野営
その後、五体のS級の魔物を討伐し、158階層の奥で転移魔法陣を発見した。
シオンは転移魔法陣に碧眼をむけ、解析する。
(これは一気に三十階層ほど下に転移するタイプだな)
と確信した。
転移魔法陣には、一階層ずつ転移する転移魔法陣。
そして、目の前にあるように、三十階層ほど下の階層まで一気に転移するタイプなど幾種類もの転移魔法陣がある。
シオンは、後ろにいるクレアとペイモンに視線を投じた。
クレアとペイモンも大分強くなった。
疲れはあまりないように見られる。
だが、油断は禁物だ。
二人ともまだダンジョンになれていない。少し休んだ方が良いだろう。
クレアとペイモンに精神的な疲労が、たまっている可能性がある。
今日、迷宮守護者を倒すつもりだったが、少し性急すぎた。
別に期限が決まっているわけではない。今日、迷宮守護者を倒す必要もない。前世と違って、権力者の命令や懇願で動いているわけではないのだ。
(どうもまだ前世の癖がぬけていないな。魔物退治を期限付きの仕事と考えて性急に動こうとする癖がでる。それに前世と違い、俺一人で動いているわけではない。クレアとペイモンの心身もちゃんと考えなければ)
「今日はこの階層で野営しよう」
シオンが告げる。
「承知致しました」
「休めるのが嬉しいのですぅ~」
クレアとペイモンが、安堵した表情を見せた。
「二人とも疲れていたのか? 正直に言ってくれ」
「その……、体力的には大丈夫なのですが……。少し、精神的に疲れたと申しましょうか……」
「ダンジョンは暗くて、なんだが気分がいつもと違うのです」
クレアとペイモンが、正直に答えた。
二人ともダンジョンに慣れておらず、少し精神的に疲れていたようだ。
「そうか。二人とも今後疲れていたならば俺に遠慮せず必ず言え。これは命令だ」
「シオン様の御心のままに」
「仰せの通りにするのです」
クレアとペイモンが、一礼して答えた。
ダンジョンの一角で野営の準備が始められた。
シオンは強固な魔法障壁を結界として張り巡らした。
そして、隠蔽魔法で、気配、匂い、魔力、音、姿を隠し、透明人間のような状態になる。
「これで大丈夫だ」
シオンはそう宣言し、ダンジョンの広間の隅で〈収納魔法〉を使った。
天幕を取り出して、シオン、クレア、ペイモンが組み立てる。
天幕はかなり大きめで、十人ほどが入れる広さがある。
天幕を組み立てると、シオンは中に入り、実家から持ってきた絨毯、調度品、家具を〈収納魔法〉で取り出して揃えた。
「豪華ですね」
「野営とは思えないのです」
クレアとペイモンが、感歎して言う。
高級な宿屋のような内装だった。
ここがダンジョンだということを忘れてしまいそうだ。
ふと、シオンは自分の空腹に気付いた。
そういえば食事をしていなかった。天幕を張って、人心地ついたら、無性に腹が減ってきた。
「料理を作る。お前達はその間、これでも食べておけ」
シオンは収納魔法から、旅立ち前にビアンカが作ってくれたお菓子を取り出した。収納魔法で収蔵したものは時間凍結がされているため、食物が腐食しない。
「お母さんのお菓子……」
「なんだか懐かしいのです」
クレアとペイモンは嬉しそうにビアンカのお手製のクッキーを受け取った。
クレアとペイモンが、クッキーを食べる。
素朴で丸いクッキーは食べるとなんだが、落ち着いてくる。
シオンも一口食べたが、相変わらず美味い。いや、美味いというよりも懐かしく、安心する味である。
「本当に私達は、お母さんのもとを離れたんですね……」
クレアが、手に持ったクッキーを見る。そして、ダンジョンに視線をむけた。
今現在、自分はこうしてダンジョンの深層でS級の魔物と戦っている。
その事が何やら不思議に思えてきた。
母親のクッキーという素朴な日常と、ダンジョンの深部という非日常の対比が、クレアに軽い感慨を与えたのだ。
「どうした? ビアンカが恋しくなってきたか?」
シオンが問う。
「いえ、なんだかダンジョンにいる事が不思議に思えてきまして……」
「ペイモンも、今、ダンジョンで戦っているのが、信じられないような気分なのです」
クレアとペイモンが、シオンに身体ごと向いて答える。
「旅に出た事を後悔してるか?」
シオンが問う。
「まさか。旅をして色々な経験をして冒険者として活躍する。その事が楽しくてしょうがありません」
クレアが本心から答えた。
「ペイモンも、旅先で色んなものが見れて楽しいのです」
ペイモンも両手でクッキーを食べながら答える。
「楽しいなら何よりだ。これからもっと素晴らしい景色や、様々なものに出会えるぞ」
シオンが碧眼に微笑を揺らした。そして、〈収納魔法〉から、料理の道具を取り出す。
そして、盛大に焚き火を焚いて、料理道具を並べる。
料理の道具を並べる音が響き、クレアはわずかに困惑した。
「あの、シオン様。ダンジョンで音をたてて大丈夫なのですか?」
クレアが、問う。
シオンの魔法障壁によって防音がなされていることは理解していたが、それでも怖さがある。
「心配いらない。俺の魔法障壁を突破できるような魔物はそうそういないからな」
シオンは、鼻歌を唄いながら料理を開始する。
パンを焼き、羊肉を焼いて香辛料で味付けする。
「シオン様、私も手伝います」
「ペイモンもお手伝いするのです」
クレアとペイモンが、申し出る。
「じゃあ、目玉焼きを作れるか?」
シオンが、二人の近衛侍女に頼む。二人とも料理は苦手だが、目玉焼き程度なら作れる。
クレアとペイモンは喜んで手伝った。
卵のカラを何個か目玉焼きに混ぜたが、ご愛嬌である。
シオンが、羊肉をフライパンで焼いている途中、ダンジョンの奥から、のそりと大鶏尾蛇が現れた。
しかも、二体である。
二体の大鶏尾蛇は、シオンたちの天幕に近づいてきた。




