二人の美姫
「俺の名は、シオン=ヴァーミリオン。パリス王国に仕えるヴァーミリオン伯爵家の長子だ。決して怪しい者ではない。そして、貴女たち二人に危害を加えないと誓約する。どうか、姿を現してくれないか?」
シオンが真摯な表情で語りかけた。そして、眼でクレアとペイモンに名乗るように命じる。
「私の名は、クレア=ペルガモン。シオン=ヴァーミリオン様の近衛侍女です。不法に侵入した罪を陳謝いたします」
「私の名前はペイモン=トリグラフなのです。勝ってに入ってごめんなさい」
クレアとペイモンは貴族相手の礼法をもって頭をたれた。
やがて、音楽が止んだ。
そして、声が響いた。
『シオン卿。貴方は、私達が見えますの?』
その声は10歳ほどの少女の声だった。
美しく気品のある声音だ。
「ああ、隠蔽魔法を使って姿を隠しているが、俺からはよく見える。
声を出した貴女は、桜金色の髪。桜色の瞳。王侯のような美貌をしておいでだ。
もう一人は、灰金色の髪と灰色の瞳。貴女も気品ある美貌をしておられる」
シオンが落ち着いた口調で言う。
しばらく沈黙が降りた。
やがて、吐息が聞こえた。
『どうやら隠れるのは無理のようですわね』
先程と同じ少女の声が響く。
次の刹那、二人の少女が、階段の踊り場に姿を現した。
二人ともシオンが指摘した通りの髪と瞳の色をしていた。
一人は、桜金色の髪と桜色の瞳をしている。
白磁のような透き通った肌と王侯のような気品ある美貌。
年齢は10歳ほどで、桜色のフリルがついた古風なドレスをまとっている。
もう一人は、8歳ほどの少女だった。
灰金色の髪と灰色の瞳をしており、人形のような無機的な美貌の所有者だった。
フリルが沢山ついた古風な灰色のドレスを着ている。
二人の首には、奴隷の首輪がついていた。
桜金色の髪の少女が、踊り場からシオンたちを見下ろし、口を開いた。
「お初にお目にかかりますわ。我が名はアンネローゼ。そして、こちらは我が妹エレンディア。我らはシュトラウス王国の王女です」
シオン、クレア、ペイモンの三人は、アンネローゼとエレンディアに案内されて城の中庭に移動した。
丸いテーブルにつくと、ゴーレムたちが紅茶を淹れて持ってきた。
シオンは、右手を胸にあてて正式な礼法で頭を垂れた。
「あらためて謝罪します。アンネローゼ殿下、エレンディア殿下。許可無く王族の居城に入り込んだ罪は万死に値する。どうかご寛恕の程を」
シオンが謝罪すると、クレアとペイモンも頭を下げる。
「謝罪を受け入れますわ。こちらこそ、魔曲で眠らそうとした事を謝りますの。なにせ貴方がたが、急に侵入してきたから驚いてしまいましたの」
アンネローゼが、微笑した。そして、紅茶を飲むようにシオンたちに促す。
「俺たちは不法侵入者だ。王族の身である両殿下が用心されるのは当然の事」
シオンが言う。
「私達は王女を名乗りましたが、それが真実であるという保証はありませんのよ? 言葉は常に真実と虚偽を行き交うものですわ」
「これでも人を見る目には自信がある。アンネローゼ殿下が虚偽をのべているようには見えない。それに王族には生まれながらの気品や雰囲気というものがある。貴女たちにはそれがある」
シオンは前世で多くの皇族、王族を相手にしてきた。観察眼には自信がある。
「それより、よく俺たちを信じて姿を現してくれた」
シオンが、紅茶を一口飲んだ。
「貴方達の前に姿を見せた理由は二つですのよ。一つは直感。貴方達は悪党には見えませんわ」
「二つ目の理由は?」
シオンが問う。
「諦めたんですのよ。シオン卿はあまりにも強すぎます。内蔵している魔力量が、私とは桁違いです。隠れる事も逃げる事も不可能と判断しました。シオン卿が、私たちを殺害したり、犯したりするつもりなら私たちに抵抗の手段がありませんわ」
「アンネローゼ殿下。シオン様はそのような事は致しません!」
「シオン様は紳士なのです!」
クレアとペイモンが、抗議の声をあげる。
シオンが眼で二人を制して注意する。
「……失礼致しました」
「ごめんなさいなのですぅ~」
クレアとペイモンが、顔を赤らめて縮こまる。
「忠義心のあついお嬢様たちですわね」
アンネローゼが、心から言った。
「いささか融通がきかない為、困る時もあるが、俺の自慢の近衛侍女です」
シオンが苦笑とともに言う。
「仲が良いのですね。羨ましいですわ」
アンネローゼは、紅茶を一口飲むと言葉を切った。
やがて、数秒の沈黙の後、口を開いた。
「シオン卿。これから貴方達に残酷な真実を告げねばなりませんの」
「残酷な真実とは?」
シオンが問う。
「……貴方達はもうここから出る事は叶いませんわ。この亜空間で、未来永劫、死ぬまで閉じ込められることとなります」
アンネローゼの美貌に悲壮な表情がよぎる。
クレアとペイモンが、怯えた表情を浮かべた。
「未来永劫、閉じ込められるとは穏やかではないな」
シオンは、洗練された所作で紅茶を飲んだ。
「私たちが閉じ込めるわけではありませんのよ? この亜空間に入り込む事は、貴方のような高位の魔導師なら可能でしょうが、脱出するのは不可能ですの」
アンネローゼが、シオンたちに対して憐憫の眼差しを送った。
「この亜空間を脱出しようとすると、邪魔をする魔物や怪物が出現する、というパターンかな?」
シオンが、紅茶のカップを受け皿においた。
「ご名答でしてよ。この手の幽閉では定石ですわよね」
アンネローゼが自嘲した声音で答える。
「と言うことは貴女たちは幽閉されているというわけだ」
シオンが指摘する。
「ええ、私とエレンディアはここに幽閉されている虜囚ですの。もう150年も囚人として暮らしておりますわ」
アンネローゼが、肩をすくめて自嘲の笑みをこぼす。
となりに座るエレンディアは、人形のように無表情のまま紅茶を飲んだ。
「アンネローゼ殿下。詳しく話を聞かせて貰えないか?」
シオンが、碧眼をアンネローゼにむけた。
アンネローゼとエレンディアは互いに視線を交差させて頷きあった。
やがて、アンネローゼは、自分達の身の上を説明し出した。
アンネローゼとエレンディアは今から150年以上前、シュトラウス王国の王女として生まれた。
シュトラウス王国の王族はドール族と呼ばれる種族で、エルフのように人間と近似した外貌を持ち、不老長命という特性をもっている。
アンネローゼとエレンディアが幼女のような外見をしているのはそのためである。
アンネローゼは2歳年下のエレンディアとともにシュトラウス王国の王族として平穏に暮らしていた。
平穏が破られたのは、アンネローゼが20歳。エレンディアが18歳の時だった。
シュトラウス王国で政争が勃発し、実父であるシュトラウス王国の国王アルバンにアンネローゼとエレンディアは秘密裏に逮捕されてしまった。




