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幼馴染な黒騎士様が婚約破棄してくれません

「ねえ、マリエッタ。キミがこうした下らない冗談を好むような性格ではないことは、よく知っているよ。なんせ僕はキミの幼馴染で、七つの時から十一年も君の婚約者でいるのだから。僕はなにかキミの不機嫌をかうようなことをしたかな?」


「いいえ、ルキウス様に非はありませんわ」


「なら、どうして」


「それは……」


 脳裏に浮かんだアベル様の姿に、一瞬、喉が詰まった。

 やっとのことで知った大切な恋心を、まだ、自分だけのモノにしておきたかった気持ちもある。

 けれども言わなければ、伝えなければ話は進まない。

 私は自身を奮い立たせようと彼に貰った白薔薇を胸前で握りしめ、ギュッと目をつぶり、


「それは、"真実の恋"に気づいてしまったからですわ……っ!」


「真実の、恋」


 え、と疑問を抱いてしまったのは、繰り返すルキウスの声が、温度が抜け落ちたように硬かったから。

 知らない反応に不安が募り、顔を上げようとした刹那。足下に、自分以外の影が重なるのが見えた。

 ルキウスだ。いつの間に。


 驚愕が過ったと同時に、頭上から「ねえ、マリエッタ」と甘くも鋭い呼びかけが降ってきた。

 本能で恐れを感じながら、なんとか顔を上げる。


「っ、ルキウス様」


「キミの言う"真実の恋"の相手って、もしかしてアベル様かな?」


「! どうしてそれを……っ!」


「マリエッタは、ついこの間デビュタントを迎えたばかりだからね、知らないのも無理はないよ。その八重咲きの白薔薇は、王城の庭園でしか栽培されていない特別な品種なんだよね。そんな大切な花を他者に贈れるとしたら、現国王かアベル様くらいなものだよ」


「そ、そうでしたのね……」


 珍しい花だとは思ったけれど、まさか、そんな事情があったとは。

 いくら贖罪のためとはいえ、こんな貴重なお花を贈ってくださるなんて……。


(アベル様はその魔力属性と威厳ある態度から、"堅氷けんぴょうの王子"と囁かれているけれど)


「お優しい方なのですね、アベル様は」


 違った。本当の彼は、あの庭園で言葉を交わしたあの方は、ちっとも"堅氷の王子"なんかじゃなかった。


(私なら、あのお方の真の優しさを理解してあげられる)


 決意に似た情熱を燃やしながら、薔薇の花弁を撫でようとした瞬間。


「ダメだよ、マリエッタ」


 ぱしりと手を掴まれ、腰を引き寄せられた。

 らしくない接触に驚いて見上げると、銀糸の前髪が額にかかるほどの距離に、黄金の瞳。


「ル、ルキ……っ!」


「いまキミと話しているのは僕なんだから、ちゃんと僕を見なきゃ」


「それ、は、そう、ですが」


 しどろもどろに答える私にくすりと笑んでから、ルキウスは「わからないなあ」と眉を八の字にしてみせる。


「なんでアベル様なんだい? 顔の良さなら僕だって負けないよ。さすがに肩書に関しては王子にかないっこないけれど、僕だって王立黒騎士団の遊撃隊隊長だし。けして悪くはないと思うんだよね」


「悪くはないだなんて、そんな言い方をしては前隊長に失礼ですわ。十八にして隊長に抜擢されるなんて、異例中の異例なのですから。そもそも王立騎士団に入るのだって簡単ではありませんのに」


「まあ僕、強いから」


 当然のようにさらりと告げて、ルキウスはますます首を傾げる。


「顔でもない、肩書でもない。なら、いったいどこに惹かれたんだい? マリエッタはアベル様をよく知らないだろうし、アベル様だって、マリエッタと少し話した程度の関わりでしょ。なのに、"真実の恋"だなんて」


「そ、それは……」


(あれ? ルキウス、もしかして怒ってる?)


 口元は微笑みを保ったままなのに、妙に迫力があるというか、声に圧があるというか。

 ひるんだ私に気づいたのか否か。ルキウスは掴んだままの私の右手をそっと持ち上げ、


「キミの婚約者は、僕だよ?」


 チュッ、と軽いリップ音を響かせて、私の指先にキスを落としたルキウスが射貫くような視線で私を見る。

 その瞳の強さに思わず心臓がドキリと跳ねたけれど、私はすぐに冷静さを取り戻し、


「……お戯れは結構ですわ。目くらましに丁度良い"可愛い妹"が欲しいのなら、別の方を当たってくださいませ。ルキウス様ならば、誰もが喜んで頷いてくださるはずですわ」


「目くらましに丁度良い、可愛い妹? マリエッタ、いったいなんの話だい?」


「私、いつまでも世間知らずな子供ではありませんの」


 胸中に湧き上がる確かな苛立ちを感じながら、私は右手をルキウスの手の内から引き逃がす。


「先日の夜会で、親切なご令嬢の方々が教えてくださいましたわ。ルキウス様が幼少期に結んだ私との婚約を破棄せずにいるのは、すでに婚約者がいることを口実に夜会やお茶会の誘いを断れるからだって。私がルキウス様に恋心がないこともご存じで、あれこれ求めずにいることも好都合なのだと」


 ずっと、疑問ではあった。

 ルキウスが私と婚約したのは、ルキウスが七歳で、私が五歳の時。好きと言う感情はあれど、結婚も恋も、まだ良く分かっていない子供の時だ。


 てっきり仲の良かったお父様同士が勢いで決めたか、はたまた政略的な背景があるのだと思っていたけれど。

 デビュタントの少し前に聞いたお父様の話では、この婚約はルキウスからの強い希望で成立したのだという。


 驚いた。だってルキウスが私に向けるのは、寒い日でも包み込んでくれる毛布のような、柔らかさと安心感に満ちた温かさだったから。

 好意は、持たれている。

 けれどそれは愛とか恋とか、そういった熱や甘さを含んだ類ではないと、気づいていた。


 だから先日の夜会で、よくしてくれたご令嬢の方々からその話を聞いた時、妙に納得したのだ。

 ルキウスは、私を"婚約者"として見ているのではない。

 いつだって甘やかしたい、妹のように思っているのだと。

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