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大人になってしまった私達

「ありがとうございます、ミズキ様」


「いーえー。ってことでルキウス、私はマリエッタ様の味方につくから」


 と、黙って見守っていたルキウスが、「そう」と微笑みながら目尻を細め、


「ミズキが手を貸してくれるのなら、マリエッタも心強いだろうからね。そうしてあげてよ」


「おや、珍しい。婚約破棄の手助けなんてしてくれるなと駄々をこねるかと思いきや、随分と素直に身を引くじゃないか。腹でも痛いのかい?」


「身を引く? まさか。僕は僕の力で、マリエッタに選んでもらえる男になるつもりだよ。そうでないと意味がないでしょ? だって、マリエッタの婚約者になれるのは、ひとりだけなのだからね」


 余裕たっぷりの落ち着きで、緑茶を嚥下するルキウス。


(たったひとりだけなのだから、婚約破棄してほしいのですけれど)


 思ったけれど言葉にしなかったのは、ミズキ様に言われた通りもう少し、じっくり考える必要がありそうだから。


 帰りの馬車の中。

 私はずっとひっかかっていた疑念を、ルキウスに訊ねてみる。


「ルキウス様は、お辛くはありませんの? 他の男に心移りする女の婚約者であり続けるなど……」


「そりゃあ、マリエッタが僕以外に心を奪われている姿を見るのは、面白くないよ。けれどもこうなったのも、僕がマリエッタに惚れこんでもらえるような男になれていなかったのが原因だし」


「っ! どうして私のせいだと、薄情な女だと罵ってくださらないのですか……!? 責められるべきはルキウス様ではなく、私でしょう……! ルキウス様が私を好いてくださっているのはよく分かっておりますが、全てを肯定することが愛だとは思いません……!」


 我ながら、とんでもない言いがかり。けれどどうしても、悔しさが湧き出てくるのだ。

 悪いのは私なのに。責めもせず、怒りもせず。

 ただただ愛の名の下に全てを許されているようでは、幼子を慈しむそれと同じな気がして。


 刹那、「よっと」と軽い声がした。

 顔を上げると立ち上がったルキウスが、私の隣に移動してくる。もちろん、馬車は走行中なのに。


「あ、危な……! もう! どうしてそうルキウス様は昔っからそう危ないことばかり……!」


「この程度、なんてことないよ。ドキドキした?」


「今もまだ心臓が口から飛び出てきそうですわ!」


「そっかそっか。マリエッタ、それが実は僕へのときめきだったり――」


「しません!! 純粋な驚きと恐怖ですわ!!」


「そっかあ」


 ルキウスはのほほんとした表情で「残念」と肩を竦めたかと思うと、私の髪を手の甲で撫で、


「ごめんね、マリエッタ」


 この謝罪は、今の危険行為への詫びではない。雰囲気でわかる。

 ならばなんなのかと眉根を寄せた私に、ルキウスはやはり私の髪を指先で弄びながら、


「罵られて責められるべきは、マリエッタじゃなくて僕だもの。だって僕の身勝手な我儘で、キミとの婚約を破棄せずにいるのだから」


「そんな……、ですから、悪いのは私で……!」


「ううん、違うよ。だってマリエッタにはちゃんと、心があるのだもの。心が動いている限り、感情が湧き上がるのは自然なことだよ。それに実のところ嬉しくもあるんだ。マリエッタが心をおさえつけずに、僕に教えてくれたことがね」


「な……っ、お人好しにもほどがありますわ!」


「それはマリエッタだって同じだよ。キミの父上に頼んでしまえば、僕との婚約なんてすぐにでも破棄できるだろうに。そうしないのは、僕と向き合ってくれているからでしょ。それに、キミは人一倍、責任感が強いから。たくさん、自分を責めているだろうなって、分かるから」


「それはっ、自業自得というもので……!」


 ルキウスが私の言葉を遮るようにして、頬横の髪を、そっと私の耳にかける。


「苦しめてごめんね、マリエッタ」


 あらわになった頬に、ルキウスの指先が触れた。

 いつだって余裕を浮かべてみせる彼が、「でも、お願い」と笑みを消す。


「もう少しだけ時間が欲しいんだ。情けない、悪あがきだってわかっている。それでも僅かな可能性に賭けさせてくれないかな? マリエッタの心が変わらなければ、ちゃんと、自由にしてあげるから」


「ルキウス様……」


 優しくも真剣な眼差しに、場違いにも、ああ、大人になってしまったんだななど。

 木の根でそろって寝ころんでいた日々が、少しばかり懐かしい。あの頃は、ただただまっさらな好意だけで許されていたから。


(いったいいつから"好き"に、別の意図が含まれていくのかしらね)


 あんなにも早く大人になりたいと願っていたのに。

 今ばかりは、時の進みが恨めしい。


「……わかりましたわ。ルキウス様が納得されるまで、お付き合いいたします」


 それが今、私がルキウスに返せる精一杯の誠意なのかもしれない。

 頷いた私に、ルキウス様は「ありがとう、マリエッタ」と。

 どこか寂しさを押し殺すような、淡い微笑みを浮かべた。

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