆することなく、「あ、そうだったね。僕としたことが」とルキウスが気が付いたように言う。

 次いで嬉し気な笑顔を咲かせたかと思うと、私の背に手を遣り、


「僕の執務室へおいで、マリエッタ。お茶を淹れてあげる」


「……では、お言葉に甘えさせていただきますわ」


 どうやらジュニーを始めとする隊員たちの目論見は、無事に成功したらしい。

 ルキウスのエスコートを受けながらその場を後にする際、


「うおおおおおおマリエッタ様、俺たちの救いの天使……!」


「マリエッタ様の身に危険が迫りましたなら、必ずやお守りしてみせますからね!!」


(すごい。小声なのに、全部聞こえているわ……)


 ただ来ただけなのに、なんだか仰々しいことになってしまった。

 チラリとジュニーに視線を遣ると、すまなそうなウインクをひとつ。


「あとはよろしく頼みます」


 はくはく動いていた口は、そう言っているかのよう。



 ルキウスの執務室は、上階の日当たりのいい場所にあった。

 隊長というだけあって、様々な人と話もするのだろう。執務机の前には、ローテーブルを挟むようにしてソファーが対で置かれている。

 ルキウスに促されてソファーのひとつに腰かけると、隊長さま自ら紅茶の用意を始めた。


「あまり無茶なことをして、皆さまを困らせないであげてくださいませ、ルキウス様。私も、ルキウス様が怪我を負うのは嫌ですわ」


 まあ、現状でも制服に一切傷のついていないルキウスには無用の心配かもしれないけれど、本心なのでそう告げる。

 ピタリと手を止めたルキウスは私を一度見て、それから再び茶器に視線を戻すと、


「……マリエッタがそう言うのなら。気を付けるよ」


 消沈した声は、まるで叱られた子供よう。

 苦笑を浮かべる私の眼前に、白磁のティーセットが置かれる。


「マリエッタが来てくれるのなら、もっといい茶葉を用意しておけばよかったな」


「……申し訳ありません。お仕事の邪魔になると分かっておりましたのに」


「謝らないでよ、マリエッタ。キミならいつでも大歓迎なんだから。まあ、キミにとってあまりいい環境とはいえない場所だけれどね」


「そんなことは。ジュニー様も気遣ってくださいますし、隊員の皆様も気さくな方ばかりでしたし。この建物だって、廊下ひとつとっても興味深い箇所が多く、とても楽しいですわ」


「ふふ。さすがはマリエッタ。本当ならこんなところでお茶を飲んでいるより、さっきの訓練場を見学してみたかったでしょ」


「よくおわかりになりますわね」


「そりゃあ、僕はキミの婚約者である前に、幼馴染だしね。キミは昔から恐怖心よりも、好奇心の方が強いから」


 二つのティーカップに紅茶を注いだルキウスが、私の対面に腰かける。


「お茶菓子の用意がなくてごめんね。すっかり忘れてた。ジュニーなら何か持っているかもしれないから、聞いてみようか」


「あ、それでしたら」


 降ってわいた好機に、私は緊張を押し込めながら、小袋をルキウスに差し出す。


「これを。ルキウス様にお渡ししたくて、持って参りました」


「僕に……?」


 頷いた私から受け取ったルキウスが、丁寧に小袋を開く。


「これは……クッキー?」


(しっかりするのよ、マリエッタ……!!)


 私は逃げ出したい衝動をぐっと耐え、意図的に背筋を伸ばし、


「私が、作りましたの」


「…………え?」


「と、といいましても、料理長にかなりお手伝い頂いていますがっ! その分、味は保証いたします。毒見が必要なのでしたら、先に私が一枚――」


「ま、まってマリエッタ……! えと、キミが……、このクッキーを? それもこれって……僕の為、だよね?」


(あ、あれ……?)


 ルキウスが私の告げた内容に対して、こうも疑り深いのは珍しい。


(てっきり、いつものように甘い言葉を並びたててみたりして、喜んでくれると思ったのだけれど……)


 ルキウスは私を見てくれないばかりか、にこりともしてくれない。

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