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赤薔薇と祈りの約束

「ほんっとうにごめんなさい、ロザリー!!」


 勢いよく頭を下げた私に、「そんな、マリエッタ様。お顔を上げてください!」とロザリー。

 慌てるのも無理はない。だって貴族が平民に頭を下げるなんて、本人たちは納得していたとしても、周囲が良い顔をしないから。


 だからこそ今日はロザリーの元に馬車を送って、わざわざ我が家に赴いてもらったのだ。

 この応接室にいるのは私とロザリー、そしてミラーナだけ。

 ミラーナには事前に私の意志を伝えてあるから、黙って見ないふりをしてくれている。

 つまり私は遠慮なく、ロザリーに謝ることが出来る。


「平気よ、ロザリー。いくら私が頭を下げても、ここなら他の目はないわ。だからあなたも好きなだけ私を咎めてくれていいのよ!」


「マリエッタ様を咎めるなんて、ありえません!」


「なぜ? 私は約束を破ったわ。あの真っ赤な薔薇のハンカチを持って応援にいくと言ったのに、私ったら、私ったら……っ!」


 どうしてせめて、考える時間を貰わなかったのだろう。

 たとえ同じようにアベル様のお誘いを受けることになったとしても、もう少し冷静に、状況を整えてからでも遅くはなかったはずなのに。

 のしかかる激しい後悔に項垂れる私に、


「本当に、気に病む必要はありません、マリエッタ様。むしろ、良かったとさえ思っているのですから」


「ロザリー……?」


 そろりと顔をあげると、優しい微笑みと視線が合う。


「マリエッタ様に歌を聞いていただけないのは、心より残念に思います。けれどもそれ以上に、大切なマリエッタ様の想いがアベル様に受け入れていただけそうで……。まるで自分のことのように、嬉しく感じるのです」


 頑張ってください、マリエッタ様。

 ロザリーは胸の前で両手を組み、祈る様に言う。


「好機はそう何度も訪れるものではありません。命はひとつ。どうか悔いのないよう、マリエッタ様の一番を優先させてください。マリエッタ様の喜びが、私の喜びなのですから」


「ロザリー……」


 なんっっっていい子なの?????

 いえ、知っていたわよ? だから私はロザリーが大好きで、いつだってロザリーの幸せを願っているのだもの。


(だからこそ、不甲斐ない)


 恋をすると全てを捧げたくなるとどこかで聞いたことがあるけれど、まさか、こんなにも思考がままならなくなってしまうモノだったなんて。


「……マリエッタ様。大丈夫です」


 ゆっくりと立ち上がったロザリーが、私の座るソファーの横に立つ。


「お手をお貸しいただけますか?」


「へ? え、ええ。こう……かしら」


 伸ばされたロザリーの両手に手を乗せると、彼女は膝をつき、その額に私の手を引き寄せた。


「たとえその場にいらっしゃらなくとも、マリエッタ様のお心はきちんと届いています。……必ず、エストランテになってみせます。ですのでどうか、その日の、ほんの瞬きの間だけ。お隣のアベル様ではなく、私の姿を思い浮かべてはくれませんか? 私はそのひと時の祈りを勇気として、立派に歌い届けてみせます」


 すっと額を離したロザリーが、私の髪よりも淡いピンクの瞳を私に向け、微笑む。


「こんな時でもないと言えない、贅沢な我儘です。叶えてくださいますか?」


 そんなの、決まってる。

 私はロザリーの手をぎゅっと握り込め、


「もちろん、もちろんよロザリー! 必ずあなたの最高の歌を願って、祈りを捧げるわ。たとえアベル様が隣にいようと、絶対に……!」


「……ありがとうございます、マリエッタ様。これでこの件は終いとしましょう。聖女祭、楽しみですね」


「……ありがとう、ロザリー。あなたの優しさに感謝するわ」


(また、救われてしまった)


 ロザリーの優しさに救われたのは、これで何度目だろう。

 優しくて、聡明で、謙虚なロザリー。彼女がエストランテとなり、社交界に飛びこむことになったなら、もっともっと私が支えてあげたい。

 社交マナーについて学んでいない歴代のエストランテ達も、なかなか馴染めずに苦労すると聞いたことがあるから。


 ソファーに戻ったロザリーに、温かい紅茶を進める。

 彼女はひと息つくと、「あの、失礼ながら」と遠慮がちに口を開いた。


「ルキウス様は、今回の件についてなんと……?」


「あ……それがね、実は、まだお伝えできていないの……」


 アベル様とのお茶会があったその日、ルキウスはいつもの時間に訪ねてはこなかった。

 遠征の話は聞いていなかったし、たまたま忙しくて寄れなかったのだろうと考えていたのだけれど……。

 その翌日である昨日も、一度も顔を見せに来ていない。


 もしかしたら、今日は朝に来るのかもなんて。

 なんだか落ち着かない心地で早起きをしてしまったけれども、ロザリーと約束していたこの時間まで、やっぱり手紙ひとつもないわけで。


(これはもう、アベル様とのお茶会が原因よね……)


 あの時はああして行っておいでと送り出してくれたけれど、もしかしたら、後に考えが変わったのかもしれない。

 長年、無償の愛を捧げ続けていたにも関わらず、ないがしろにされて。

 他の男性とのお茶会に喜んで赴く薄情な相手をこれ以上想い続けるなど、やっぱり、無理だと。


 チクリ、と。

 突き刺すような胸の痛みに、私は疑問を抱く。


(どうして? もしもこれでルキウスが私に愛想を尽かしてくれれば、めでたく婚約破棄に)


 ――めでたく?

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