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赤い薔薇の贈り物

「あ、もしかして」


 私ははっと思い当たり、目の前のロザリーを上目がちに見遣る。


「ロザリーは、エストランテになりたくはありませんの……?」


 エストランテは聖歌隊の最高峰。国民の誰もが憧れている存在。

 私はてっきり、ロザリーも多くの子女たちと同じく、エストランテを目指しているのものだとばかり思っていたけれど……。

 よくよく思い返せば、ロザリーの口から"エストランテになりたい"とは聞いたことがない。


(私ってばもしかして、ずっと気が付かずにロザリーに押しつけがましいことを言い続けて……!?)


 たしかに私は少々、勝手に思い込んで暴走してしまう節がある。

 私はロザリーと友達のつもりだけれど、ロザリーからすれば、やっぱり私は侯爵家の娘なわけで。

 もともとの優しい性格も相まって、今まで「違う」とは言えずにいたり……!?


「ご、ごめんなさいロザリー……っ! 私ってば、あなたの気持ちを無視して勝手に……!」


 知らず知らずのうちに、優しいロザリーを苦しめ続けていたのかもしれない。

 そんな恐怖に慌てて頭を下げると、


「え!? いえっ! 平気です……! 誤解です、マリエッタ様……!」


 頭を上げてください、と焦る声に、私は「誤解?」と訊ねながらおずおずと頭を上げる。

 ロザリーは「はい」とホッとしたように表情を緩めてから、「つまらない話ですが、聞いてくださいますか? マリエッタ様」と苦笑を浮かべた。


「私も、以前よりエストランテには憧れがありました。けれども私の歌声は飛びぬけた華やかさもなければ、活力を与える力強さもありません。そもそも歌うことしか取り柄のない私には、過ぎた夢だと諦めていました。そんな折、マリエッタ様が私の歌を好きだと。感動したと言ってくださって、一緒に歌ってくださって。もう一度、エストランテの夢を抱いてもいいのかもしれないと、思えるようになりました」


 ロザリーは白い頬をうっすらと赤くしながら、


「歌う楽しさを教えてくださったのも、私に夢見る勇気を与えてくださったのも、すべてマリエッタ様です。ありがとうございます、マリエッタ様」


「ロザリー……っ」


 そんな、そんな葛藤があったなんて。

 私は瞳が潤むのを必死に耐えながら、「大丈夫ですわ」と胸前で両手を組んでロザリーを見つめる。


「ロザリーは絶対、絶対にエストランテになれますわ。だってロザリーの歌声は誰よりも優しくて、心地よくって……悪い気持ちを消し去ってしまうかのように、清らかなんですもの」


 そう、そうですわ。

 私は確信をもって、力強く頷く。


「確かにエストランテは代々、華やかで力強さを持った方が選ばれがちですけれど、全てがそうではないでしょう? 特に近頃は聖女様の不在が続いて、人々は不安が募っているわ。こんな時に求められるのは、きっと、ロザリーのように優しく心を癒してくれるような歌声だって、ルキウス様もおっしゃっていましたもの」


 ルキウスは昔から、状況把握能力に長けている。

 そのルキウスが言うのだから、間違いない。彼はそうした話をするときに、私相手でも、無理なものを可能だとは言わない。


「ロザリーが、歌を嫌いにならないで。エストランテの夢を捨てずにすんで、本当に、よかったわ。好きなものを嫌いになるのは。欲しかったものを諦めるのは、辛いもの」


 刹那、丸まっていたロザリーの瞳が、ふわりと和らいだ。


「マリエッタ様はいつだって、私の希望です。それで……その」


 心許なげに視線を彷徨わせたロザリーに、私は何事かと首を傾げる。

 ロザリーは何度か言葉を飲み込んでから、意を決したように、ワンピースのポケットへと手を入れた。


「マリエッタ様、これを……っ!」


「へ?」


 両手で差し出されたのは、白いハンカチ。

 綺麗に折り畳まれたそれを見つめながら、ロザリーにハンカチなど貸したかしら? いえ、覚えはないわね……などと考えていると、


「こ、こんな安物のハンカチをマリエッタ様にお渡ししようなんて、無礼極まりないのですが……っ! でもその、感謝の気持ちをお伝えするのに、この方法しか思いつかず……っ」


「え? これ、私にプレゼントしてくださるの?」


「は、はいっ!」


「――嬉しい!」


 私は嬉々としてロザリーから、ハンカチを受け取る。

 と、ちょうど彼女の手で隠れていた部分に、知った色が見えた。


「……薔薇の刺繍?」


 それも、思わず目を奪われてしまう、真っ赤な色。


「その、マリエッタ様は赤いドレスがとてもお似合いでしたので……。贈るなら、赤い薔薇がいいなと」


「! ロザリーがこの薔薇を!?」


「は、はい。針仕事は昔からよくしていたので、そこまで酷い出来ではないと思うのですが……」


「どこが酷いというの? こんなに美しくて、売り物のようなのに……!」


 私は「すごいわ、ロザリー。歌だけではなく、刺繍もこんなに得意でしたのね」と感嘆の息をつきながら、丁寧に施された薔薇を眺める。

 綺麗に整列する糸は歪みがなく、花弁の一枚一枚が艶めきを纏っていて。

 本当に、見事な薔薇。


「……悔しいですわ」


 私はすこし悪戯っぽく笑んで、


「私も刺繍は得意なほうだと思っていたのに、ロザリーには敵いそうにないわ。もっと精進しなきゃね」


「そんな、マリエッタ様は刺繍の他にも、沢山のことを学んでいらっしゃいますから。歌と語学と刺繍程度の私とは、費やせる時間がそもそも違います」


「ふふ、優しいのねロザリー。けれど慰めはいらないわ。見ていなさい。すぐに私もロザリーと同じくらい上手になってみせるんだから……!」


 高らかに宣言して胸を張ってみせた私に、ロザリーはたまらずといった風に噴き出して、


「マリエッタ様なら、きっとすぐに叶えてしまいますね」


「当然ですわ。だって、この私ですもの」


 こうした時、ロザリーは変におだてるでも怒るでもなく、優しい目で見て笑ってくれる。

 この温かな柔らかさが、心地よくてたまらない。

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