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婚約者を本気にさせてしまったようです

「私との婚約を破棄すれば、ルキウス様には大勢のご令嬢からのお誘いが押し寄せるでしょう。わかっています。ルキウス様がそうした行為を、面倒に思っていることなど。美しいご令嬢を相手にするよりも、仕事に、鍛錬に励みたいと願っておいでなのでしょう? ですがルキウス様、私だって貴族の娘である以上、いつかは子供を産まなければなりません。ルキウス様だって、避けては通れないお役目です。ならば互いのためにも、今のうちにキチンとしたお相手を――」


「ふうん……。そう、なるほどね」


 わ、と淑女に似つかわしくない声をあげてしまったのは、ルキウスが私の身体を横抱きで持ちあげたから。

 突然の浮遊感にバランスを崩し、とっさにルキウスの胸元を掴むと、


「そうそう、ちゃんとつかまって」


 スタスタとソファーへ進んだルキウスが、私を抱えたまま腰を下ろす。

 やっとのことで解放されるのかと思いきや、横抱きの私を膝に乗せただけで、一向に放す素振りを見せない。


「ルキウス様、降ろしてくださいませ!」


「んー? やーだ」


 ルキウスは歌うように拒絶してから、小首をかしげ、


「これでもまだ、僕が妹扱いしていると思うの?」


「へ? え、ええ。"妹"相手だからこそ、こんなお戯れが出来るのですよね」


「うーん、これはどうにも根が深そうだね」


 まず、一つ目に。

 ルキウスは膝裏にあった右手を私の手元に伸ばし、私の人差し指をちょんとつつく。


「マリエッタとの婚約をせがんだのは僕だよ。それは合っている。けどね、マリエッタがお嫁さんになってくれたら嬉しいなって思ったからで、妹にしたいだなんて考えていないよ。たしかにマリエッタが妹だったらなあって想像したこともあるけれど、それはもっと子供だった時のことで、誓って"妹"にしたいから婚約を、なんてあり得ない」


「そ、そうでしたの……」


「そうだよ。それから、二つ目」


 今度は私の中指を突いて言う。


「マリエッタの言った通り、僕は夜会やらお茶会やらよりも、剣を振るっていたい。さすがは僕の性格をよく知っているよね、キミは」


 だけど、もし。

 ルキウスは私の指先をすくうようにして絡ませ、


「マリエッタが許してくれるのなら、剣なんかよりもキミに触れていたい。キミは気づかなかったみたいだけど、僕はずっと、こうしてマリエッタと"婚約者"らしく振舞える機会を待ち望んでいたんだよ」


「な、な……っ!?」


 知らない。だってそんな話、これまで一度だって……!!

 混乱にわななく私にくすりと笑んで、ルキウスは「一番大事な、三つ目だけど」と口を開き、


「僕は子供を持つのなら、マリエッタとの子がいい。でもこれは決して役割だとか、務めだからとかじゃなくて、マリエッタが大好きだから思うことだよ。僕の気持ち、伝わった?」


 絡めた手を持ちあげて、ルキウスが私の手の甲に柔いキスを落とす。

 私はというと、はしたなくも開いた口がまったく閉じなくて。


(だって、だって……! そもそもこうして触れてくれるのだって、初めてで……!!)


 固まる私の胸中など、どうやらお見通しらしい。

 ルキウスは上機嫌ににっこにこと笑みながら、


「だって、いくら婚約者でも、僕の気持ちを押し付けるのは違うでしょ? だから、マリエッタがデビュタントを迎えるまではって我慢してたんだよ。本当は、その前にキミの気持ちがはっきりと僕だけに向いてくれれば良かったんだけど……」


 弧を描いていた唇が、拗ねたようにして尖る。


「やっとこれで堂々と、キミをエスコート出来るようになったっていうのに。どうやらじっくり待ちすぎてしまったみたいだね」


「ええと、ルキウス様の誠実さには、本当に心から感謝をしておりますわ」


「うんうん、キミはいつだって律儀だよね。けどね、マリエッタ。僕がほしいのは、感謝じゃないんだよね。ねえ、もう一度その胸に訊ねてみてよ。キミの"真実の恋"の相手は、僕なんじゃないかな?」


「そ、れは……」


 訊ねるようにして、胸に抱いた白薔薇へと視線を落とす。

 重なる花弁の先にある心臓は、ドクリドクリと常とは違う跳ね方をしていて。

 そのきっかけになっているのはおそらく、目の前で、愛おし気な眼差しを向けてくる幼馴染な婚約者なのだろうけれど。


 目を閉じると浮かぶのは。

 焦がれるような熱を全身に巡らせ、その側にありたいと、望むのは。


「――ごめんなさい、ルキウス様」


 確かに私は、アベル様のことを何も知らない。

 好きなモノ、嫌いなモノ。

 どんな幼少期を過ごして、どんな覚悟を持って、王子としての采配を振るっているのかも。


 けれど、だからこそ。

 知らないから、知りたいのだ。あの人の、ひとり抱える本当の心に。

 そして私の事もどうか、知ってくれたのなら。


("恋"って、こんなにも大胆な感情なのね)


 理屈じゃない。明確な理由もない。

 そう、これはまるで本能のような、熱く激しく、抗えない感情。


「やっぱり、私はアベル様をお慕いしていますの」


「……そう」


 積み重ねてきたルキウスとの時間は、確かに楽しくて、手放すには名残惜しいものだけれど。


(でも私は、自分の気持ちに素直でありたい)


 これでルキウスとの関係も終わり。

 私は包まれていた右手をするりと引き抜いて、彼の上から離れようと足を下した。刹那。


「――それでも、婚約破棄はしてあげないよ」


「え?」


 腰に回されたのは、力強い腕。

 後ろから抱きしめるようにして、ルキウスが私の耳元に唇を寄せる。


「残念だけど、そんな簡単に"はいそうですか"って引き下がれるほど簡単な気持ちじゃないんだよね。なんせ僕は、十一年も前からキミが可愛くてたまらないのだから」


「っ、やめっ」


 耳を掠める吐息に、ぞくりと背が粟立つ。

 反射的に逃れようと抵抗するも、ルキウスはじゃれる子猫を見るように金色の瞳を細めて、


「マリエッタ、キミはきっと僕を選ぶよ。僕もこれからは我慢しないから、覚悟しててね?」


「~~~~っ!!」


 その自信はいったいどこからくるのかとか、ううん、ルキウスはいつだって自分に自信満々だったなとか。

 一気に溢れる思考で溺れそうになりながらも、私はなんとか一言だけを絞りだしたのだった。


「そうではなくて!! 婚約破棄してくださいませ!!」

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