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白薔薇のお茶会

(まさか、アベル様とお茶が出来ることになるなんて)


 白薔薇の咲き誇るお庭の中。テーブルの上には美しいセイボリーとスイーツの乗る三段トレイ。

 ピカピカに磨かれたシルバーは曇りひとつなく、王室御用達の刻印を持つティーセットには、同じく格別な紅茶が注がれる。


 アベル様からのお手紙が届いたその日の夕刻、いつものように顔を見せにきたルキウスに、手紙の内容を打ち明けた。

 しどろもどろ話す私に、ルキウスは驚いたように目を丸くしてから、すっと双眸を細めて、


「……簡単には逃してもらえない、か」


「え?」


「ううん。"堅氷の王子"様が誰かをお茶に誘ったなんて、初めて聞いたよ。よかったね、マリエッタ」


「そ……れは、私が、行ってもいいと……?」


「うん? そりゃあ、僕の我儘を言うのなら、行ってほしくはないけれど。侯爵家のご令嬢たるマリエッタが王子様のお誘いを断るなんて、許されないでしょ? それに、マリエッタ自身にとっても、嬉しいお誘いだろうし」


「それは……そうですが」


「ね? だから僕のことは気にせず楽しんでおいで。大丈夫。たった一度や二度のお茶で負ける気なんて、していないから」


(本当は心配なくせに、余裕ぶって。ルキウスは強がりすぎだわ)


 あんなにも当然のように許可を出されては、あれこれ悩んでいた時間が無駄になってしまうじゃない。


「……その紅茶は、口に合わなかったか?」


「へっ?」


 ぷつりと思考が途切れた途端、声の主が視界に入った。

 アベル様。そう、私の対面にいるのは、恋しいアベル様。

 彼は眉間に心配げな皺を刻み、


「随分と渋い顔をしていた。それが口に合わなかったのなら、変えさせるが」


「い、いえ! 紅茶はとっても美味しいですわ! ただ、ええと……そう! 王城でアベル様とこうしてお茶をいただけるなんて夢にも思わず……粗相をしてしまわないか、緊張をしてしまって」


 と、アベル様は「そうか」と納得したように視線を下げ、


「気張る必要はない。……唐突に呼び出して、すまなかった」


「そんな、謝らないでくださいませ、アベル様。確かにとても驚きましたけれども、こうしてお誘い頂けたこと、本当に嬉しかったのですから」


 そう、ルキウスへの罪悪感がないといえば嘘になるけれど、間違いなく私は嬉しかった。

 今だって心は浮足立っていて、まだこの現実が夢のように思えている。

 アベル様はというと、必死な私に驚いたように目を見張ったけれど、途端に頬を和らげて、


「優しいのだな、マリエッタ嬢は」


「そ、でしょうか」


(ううーーーー!! 静まれ心臓の音!!!!!!)


 なんでそう、絶妙に突き刺さる表情をなさるのかしら。

 なんとか顔面では平常心を保ってみせているけれど、これだっていつまで持つか……。


「この、白薔薇が」


 アベル様はついと視線を周囲の木々に流して、


「ほどなくして、花弁を落とすと聞いてな。その時、マリエッタ嬢の姿が浮かんだ。散る前に、もう一度見せてやりたいと」


「アベル様……。お気遣い頂き、感謝いたしますわ」


 高鳴る胸を抑えつつ、私も周囲の木々へ目を遣る。

 さすがは王城の庭園と言うべきか、手入れが行き届いていて、目につく花はどれも見事な花弁を纏っている。

 けれどもよくよく見れば、外側の花弁が今にも零れ落ちそうになっているものも。

 庭師の手よりも、朽ちていく方が早いということ。


「まだこんなにも美しい姿ですのに……もう、枯れ落ちてしまうのですね。また次の年に美しい姿を見せていただくために必要な休息とはいえ、名残惜しいものですわ」


「……マリエッタ嬢は」


「はい?」


「この薔薇が、気味悪くはないのか? 王城でしか咲かない"呪いの白薔薇"だと、聞いたことがあるだろう」


 呪いの白薔薇。

 この白薔薇がそう呼ばれていると知ったのは、アベル様からこの薔薇を受け取った後だった。


 王城でしか栽培されていないのは、王城でしか咲かないから。

 というのも、この白薔薇は王妃となった初代聖女ルザミナ様が亡くなった際に、初めて蕾を付けたらしい。

 後に城外への株分けを何度か試みるも、どれ一つ蕾を付けなかったとか。


 そのため一部では、ルザミナ様の無念が込められているとか。酷いものでは、ルザミナ様の生気を奪って咲いただとか。

 噂好きの貴族社会で好まれそうな逸話が囁かれている。

 まったくもって、失礼な噂。


「お察しの通り、"呪いの白薔薇"のお話は私も存じております。ですが所詮は噂話。そもそも、内容も納得がいきませんわ。こんなにも美しい姿なのだから、込められた願いも美しいものでしょうに。仮にルザミナ様のお力が関わってらっしゃるのだとしたら、最初の蕾に願われたのは、愛しい旦那様と愛する家族たちへの祈りに決まっていますわ。だからこそ、王城でしか咲かないのだと」


 刹那、アベル様がフッと小さく噴き出した。

 私は興奮していた自身にはっと気が付き、


「申し訳ありません、幼稚な真似を」


「いや、そうではない」


 アベル様はどこか嬉し気にクツクツと喉を鳴らして、


「期待した通りだと思ってな。……俺は、キミに謝らなければならない」


「え……?」

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