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私の大好きな"歌姫"

 王都の一角に鎮座するルザミナ教会は、この国で一番に歴史が古く、王家とも繋がりが深い。

 人々が祈りを捧げるのは、初代の聖女ルザミナ様。

 この教会の名は、彼女に由来している。


 美しく、気高く。慈悲深いのはもちろんのこと、正義心も強かった彼女は、ある日とつぜん巨大な浄化魔力に目覚めたという。

 その力を使って数多の紫焔獣を消滅させ、"人柱"を救い出し。

 時の王と共に、荒廃したこの国を再建した、はじまりの聖女様。


 鐘塔下部の窪みには彼女を模したとされる銅像が、慈しみの笑みを浮かべている。

 私はその姿を見上げながら、疑問に思う。


(新しい聖女様は、いったいつお目覚めになられるのかしら)


 聖女であったアベル様のお母様、つまるところ王妃様を失って、早五年。

 そろそろ現れてもいい頃だろうに。


 ルキウスは相変わらず仕事については何も話してはくれないけれど、じわじわと調査任務に赴く回数が増えている。

 淀んだ魔力を浄化するために、看治隊によって浄化の魔力が込められたペンダントを持ち歩いているはずだけれど……。


(大丈夫、よね? 聖女の加護を得る前に、看治隊の魔力が枯渇するなんて、あり得ないわよね)


 遊撃隊隊長であるルキウスは、いわば前線も最前線。紫焔獣との戦闘も多い。

 紫焔獣による傷は通常の肉体への治療に加え、浄化を行う必要がある。でないと内側が、淀んだ魔力に蝕まれてしまうから。

 私はふと、自身の両手へと視線を落とす。


(私に聖女の力があったのなら、こんな心配なんてしなくて済むのに)


 ルキウスが紫焔獣に傷つけられたとしても、私が助けてあげられる。

 彼の好きにさせてあげられる。

 それに、"聖女"が見つかればアベル様だって喜んで――。


「マリエッタ様!」


 必死に絞り出されたような声に、私は顔を向ける。

 懸命に駆けてくるのは、紫の髪をひとつに束ねた小柄な少女。

 身に着けているのは私のような街歩き用のドレスではなく、白い襟のついた濃紺のシンプルなワンピース。


 ルザミナ教会に付属する、聖歌隊の制服。

 彼女は私の眼前で足を止めると、肩を上下させながら荒い息を繰り返す。


「お、お待たせしてしまって、申しわけ、ありませっ……」


「私が早く着いてしまっただけですわ。急かしてしまってごめんなさい、ロザリー」


「マリエッタ様が謝罪なさることなど、なにも……!」


 ひとつ年下の、ロザリー・アバロス。

 貴族ではなく平民出身の彼女は、ルザミナ教会の聖歌隊に属している。

 聖女信仰の強いこの国で聖歌隊に入れるのは、平民の女性のみ。

 審査を通過し入隊が決まると、少女たちはルザミナ教会のサポートを受けながら、寮での生活を送ることになる。

 たとえ、いくつであっても。


 ロザリーと共に訪れたのは、近頃ご令嬢方がご執心だというカフェテリア。

 運ばれてきたこの店一番のシフォンケーキを一口堪能して、私は「~~やっぱり噂通り、とても美味しいですわね……!」と、同じく目を輝かせているロザリーを見遣る。


「入るまでに時間がかかってしまったけれど、待ったかいがありましたわ」


「本当に、とっても美味しいですね。生地が口の中で溶けていくようです。素敵なお店にお連れいただき、ありがとうございます、マリエッタ様」


「あら、お礼を言わなくちゃいけないのは私の方ですわ。聖女祭前の大事な時に、連れ出してしまっているのだもの」


 一年に一度、国を挙げて聖女の誕生と加護を祝う、聖女祭。

 来月この王都では、例年のごとく大規模な聖女祭が行われる。


 ロザリーたち聖歌隊は、ルザミナ教会で歌うのだけれど。

 その時に聖歌隊の中で一番に名誉ある"エストランテ"の称号を得た少女は、歌姫として人々の羨望を受けるのだ。

 加えて、"エストランテ"となった少女は、平民の身でありながら社交界への参加が認められる。

 代々のエストランテたちは大半が社交界で貴族の男性に見初められ、聖歌隊を去ることが多いという。


「今年のエストランテは、ロザリーで決まりでしょうね」


 うんうんと頷きながら言う私に、ロザリーは慌てたように首を振って、


「そんな、私にはとても恐れおおくて……」


「弱気はいけませんわ、ロザリー! この私が認めた歌声ですのよ? むしろ、これまでエストランテとされていなかったのが不思議なくらいですわ」


 実のところ、私は歌が上手くはない。どれだけ練習しようと、なぜかちっとも克服できなかった。

 貴族の女性は人前で歌うことを良しとされていないので、将来嫁ぐ身としては、さほど支障はないのだけれども。


 あれは私が十三歳の時の、聖女祭。

 お父様に連れられて訪れたルザミナ教会で、私はとある少女の声に聞き惚れてしまった。

 それが、ロザリーだった。


「あなた、とっても素敵な歌声ですのね……! ね、お願い。私のお歌の先生になってくださいな!」


 公演後、興奮しながら告げた私に、ロザリーはたいそう驚いていたけれど。

 すぐに悲し気に瞳を伏せて、


「……私に、教えられることなど。近い歳の教師をご所望なのでしたら、私よりももっと上手な方を――」


「いいえ、いいえ! 私はあなたの歌声に感動いたしましたの! 他のどなたでもなく、あなたに、教えて頂きたいのですわ!」


「……ですが、人に教えたことなど」


「なら、ときどき一緒に歌ってくださいな。それなら難しくはないでしょう?」


 そうしてお父様が正式な手続きを行ってくれて、私は週に一度、ロザリーを屋敷に招いて一緒に歌った。

 とても、楽しかった。

 耳から入る美しい彼女の歌声は、私の不安定な音を優しく絡めて掬い取って。

 導かれるようにして喉を震わせると、私の声は自然と伸びていく。

 不思議な、けれどもとても心地よい感覚。


(ロザリーはきっと、エストランテになるのだわ)


 ロザリーとのレッスンは一年で終わってしまったけれど、私達はそれからも、よき友達として時々会っていた。

 貴族の令嬢の中に友と呼べる存在がいない私の、大切な友達。

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